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第9話 試食の結果

「ただ、試食はさせてくれ」


 それくらいはいいだろう。


『ほぉん? 啖呵を切っておいてカッコ悪いのう』


「うっせーよ、心の準備がいるんだよ」


 いくら胃腸が強くても、不味かったら吐き出してしまうだろうが。


『ま、我にとってもその方が良い。少し器の体内に入れば、体の適性はわかる。器になる人間に適性がないのに、我の一部を大量に無駄にする必要はない』


 うん。俺の心配じゃなかった。


 なんか腹立つな。


 だから友達できねーんだよ。


 俺は大人なので、悪態は心の中にしまっておく。


 さて。


 そうと決まったら、さっそくだ。


 手を伸ばし、そっと少量を指ですくう。


 冷たくて、思ったよりも粘性が強い。やっぱり水飴みたいだ。


 すこしなめる。ほんのり甘い。


「味的にはいけるな。────適性とやらはどうだ?」


 俺の問いかけに、ご機嫌で弾んだ声が返ってくる。


『おお、ここ数百年の間ではトップクラスだ。喜べ、完璧な器と言っても良い。お前なら、壊れないかもしれん』


 なんだか褒められているのだろうけれど。

 うん、全く素直に喜べない。上からすぎて。


「じゃ、いくわ。もう少し高く浮かしてくれる? 俺の顔の高さくらい。────うん、そのままキープで」


『承ったぞ!』


「ムラノ。無理しないで」


 ジルが心配そうに俺の袖を引く。


「心配ない。あ、これを頼めるか?」


 と、俺は笑って松明をジルにたくす。


「う、うん」


 よし、と。


 近くで見るとなかなかの量だな。海外サイズの大ジョッキ3杯くらいはありそうだ。全部飲み終わったら、戦い後のフードファイターみたいな腹になりそうだ。


「行くぞ」


 そっと口をつけ、無心で吸い込む。飲む。吸い込む。飲む。吸い込む────

 

 ううん。体調的には問題ないが、辛い。おもに容量面が。




 やっとの思いで8割くらい飲み込んだ頃から、シャンシャンと、どこからかタンバリンみたいな音がする。


 絶妙にイラッとするリズムだな、おい。


『我はニール、ほら甘い蜜、ニールの雫、グイッと飲むぞ、器がいくぞ、イッキに飲むぞ、ハイハイハイハイ』


 声がはしゃぐ。


 応援のつもりなのだろうが、飲むリズムが崩れるからやめてほしい。


 ホストクラブかここは。


 気が散るからやめろ。と言いたいけど、口いっぱいの液体のせいで話せない。


 ていうか、声の名前はニールって言うんだな。




 どうにかこうにか最後まで飲み込めたのは、俺のかわりに松明を握りしめたジルの心配そうな顔を早く安心させてやりたかったからだ。


 あとハイハイハイハイうるさい奴も黙らせたかった。


「ぶはぁ────!」


(うむ、よくやった!)


 あれ、気のせいかな? 偉そうな上からヴォイスが頭の中に直接聞こえるんだけど?


 ………………?


 え、憑依って、そういうこと?!


「何をいまさら。こんな事もできるぞ」


 いや、俺の口が勝手にしゃべった! きもっ!


「ただ憑いてくるだけだと思ったか? 甘いな。お前の口をかりて話すこともできるのだ!」


 うわあああ、口が勝手に動く。


 まじかよ……。


 テンションダダ下がりだわ。

 勢いで「いけにえ」にチャレンジした事を、少し後悔する。


 ほらみろ、俺を見るジルの顔、安心どころか恐怖にひきつってるよ。


「まぁ、せいぜい喋れるだけで、体は操作できないのが難点だ」


 体まで操作されてたまるか!


「ああ。しょうもないもん憑けちまった」


「おいお前、聞こえているぞ」


「ムラノだよ。ニールさんよ」


「な、なぜ我の名を」


「さっき自分でコールしていただろうが」




「ね、ねぇ、ムラノさん、だいじょうぶ────?」


「あ、ごめんな、ほったらかして。ていうか、怖がらせちゃったな。すまん。さっきの声の主が勝手に俺の口で喋るもんだから」


「ううん、こちらこそ、なんかごめんね、変なのに巻き込んじゃって……」


「変なのとは誰のこと」


 俺は強引に口の主導権を取り返した。意志の力でなんとかなるもんだな。

「いや、お前が気にすんな。俺がやると決めたことだ」


「ひゅーひゅー」


「だからお前は黙れ」


 ぷっ。


「ごめん、笑っちゃいけないんだけど、我慢できなっ────ぶふっ」


 俺の一人芝居に辛いきれず、ジルが吹き出す。

 いやほんとの一人芝居ではないんだけど。


 まぁ、笑えるのはいいことだ。




「それで、そう、薬だよ!」


 俺がこんなに頑張ったんだ。ジルのかぁちゃんに薬を貰えないと困る。


「我の成分は、毒にも薬にもなる。万能薬ではないが、多少の効果はあるかもしれん。よし、本人のところへ行け。我が匙加減を教えてやろう」


 俺が(側から見ると)一人問答をしていると、よく通るおっさんの声が飛び込んできた。


 あ、声だけじゃなかった。でかい体も転がるように走ってきた。


「────ジル!」


 髭もじゃの巨体がジルを抱き上げる。


 続いて、数人の大人が。


「探したぞ! やはりここにいたか」


「お前は────みない顔だな」


 と、俺の方に注目が集まる。


「ジル、何かされたのか?!」


 ああ、やっかいな流れ。


「ムラノは変な人じゃないよ!」


 そうジルが声を張り上げてくれる。


 俺も説明をしようとしたのに、すんでのところで邪魔が入る。


「我がお前たちの言う神であるぞ」と、俺の口が勝手に。神じゃねぇって、さっき自分が言ってたんだろうが。


「ややこしくなるから黙れ」


 俺はそう、小声で言う。

 怪しむ大人たちには、営業スマイルを向ける。

 ニールの言葉が、大人たちに聞こえていないことを祈る。


(旅がしたいんだろ? それこそ俺の匙加減だ。わかったな? 話す時は頭の中で。お前が俺の口を使うのはその必要がある時だけ。他に人間がいる時はそうしよう。決まりだ)


(むぅ────)


 不満たらたらの声だが、ちゃんと頭の中に届いた。

 まぁ、よしとしよう。


(いいこだ。交渉成立だな)





 

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