表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/19

第19話 影


 俺は務めて丁寧に話そうと思った。


 修羅場では、より冷静さを保った者が、場の支配者になれるというものだ。


「事情はよくわからないけど────まずはお互いのことを知らないか?」


 相手を刺激しないように愛想笑いを浮かべながら、上半身だけゆっくりと起こしていく。美しき小柄な侵入者の肩に手を置き、やんわりと押し戻そうとする。が、予想に反して彼女の体はびくともしない。

 腹を固定されてしまっているものだから、斜め45度以上は起き上がれない。つらい。


 そして怖い。

 美しすぎる顔から発せられる、えもいわれぬ圧が。

 洗練された小型の肉食獣みたいだ。黙って見据えられると鳥肌が立つ。逃げたいのに見ていたい。

 

 どうすればいいんだ。


 次の言葉を考えている間にも、セリーナさん(暫定)は俺の問いには答えない。黙秘のまま、俺の上から動かない。


 口もとにはうっすらと笑みが浮かんでいるというのに、俺をまっすぐに見据える目は1ミリも笑っていなくて。

 ベッドから離れたばかりの背中を、嫌な汗が伝った。


「ええっと、君はセリーナさんの何だい? 双子────かな? ここで何をしているの? 俺に、どうしてほしいの? 協力できることなら────」


 一気に言ってから、しまった、と思った。冷静にいくつもりが。矢継ぎ早に質問してしまった。


 焦ると言葉が増えるんだよな。俺の悪い癖だ。


 落ち着け、落ち着け。

 こういう時は、騒いで相手を逆撫でするよりも、穏便に話をすすめたい。

 何より、焦った方が下だ。なんというか、序列的なアレができてしまう。


「あっ、できることとできないことがあるけど……」と念のために付け足した俺の声は、急に無言の圧を解いて喋り出したセリーナさん(暫定)の声にかきけされた。


「うーん? 双子ではないかなぁ? 夜這い? どうしてほしいのかなぁ?」


 先ほどの俺の問いに、順番通り答える彼女。

 何かを思い出すように考えるように、目線が俺から外れて、ななめ上のほうをむく。

 それだけで、この場に満ちた緊張感がふっと薄まった気が────


 いや、そんな気がした、だけだったな。


 ────なぁいま、なんて言った?


 夜這い?


 絶対夜這いと違うだろ。だいたいなんで全部疑問形なんだよ。


 適当なこと言って撹乱しようとしているな。


 あっ、と、呟き、さらに彼女はしゃあしゃあとつけたした。


「しいていえばぁ」


 いや、今思いつきましたって顔に書いてあるやん。

 いいかげんにせえよ。


「初めて会った時から、気になってて」

 

 歌うようなテンポとゆるーい声。言葉こそまに受けてはいなかったものの、そこから繰り出された一撃は避けられなかった。


 ガッ────!


「ぐふぅ」


 やだ、いきなり首元を掴まないで。苦しいから。

 

 喉がしまって、声にもならない。


 くそ。


 あなたのことは傷つけたくないから、反撃もできないんだよ。わかってくれよ。


 死ぬほどではないが、不快感からモゴモゴしていると、彼女はそのまま力任せに俺の頭部を自分の口元に引き寄せ、ささやいた。俺はもう、あれだ。涙目。


「あんたならできるだろ。こいつを助けてやって」


 こいつって、誰────?


 セリーナさんのこと────?


 ていうかこれ、人に物を頼む態度かなぁ────?


 お兄さん、だんだん意識が遠のくけどぉ────?


 あ、これ全部心の声ね。

 返事ももちろんできないよ────?


 うん、そろそろ酸素が欲しいなぁ。どうしようか。


 彼女を傷つけたくはないけれど、俺が死んだら元も子もない。


 少しばかり乱暴に振り解いても良いかな? 怒られないよね?


 俺がころころと手のひらを変えていざ反撃しようと力んだ瞬間、


 ぞわり


 首締めとは別種の違和感が胸にうまれた。

 

 違和感の正体をつかもうと、目線だけをなんとか下に滑らせる。


 俺の首もとを掴むのは、彼女の左手。


 そして右手は、俺の胸に入っていた。


 胸元に、ではない。


 胸の中に。物理的に。刺さっとる。


 え、キモ。泣いていい?


 俺、前世でも胃腸は弱かったけど、盲腸の手術もしたことないのに。


 余命宣告された時も、手術は怖いから嫌で逃げたのに。

 

 血は? ああ、出てないか。


 あ、でも、もう無理かも。あ、だめだ、なんか意識が遠のく────



お久しぶりです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ