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第1話

 ぎ、と短い音が男の喉から漏れた。

 声と形容するには醜くも切実なそれは、彼の末期の声であった。暗く湿った裏路地に、その末期の声は吸い込まれて消えた。

 絞殺。

 彼女の主な手段はそれだった。というのも、彼女の得物が“糸”である以上、そうなるのは至極当然のことであった。条件さえ揃えば人の頸を刎ねることも可能だが、彼女は普段そうしない。必要がないからだ、と彼女は答えるだろう。


「こっちは済みましたよ、氷雨(ひさめ)さん」


 その足元にいくつもの死体を横たえ、彼女は路地裏に佇んでいた。

 肩ほどまで伸びて荒れた髪は白く、深い隈を携えるその瞳は赤。

 名前を(あかり)と言った。

 明が声をかけた先には、もう一人同じ年頃の少女が立っている。氷雨と呼ばれた少女だ。


「見りゃわかるよ。こっちもとっくに片付いてる」


 焦茶色の髪を三つ編みにして揺らす彼女の手には、べっとりと血糊のついた日本刀が握られていた。

 手慣れた様子で刀を振り、彼女は張り付いていた血を払う。赤い滴が、湿ったコンクリートの壁にびしゃりと撥ねた。

 見れば、彼女の歩いてきた方にも、同じく数え切れないほどの死体が転がっていた。

 同じく――と、そう書き記すのは正確ではないだろう。上半身と下半身が分断されているものもあれば、頸だけが奇麗に刎ねられているものもある。しまいには元の形が判らないほど切り刻まれ、ただのミンチになってしまったものさえあった。それらから染み出す血液は、赤黒い池を路地裏に作り出していた。


「あなたと仕事に出ると、掃除屋代が嵩みますね」

「構いやしねえだろ。この仕事でたんまりもらった分を掃除屋の連中にもお裾分けしてやってんのさ。助け合いだろ? 人間ってのは」

「人間のなんたるかをあなたに説かれるとは驚きましたね。というか不快です」

「くひはっ、あんまりマジになんなよ明ちゃん。怒らせちまったなら謝るからさァ」


 血のついたブーツで氷雨を蹴り飛ばしながら、明は手にしていた携帯端末でメッセージを送っていた。

 送り先は掃除屋だ。彼女たちのような殺し屋が作った死体を片付けたり、目撃者を()()したりする専門家のことを指す。殺し屋ほどではないものの、その内容から高額な報酬を要求することは多い。


「はあ。氷雨さんがもう少し丁寧に仕事をしてくれるなら、この支払いももっと少なく済むんですけどね」

日本刀(これ)でどーやってキレーに殺せってんだよ。無茶言いやがる」

「少なくとも人間の細切れなんてのは作らなくても良いハズでしょう。そういう遊びは他所でやってください」

「仕事の中にも遊び心は必要だぜ、とか言えばプロっぽく誤魔化せねーかな?」

「ゼロ点ですね」


 手厳しいね、とこぼしながら、氷雨は明の後をついて歩く。撤収の時間だった。




 殺し屋は実在する。

 決して光の当たる舞台には現れないが、彼らはいつもその刃を磨いている。影の世界で不都合な存在を抹消する、そのただ一点を生業とする者共。報酬次第で個人から組織までを葬り去る闇の傭兵。それが殺し屋だ。

 氷雨と明も、殺し屋を生業とする者のひとりであった。

 今回の依頼は、最近小競り合いを起こしている組織の片割れからのもので、敵対する組織の中枢部を破壊してほしいというものであった。結果としては、彼女らの戦力が大きく標的を上回ることとなり、その下っ端もろとも皆殺しという形となってしまった。


「大人しく尻尾巻いて逃げてりゃ命は助かったのにな」

「どうですかね。その時はその時で別のところに依頼を出してたんじゃないですか」

「あえて生かしておくことで『あの連中にケンカ売るのはマズい』って喧伝させたかったんじゃねーの? ま、そうだとしたら大目玉かもな」

「一応先方には伝えてありますが、それなりに喜んでもらえたみたいですよ」

「ンだよ、心配して損した。みんなハッピーでいいじゃねーか」


 表通りを使わないようにしながら、二人は自分たちのアジトを目指していた。裏通りさえ使っていれば、掃除屋が痕跡まで綺麗に消し去ってくれる。


「最近こーいうショッパい仕事ばっかな気がすんなあ。もっとヒリつくよーなキマった仕事が舞い込んでこないもんかねえ」

「……、いいんじゃないですか。こうやって楽して稼げてるんですから。文句を言うもんじゃあないでしょう」

「そりゃそーなんだけど、さァ」


 氷雨は大げさに両手を広げ、続けた。


「あたしは明ちゃんとは違って、元々好きで殺しをやってた側の人間なワケじゃんか? それがこう、作業っぽいカンジの仕事ばっかり割り振られちゃ、文句の一つも言いたくなるぜ」

「私はあなたと違って、仕事に命を賭けられるほどの情熱があるわけではないので。もっと危険な仕事がしたいというなら止めませんが、もう私は同行しませんよ」

「へいへい、つれない女だコト。それなら平和でシャバい殺しを引き続きガンバりますかね」


 氷雨はつまらなそうに答えると、その辺りに落ちていた空き缶を蹴り飛ばした。からん、と乾いた音がコンクリートの高い壁に反響する。


「あ、いえ、そういう事ではなくて」


 例えるなら買い出しの忘れ物に気付いたように、何気なく。明は口を開いた。


「殺し屋辞めます。飽きたので」

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