犬神使いと青龍使い
何かを打つような雨が降る。
土にうずもれた犬の顔が恨めしそうにこちらを見ている。
その血走った目に雨の雫が滴り落ちる。
まるで、命の終わりを数えるように、雨は降る。
ボツボツボツ……
かずまは東北の拝み屋で、SNSを通じて知り合った私とかずまは、現実世界で会おうとした。だけど、なかなか、会えないのだ。かずまと会おうとATMに向かうと磁気エラーでキャッシュカードが使えなくなったり、かずまに断れないような仕事の依頼が入ったりと、まるで何かに邪魔されているみたいに会えない。
かずまは「忌々しい、龍神め!邪魔をするな」と電話の向こうで、私の後ろにいる青龍の「りゅうちゃん」に向かって言う。私には、目をつぶると「りゅうちゃん」の姿が観える。だけど、肉眼では観られない。目をつぶると、りゅうちゃんは、私を守るように体の周りに巻き付いている。だけど、私に見えるりゅうちゃんの姿は、龍というより、ファルコンだ。うろこはほとんど観えず、ふさふさした長い毛におおわれている。その周囲は、まるで炎のような青いオーラに包まれている。
「本当に私が観えているものは、青龍なの?この子は、ふさふさの毛が生えていて、よく映画で出てくる龍みたいに、うろこがないよ?」と言うと、かずまは「龍神の正体は、自然のエネルギーの塊なんだよ。だから、相手によって自由自在に見せかたを変えられる。りつは、爬虫類が嫌いだろう?それで、ふさふさの毛が生えているだけだ」と言う。確かに、私は、爬虫類は大嫌いだ。でも、かずまにそれを伝えたことはない。かずまは距離に関係なく霊視もお祓いもできるという。「俺に観えないものなんてない。いずれ、りつにも、その日がくる。まずは、人を占うことから始めたらいい」というかずまに従って、オンラインで占える環境を整えるために、かずまとの電話を切った後、私はタロットカードを購入しに街に出た。かずまの言った「その日」が今日だったと分かるのは、その後だった。
そのお店は、新しいお店が多い中で、レトロな雰囲気のお店だった。ショーウィンドーには、大きな水晶の岩石やパワーストーン、タロットカードから筮竹まで、雑多な感じで並んでいた。お店には独特のパワーを感じた。引き寄せられるように私は中に入った。
お店に入ると、奥には占いブースがある。どうしても占いブースが気になる。このお店の禍々しい力の源は、そのブースの中の女性が発しているようだ。値段を見ると、見料5000円と支払えないほどの金額でもない。ブースの中を恐る恐るのぞくと、デスクに向かって、黒髪で小太りの中年女性が座っていた。その瞬間、巨大な犬のようなものが私と女性の間をさえぎるように目の前に現れた。
その犬をしげしげと眺めていると、女性が「占って欲しいならその青龍をどけて。龍が遮って何も見えないわ」と言った。その声に驚いて女性を観ると、大きな犬は、女性の背後に回った。どう見ても、現実の犬だと思うには、大きすぎる。私は「龍が見えるんですか?だけど、どうやったら、青龍は私の前からどくのですか?」と聞くと、女性は「心の中であなたが念じれば、どくわ」という。心の中で、「りゅうちゃん、この女性の邪魔をしないで」というと、青龍は女性の犬と同じように、私の背後に回った。
驚きからヘナヘナと女性の目の前の椅子に座ると、女性は強い眼差しで私を見て「やっとあなた自身が観えるわ」といった。
「何を占って欲しいの?私は京香」と女性は名乗った。「私はこの龍とともに、何ができるんですか?その犬はいったい何ですか?」と聞くと、「私は犬神使いの家系の三代目なの」と京香は答えた。
そういえば、かずまが話していた。犬神は昔の陰陽師が式神として使役するために、「作って」いたという。その作り方が、残酷なのだ。犬を土の中に埋め、目の前に、エサを置く。そして、飢え死ぬまで、待つ。犬は人への恨みから、死後、怨霊と化し、陰陽師たちは式神として使役していたという。だけど、三代目の人間を破滅に追い込む。京香は三代目だと名乗った。この人は、犬神に喰われて、人生を破滅させてしまうのか……そんなことを思いながら、目をつぶる京香の後ろにいる犬神を見つめる。犬神は京香を守るように、私自身というよりは、りゅうちゃんをにらんでいるように観える。
京香は目を開けると、黒目がちな目で私をじっと見ながら「あなたは、一個の力に長けるタイプではないわ。お祓いにしろ、霊視にしろ、何でもできるけど、強い敵が相手のときはあなたの師匠にお願いしたほうがいい。ただ、唯一、強いのは死者を観て・死者の声を聴く力。死者と生者の橋渡しをするのが、あなたの役割」と言った。私は小学生の頃に、交通事故に遭って死んだ佐藤君の亡霊を思い出した。私が死者と生者の橋渡し役だったからこそ、佐藤君は私に姿を見せたのかと腑に落ちた。「力に悩んだ時は、いつでも来なさい」と京香は告げると、また瞳を閉じてしまった。これ以上は、聞いても、答えてくれなそうだ。私は、席を立つと、自分を引き寄せるかのようなタロットカードを購入して、店を出た。
帰ってかずまに聞くと「なぜ、りつがお祓いが強いようにならないかって、りつには殺気が全くないからだよ。りつは人を疑わない。だから、お祓いをするなら、水の中で燃える炎をイメージしたらいい。イメージしてご覧」と言う。私は水中で燃える炎をイメージした。
「まだまだだな。りつが殺気を持つなんて100年早いかもしれない」とかずまが笑う。そして、続けた。「りつの家系は、巫女家系だったのかもしれないな。拝み屋は2人で活動するけど、霊を降ろす役割をするのは、女性だ。俺には、できない役割だ。死者と生者の媒介役。それがお前なのかもしれない」。私は、思いふけるようなかずまの言葉に、かずまが亡くしたパートナーの存在を思い浮かべた。チクっと胸が痛んだ。かずまの声が、どこか寂しそうに響くその瞬間、私は彼の心の奥深くに触れた気がし、自分が彼を慰めたくなる感情に驚いた。
私にそんなことができるのか……そう後ろのりゅうちゃんを観ると、青龍はどこか誇らしげな顔で、私を見返した。その瞳はどこまでも澄んでいて、純粋だった。
蒼野りつき
X:@ritsuki_aono