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第4話

 闇の世界に生きる者にとっては、その活動拠点となるアジトを複数用意するのは常識である。例えば一つのアジトが割れても替えが効くように。例えば別の地域での活動拠点として利用できるように。明と氷雨も、例に漏れずいくつかの場所を隠れ家として確保していた。


「とはいえ、だ」


 氷雨が言う。


「まさか爆破されちまうとはなァ」


 場所は二人の別のアジト、貸しコンテナに偽装した小さな部屋。この手の偽装を行うには様々な障壁があるものの、それを突破するための専門家が闇の世界には存在する。


「情報の出所は仲介人だろーな。アタシらの言動を怪しんだとして、出たばっかの情報に乗るあの爆弾魔共もどうかしてるとしか言いようがねえ。裏取りなんかしてねーぞありゃ」


 しばらく誰に言うでもなく言葉を紡いでいた氷雨は、いよいよもって彼女に告げた。


「――で、分かったかよ明ちゃん。この世界から抜けようとするのがどーいうコトかってのが」


 明だ。部屋に置かれたソファに腰掛け、何かのファイルをめくっている。

 自分に話を振られたことに気付いて、彼女はふっと顔を上げる。


「氷雨さんを巻き込んだことについては謝りませんが」

「まず謝れよォ、そこを」

「こうも早く動いてくるとは思いませんでした」


 彼女は手にしていたファイルを閉じる。その表紙には簡単なラベルで「名簿」とだけ記されていた。

 中身は単純で、過去に仕事上協力した相手や、対立した相手、その関係者などを含んだ人物録だった。


「打って出る気か?」

「やられっぱなしはあなたも性分ではないでしょう」

「よく分かってんじゃねーか」


 氷雨はどこからともなくナイフを取り出すと、それを宙に放っては掴みを繰り返して弄ぶ。ひとしきり気が済むまで遊び終えると、それを壁に掛けてあったコルクのダーツ盤に投げつけた。


標的(ターゲット)は、あの爆弾使いともう一人のガキ」

「情報が必要ですね」


 明が言う。それは、暗に情報屋とのコンタクトが必要であると示すものだ。


「つっても、資金(クレジット)はだいぶ吹っ飛ばされちまったからな。大抵の情報屋は話も聞いちゃくれねえぞ」


 裏の世界では、小さな仕事でも巨額の金が動く。都度大金を扱ったのでは利便性に欠けるとして、〝機関〟の発行する〝クレジット〟と呼ばれるコインが取引には利用されることが多い。先日の依頼では現金が報酬として提示されていたが、それは依頼主が裏の世界との繋がりが浅く、〝クレジット〟を用意できなかったことに由来する。

 そして二人は先のアジトにそれなりの量の〝クレジット〟を保持していて、それらは当然部屋ごと吹き飛ばされてしまい、失われたのであった。


「それに、情報屋経由で足がつく可能性も考えて動いた方がいい。となると――はァ、アイツか」


 氷雨は心底嫌そうに溜息を吐く。

 ひとり、思い当たる相手がいたからだ。多少面識があり、融通が利きそうで、口は堅い、そんな情報屋。


「〝柊小隊〟の生き残り、ですか」


 重々しく口を開いた明も、その表情はどこか暗いものがあった。


「正直に言いますが……、苦手なんですよね。あの人。今は、そんなことを言っている場合じゃないですが」

「無理もねえ。あの野郎、常に殺気を垂れ流してるせいで、アタシらみたいな致死知覚の持ち主にゃキツいもんがある」


 鋭敏な感覚能力は、殺気という曖昧な概念を、知覚可能な情報に変換してしまう。殺し屋たちはこれを〝致死知覚〟と呼んでいる。

 明はその特異な眼によって、氷雨はその豊富な殺人経験によって、そういった死の気配を視覚的に認識できる能力を有していた。


「しゃーなしだな。こればっかりは雪花(せっか)のヤツに頼むしかねえ」


 言って、氷雨は立ち上がる。ぐ、と伸びをした彼女は明の方に視線をやる。


「動くなら早いに越したこたァねえ。この拠点もいつドカンとやられちまうか分かったもんじゃねーからな」

「同意します。気は進みませんが」




 かつて、〝機関〟はもっと巨大な組織であった。ある人に言わせてみれば、それは一度世界を征服してしまった組織だと言っても過言ではない。裏の世界から完全に表の世界を掌握した超巨大組織。それが〝機関〟であった。

 だが、現在の状況は大きく異なる。

 〝事変〟〝瓦解〟〝大崩壊〟――そのように呼称される一連の出来事によって、多くの人間が〝機関〟からの離脱を余儀なくされた。今でも所属している人間の多くは、〝事変〟による変化を免れた中枢部の人間であり、実働部隊のほとんどは壊滅状態だ。

 そうして強烈な打撃を受けた部隊の一つに、〝柊小隊〟があった。




 消え掛けの蛍光灯がちらついている。それも一つや二つではなく、実際に消えてしまっているものや、何かの拍子に壊れてしまっているものさえあった。

 ここはかつて地下商店街として賑わっていた通りだが、〝事変〟の影響で出入り口は崩落し、表向きには改修工事中となっている。勿論これは裏世界の人間によるカバーであり、当面の間は修繕されることはないだろう。

 そんな元・商店街はほとんどシャッター街と化しているものの、一部の物好きな人間が商売の拠点として利用し続けている。

 これから明と氷雨が訪れようとしている雪花という情報屋も、その物好きな人間のうちのひとりだった。


「よお、久しぶりだな。雪花」

「うん、久しぶりだね。きみとは八ヶ月ぶり、明さんとは……、」

「二年ほどになりますかね。ご無沙汰してます」


 ぺこりと明が頭を下げると、雪花と呼ばれた女性も軽く会釈をして返した。

 雪花の腰ほどまで伸びた黒い髪は、その毛先がほんのりと白く染まっている。

 穏やかそうな笑みをたたえているものの、見るものが見ればわかる――彼女は()()周囲の全てに殺気を向けている。

 今話している明や氷雨に対しても、何処に何をすれば殺せるか考えている。彼女は〝事変〟によって、そういう風に壊れてしまった人間だった。


「ふたりとも元気そうで。ふふ、本当に」

「なァに笑ってんだよ。どうせもうハナシは伝わってきてんだろ?」


 向けられた殺気に痒みを感じ、氷雨は首の辺りをぼりぼりと掻きむしる。


「うん、きみの相棒が転職したいって話だろ。ホントなのかい?」


 雪花は明を一瞥する。刺し殺すような冷たい視線に、明は思わずぞっとする。


「事実、です。理由は……、大したことではないですが」

「ハッ、こんなに可愛い相棒を巻き込んどいて『大したことない』とはよく言うぜ」


 対して氷雨は動じた様子もなく、そんな軽口を叩く。


「仲間は、大事にした方がいいよ」


 雪花が言った。

 ぽつりと漏らすように、しかし背筋の凍るような声で。


「失ってからじゃ、手遅れな事もあるから……、まあ、詳しくは聞かないけどさ。ともかく、ぼくの所に来たってことはつまり、困ってるんだろ? 色々と」

「え、ええ。話が早くて助かります。こういう特徴の二人組について調べてほしいんですが」


 言うと、明は一枚のファイルと四枚のコイン――〝クレジット〟を差し出した。


「へえ、人探しに四枚とは気前が良いね」

「少ないくらいでしょう。こんなタイミングで私達の話を聞いてもらってるんですから」

「ぼくはこんな状態だからね、誰かに話を持ちかけてもらえるだけ有難いさ。いいよ、承けよう。すぐに調べる」


 言うが早いか、雪花はタブレット端末を取り出して情報を集め始める。


「軍装の女性に小さな女の子ねえ。〝カンパニー〟はもう存在しないし、〝スクアッド〟には小さい子はいなかったはず。〝西方錬金師団〟も今じゃ活動してないようなものだし、〝楠小隊〟は……、軍服って色じゃないよねえ」


 たかたかとガラス面を叩く音と、彼女の独り言がしばらく続く。


「……、ああ、〝総統〟のところの飼い犬か。ヒットしたよ。ひとりはレジーネ・レフラー、爆発物のエキスパート。もうひとりはミシェル・ヴァルブルグ、狙撃のエキスパート――見習いってところかな。詳細は今印刷するから、ちょっと待っててね……」


 時間にして五分も経っていないだろうという手早さで、雪花は情報を見つけ出した。

 印刷された情報を眺めながら、氷雨は言う。


「異能者じゃない……、なら、あの部屋に仕掛けた爆弾は全部手作業ってコトか? 涙ぐましいじゃねーかよ」

「別に本人が異能を持っているとは限らないでしょう。魔術で武装している場合もありますし、〝遺産〟の持ち主である可能性も捨てきれません」


 ですから、と明は前置きして、言う。


「もう一度。遊びに来てもらうのが良いでしょうね。それも、とびきりにお出迎えの用意をして。雪花さん、このアジトの場所をネットワークに流せますか」


 明は手にした端末を雪花に見せる。それは地図アプリが起動してあり、郊外のとある座標を示していた。そこには明と氷雨のアジトが存在してはいるものの、実際にはほとんど利用していない拠点の座標だった。


「はッ、誘き出そうって魂胆か」

「丁寧な招待状ですよ」


 答える前に、雪花はネットワーク上にその座標を匿名で送信していた。


「完了だ、お代は込み込みで結構だよ。こんなぼくの所まで遊びに来てくれたお礼さ」

「ありがとうございます、雪花さん」

「こちらこそ。今後ともご贔屓に――と、言いたいところだけど、ふふ、君はもう、この仕事は辞めるんだったね」

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