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第3話

 かつん、とケーキを裂いたフォークが皿に当たる音。

 ひとまずの報告を終えたふたりは、近場のファミレスでデザートを食べていた。


「ったく、わざわざ殺し屋辞めますなんて言いふらす必要なかっただろ」

「まあ、軽率だったのは認めますけど」


 少しむくれて、明は目の前のパフェに乗っていたイチゴを頬張った。


「それでも一応、世話になった人ですし」

「どうしてそう変に律儀なんだか……よりによって仲介人なんざにバレてみろよ、その日のうちに殺し屋たちが枚挙して押し寄せてくるぜ」


 一口に放り込んだケーキを飲み下すと、氷雨は真剣なトーンで言う。


「……、そんで、聞きそびれてた話をついでに蒸し返すけどさ。ホントに一体全体どうして仕事辞めるなんて言い出したんだよ」

「言ったとおりですよ。飽きたからです」

「それだよ。もーちょっと具体的に聞かせてくれねーとわかんねーよ」


 氷雨は手にしたフォークで明を指す。


「嫌になったというのが正しいかもしれませんね、裏の世界のしがらみが。こうやって殺し屋を続けていくなら、私達は一生影の中に縛り付けられる」

「光の中にだって、しがらみのひとつやふたつあるだろ」

「そうかもしれません。だけど、少なくとも人を殺して生きていく以外の選択肢がいくらでもある世界には違いないでしょう。そうやって択ぶことのできる世界を望むのは、間違ってますか?」

「……、で、それを平たく言うと『殺しに飽きた』になるってワケか」


 ふうむ、と氷雨は唸った。

 次の言葉を紡ぐまで(いく)(ばく)かの逡巡があり、そうして氷雨は言った。


「なァー、明ちゃん、やっぱり無理だぜ、この仕事から足洗うなんてのは。殺し屋は死ぬまで殺し屋じゃなきゃ、不幸になるビジョンしか見えねえよ」


 言われた明は、すぐに答える。


「平行線ですね。私は殺しを辞めて自由になりたい、氷雨さんにはそれが自殺行為にしか見えていない」

「全くもってそのとーり。アタシとアンタの仲だろ、心配くらいはさせてくれよ。そうじゃなかったら、仕事仲間を失いたくないっていう、アタシの利己的な理由だって思ってくれたっていーんだ」

「ふむ」


 パフェの底に溜まった溶けたアイスを掬いながら、明はすこし思考する。


「利益が損なわれると言われてしまうと、その補填が思い浮かぶまでは保留せざるを得ませんね」

「……、はっ、アンタが変に律儀で助かったよ」


 情に訴えても無駄だ、と頭では分かっていたものの、あまりの肩透かしに氷雨はただ笑うほかなかった。


「ひとまず考え直してくれたみたいでなにより。話も済んだし出ようぜ、アタシが払っとく」

「財布が一緒なんだからどっちが払っても同じでしょうが……、誤解してもらっては困りますけど、諦めた訳ではないですからね。一旦保留というだけで」

「分かった分かった。願わくば死ぬまで保留にしといてくれ」

「それじゃあ保留の意味がないでしょう」


 ファミレスは、ふたりのアジトからそう遠くない位置にあった。歩いて五分掛かるか掛からないかといった距離にあり、打ち合わせによく利用していた。彼女らの会話は《法螺吹き風精(ジャミングスピーカー)》という護符によって常に守られていて、外部の人間が聞いても適当な話題にしか聞こえないようになっている。そうでなければ、開けた場所で殺しの話題などできるはずもない。

 ふたりがアジトのあるマンション前まで辿り着いたとき、氷雨はふと足を止めた。


「待て。何か変な気がする」

「そんなアバウトな、と言いたいところですが、あなたの嗅覚にはいつも助けられてますからね」

「だったらもっと有難がれっての……、ああ、侵入者か? 白昼堂々大胆なこった。この様子じゃ急げば追いつけるかもな。どうする?」

「殺しましょう」


 明は即答した。


「そんな調子でホントに辞められんのかよ殺し屋。ま、今回に限っちゃ大賛成だけどな」


 言うが早いか、ふたりはマンションの階段を駆け上がった。彼女らの常軌を逸した身体能力は、フロアから踊り場までを一足に跳んでいくことを可能にする。

 アジトのある階には、ものの数十秒で到着した。

 見れば、確かに彼女らの部屋――アジトのドアは開け放たれていて、何者かの侵入があったことを隠そうともしていない。


「ナメられてんな」


 氷雨がそれだけ言うと、どこからともなく現れた一振りの日本刀を手にしていた。文字通り、彼女はそれまで刀の類を携帯していた様子はなく、その刀は忽然と()()したのだ。明はそれに驚いたりせず、ただ自分の五指に嵌められている指輪たちをそっと撫ぜるだけだった。

 足音を殺しながら、ふたりは開放されたドアへと近寄っていく。

 話し声が聞こえる。


「――そうそう、標的はお留守だったみたいッス。どうするッスか?」

「どうするもこうするも、我々のやることに変わりはあるまい。作戦は引き続きプランDを実行する」

「了解ッス。またそのパターンッスね」

「作戦への異論があれば適切なフォーマットで提出するように――それで、そこにいるのは誰かね」


 話し声は、ドアの外にいるふたりに気付いていた。


「誰って、そりゃ当然家主に決まってんじゃないッスか? わざわざ訊くまでもなく」

「ご名答だよ、コソドロ共が!」


 答えると同時に、氷雨は刀を構えながら部屋の中へと突入していた。

 人影はふたつ。

 部屋の中央で背の高い軍服の女がキセルを吸っていて、そのすぐ傍らには小柄な少女が近代的なハンドガンを構えて立っている。

 玄関から部屋へ続く廊下は狭い。氷雨は刀の刃先を下に向け、いつでも斬り上げることのできるようにしながら二つの人影に接近する。


「人を泥棒扱いなんて礼儀がなってないッスね、たかが不法侵入したくらいで!」


 当然――小柄な少女はその手に握った拳銃を構え、躊躇いなく発砲する。

 弾丸は放たれ、氷雨めがけて飛んでいく。


「――殺気が、見え見えなんだよッ」


 きん、と甲高い音がして、()()が弾けた。

 弾き飛ばされた。

 それは音の速さで飛ぶ弾丸が、刀の一振りによって軌道を捻じ曲げられたことを示していた。


「ふむ、視えるか。相当な致死知覚の持ち主と見える」


 キセルの女が呟いた。

 その間にも、氷雨はぐんぐんと二人への距離を詰めていく――しかし。喩えるならば反対方向へと引っ張られるように、その勢いは殺された。そして事実、彼女は今来た方向からある力によって引き戻されていた。

 〝糸〟だ。


「がッ……、この、何しやがる!」

「こっちの台詞ですよ、曲芸に神経を使いすぎです、気付かないんですか!?」


 叫んだ明の右手、その五指に嵌まった指輪から、ほぼ透明に近い糸が形成され、氷雨をドアの外へと引き戻していた。


()()()()()()ます、それもひとつやふたつじゃない」


 死の気配を察知した明が言うと、キセルの女がくつくつと笑った。


「そちらもか。では当ててご覧。()()()在ると思う?」

「くだらねえ問答に付き合ってる場合かよ! 何だか知らねーが今すぐアイツら叩っ切ってやる!」

「三十二個」


 暴れる氷雨を〝糸〟で抑えつけながら、明はそれだけ告げた。


「私達の部屋には今、三十二個の爆弾が仕掛けられています」

「さんじゅッ……、はァ!? やりすぎだろ!」


 氷雨は思わず叫んだ。

 キセルの女はぱちぱちと拍手をして、言う。


「……、素晴らしい。いい眼を持っている! これは、我々のような凡人風情が正面切って敵う相手ではないな。ふむ、うむ、ああ――撤退だ」

「賛成ッス。あんなバケモノをこんなオモチャで相手させるなんて総統もお人が悪いッス」


 それだけ言い残すと、キセルの女が拳銃の少女を抱きかかえ、マントを翻しながら窓の方へと向かった。この部屋がそう低くない階層にあると知りながら、窓からの脱出を試みようというのだ。


「我々が言うのもなんだが、命あっての物種だ。三十二個の爆弾が爆発する前に、君達も逃げた方がいいのではないかな?」


 その言葉は、言外にそれらの爆弾が時限爆弾であることを示していた。

 窓枠に足を掛け、ぐっと身を乗り出し、キセルの女は捨て台詞のように言い残す。


「転職には慎重になることだな」


 次の瞬間には、もうふたりの姿はそこにはない。

 残された言葉の意味を噛み砕いて、氷雨が叫ぶ。


「……、全部バレバレじゃねーか!」


 残されたふたりは、自分達のアジトだった部屋から急いで距離をとる。さもなくば、自分達が粉微塵になることを理解しているから。最悪の場合は建物ごと崩れ落ちる。脱出だ。

 ふたりは自身の超人的な身体能力に身を任せ、高層から外へと跳躍した。


 直後、轟音。


 明と氷雨のアジトのひとつが爆破され、明の計画が裏の世界に広まった日の顛末は、そのようなものだった。

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