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第17話 めぐる

『元気がないな』


 ニールは少ししおれたニカの葉を見て、ぽつりと言った。

 理由はわかっていた。ニールのせいだ。


 昨日の大雨に流されて、ニールの毒がいつもよりも広範囲に侵食した。

 ニカに逃げる術はない。

 ニールにもニカを助ける手段はない。


「君が言ったんじゃない。どのみち、私たちはすぐ枯れる」


 しおれた姿とは裏腹に、ニカは歌うように言う。

 その明るさがさらにニールの気持ちをしめつけた。


『でも、我のせいだ』


 存在するだけで、他者を傷つけてしまう。


 自分ではコントロールできないままに。


「頑固だね。困ったな。死にゆく友達に気を遣わせないでおくれよ。まったく。そうだな────。ここからいなくなるのが悲しいって気持ちが芽生えたのは、君のせいかな」


 ねぇ、と、ニカは楽しそうに言う。


 しなだれた花は下を向き、もう太陽の方を向く元気もないのに。


「約束してよ。いつか君が世界を旅できるようになったらさ、他の場所にいる私を探して会いにきて。あっ、ニールのことを覚えているって保証はできないけどさ」


 ニールは数秒迷った。そして言った。


『軽率な約束はできない』


「ええ?! そこ断る?! わかったって言うところでしょお!」


 元気がないくせに、元気にツッコむものだ。


 もうすぐお別れだなんて嘘みたいだ。


『我が世界を旅するなんて、世界が十三回転ばないと無理だ』


 長い年月、そんなことは一度だって起こらなかった。


 それを擬似的にとはいえ叶えてくれたのはニカだ。


 そのニカがいなくなれば、元の生活にもどるだけ。


「ええ〜? まったく。希望くらい持たせてよ」


 不満そうにニカは言う。


 だからニールも、少しだけ態度を改めた。


『努力はする』


 やっぱり嘘はつけなかったけれど。


 それが精一杯だったけれど。


「それで良いよ」


 ニカはそう笑ってくれた。






「それから、ニカと同種の花は生まれなかったのか? その────ニールがいたあの広場に」


 俺が聞くと、ニールは口をもごもごさせた。


「ここには俺らだけだ。喋って良いよ」と、俺。


「わかった。────ああ。生まれなかったな」


 ニールの声は掠れたように小さくて、語尾は風にながれて散った。


「そうか」


「ああ」


 しばらくふたりとも黙っていた。


 風に乗って聞こえる鳥の声が、いやに楽しそうに響く。


 口火を切ったのはニールだった。


「ニカがまだ元気だった頃に────」


「うん」


「料理の文化が発達した街の人間だけは、ニカの種属を重宝し、隠し味として使うとは聞いていた」


 なるほど。つながった。


「それで、探しに行きたかったのか?」


 ロッタの街は食い倒れの街。

 そのまわりには、ニカの仲間が存在しているかも。

 用事とは、つまりそういうことなのだな。


「ああ。────この街の近くなら、ニカの種属に会えるかもしれん」


「そして俺がその植物を食べたら、一緒に旅ができるかも、って?」


 逡巡するような間。

 やがてニールは、

「同種でも思考をもち他者と通じる個体は多くないらしい。だから、そこまでうまくいくとは、さすがに思っていないが」と、言った。


 また少し黙ってから、ポソっとつけくわえた。

「また言葉をかわせるかもしれない、とは」


 なんだか俺までぎゅうっと胸が熱くなる。

 これはニールの心のせいだろうか。


 俺は立ち上がって、ちゃっちゃと片付けをはじめた。

 善は急げ、だ。


「よし、エネルギーチャージもしたことだし、行きますか!」






 ニカの仲間は、意外とあっさり見つかった。


 ニールがいた場所と生育環境が似ていそうな場所を探したのがよかったらしい。


 しかし、話しかけても、うんともすんとも言わなかった。


 ニールにかける言葉を探していると、ニールの方が俺に気を使うように、言った。


「そういうこともあるさ。我だって、最初から思考があったわけではない」


 若い個体だと、芽生えていないこともある。

 そう言いたいのだろう。


「何か条件があるのかな」


 たとえばファンタジーで言うところの魔力だとか。


 以前のニールの近くだったら、そんなものが満ちていたっておかしくは無い。


「そうかもしれないな」


 日が落ちるまで探したけれど、見つかったのは一ヶ所だけだった。


 たくさんつんでしまうのも忍びなくて、枯れた個体から種を。そして一番大きな花をひとつ手折り、ストレージリュックに入れた。





 

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