第19話 影
俺は務めて丁寧に話そうと思った。
修羅場では、より冷静さを保った者が、場の支配者になれるというものだ。
「事情はよくわからないけど────まずはお互いのことを知らないか?」
相手を刺激しないように愛想笑いを浮かべながら、上半身だけゆっくりと起こしていく。美しき小柄な侵入者の肩に手を置き、やんわりと押し戻そうとする。が、予想に反して彼女の体はびくともしない。
腹を固定されてしまっているものだから、斜め45度以上は起き上がれない。つらい。
そして怖い。
美しすぎる顔から発せられる、えもいわれぬ圧が。
洗練された小型の肉食獣みたいだ。黙って見据えられると鳥肌が立つ。逃げたいのに見ていたい。
どうすればいいんだ。
次の言葉を考えている間にも、セリーナさん(暫定)は俺の問いには答えない。黙秘のまま、俺の上から動かない。
口もとにはうっすらと笑みが浮かんでいるというのに、俺をまっすぐに見据える目は1ミリも笑っていなくて。
ベッドから離れたばかりの背中を、嫌な汗が伝った。
「ええっと、君はセリーナさんの何だい? 双子────かな? ここで何をしているの? 俺に、どうしてほしいの? 協力できることなら────」
一気に言ってから、しまった、と思った。冷静にいくつもりが。矢継ぎ早に質問してしまった。
焦ると言葉が増えるんだよな。俺の悪い癖だ。
落ち着け、落ち着け。
こういう時は、騒いで相手を逆撫でするよりも、穏便に話をすすめたい。
何より、焦った方が下だ。なんというか、序列的なアレができてしまう。
「あっ、できることとできないことがあるけど……」と念のために付け足した俺の声は、急に無言の圧を解いて喋り出したセリーナさん(暫定)の声にかきけされた。
「うーん? 双子ではないかなぁ? 夜這い? どうしてほしいのかなぁ?」
先ほどの俺の問いに、順番通り答える彼女。
何かを思い出すように考えるように、目線が俺から外れて、ななめ上のほうをむく。
それだけで、この場に満ちた緊張感がふっと薄まった気が────
いや、そんな気がした、だけだったな。
────なぁいま、なんて言った?
夜這い?
絶対夜這いと違うだろ。だいたいなんで全部疑問形なんだよ。
適当なこと言って撹乱しようとしているな。
あっ、と、呟き、さらに彼女はしゃあしゃあとつけたした。
「しいていえばぁ」
いや、今思いつきましたって顔に書いてあるやん。
いいかげんにせえよ。
「初めて会った時から、気になってて」
歌うようなテンポとゆるーい声。言葉こそまに受けてはいなかったものの、そこから繰り出された一撃は避けられなかった。
ガッ────!
「ぐふぅ」
やだ、いきなり首元を掴まないで。苦しいから。
喉がしまって、声にもならない。
くそ。
あなたのことは傷つけたくないから、反撃もできないんだよ。わかってくれよ。
死ぬほどではないが、不快感からモゴモゴしていると、彼女はそのまま力任せに俺の頭部を自分の口元に引き寄せ、ささやいた。俺はもう、あれだ。涙目。
「あんたならできるだろ。こいつを助けてやって」
こいつって、誰────?
セリーナさんのこと────?
ていうかこれ、人に物を頼む態度かなぁ────?
お兄さん、だんだん意識が遠のくけどぉ────?
あ、これ全部心の声ね。
返事ももちろんできないよ────?
うん、そろそろ酸素が欲しいなぁ。どうしようか。
彼女を傷つけたくはないけれど、俺が死んだら元も子もない。
少しばかり乱暴に振り解いても良いかな? 怒られないよね?
俺がころころと手のひらを変えていざ反撃しようと力んだ瞬間、
ぞわり
首締めとは別種の違和感が胸にうまれた。
違和感の正体をつかもうと、目線だけをなんとか下に滑らせる。
俺の首もとを掴むのは、彼女の左手。
そして右手は、俺の胸に入っていた。
胸元に、ではない。
胸の中に。物理的に。刺さっとる。
え、キモ。泣いていい?
俺、前世でも胃腸は弱かったけど、盲腸の手術もしたことないのに。
余命宣告された時も、手術は怖いから嫌で逃げたのに。
血は? ああ、出てないか。
あ、でも、もう無理かも。あ、だめだ、なんか意識が遠のく────
お久しぶりです。