第13話 青猫亭
教えてもらった方へしばらく歩くと、『青猫亭』に着いた。
煉瓦造りの店はあたたかみがあり、二階の出窓には花が飾ってあるのが見える。
可愛らしい雰囲気をまとう建物だった。
「いい感じだな」
ゆっくりと過ごせそうな空気感。きっとオーナーの人柄を映しているのだろう。
「すみませーん」
木のドアをギィと押し開けて、無人のフロアに声をかけた。
食事処としては時間外なのだろうか。客は誰もいない。
奥の方から、パタパタと走ってくる軽い音が近づいてきた。
「はぁい、いらっしゃい!」
元気よく迎えてくれたのは、女の子だった。高い位置で結った左右の髪が、ひょこひょこと揺れる。
しっかりしていそうだけど、身長が小さい。小学生? 高学年くらいか。
「あ、お店の人いますか?」
少し腰をかがめ、目線を合わせて優しく言うと、
「私が店主です」
と、苦笑いされてしまった。
「こ、これは失礼を」
ファンタジーにありがちな長命種とかいうやつだろうか。耳はとんがっていないけれど。
俺はいったん背筋を伸ばしてから、改めて会釈した。
「いいです。よくあることなので」
と、ひらひらと手を振って、店主はカウンターの裏からメニューを取り出した。
「お食事ですか?」
時間外というわけではなかったらしい。
「はい、食事と、できれば宿泊も」
「おひとり?」
ちら、と、俺の後ろを覗き込む店主。
「はい」
「でしたら大丈夫ですよ。一泊のお代は晩ごはん朝ごはん込みで銀貨一枚になります。お部屋の確認はされますか?」
「あっ、じゃあ一応」
「こちらです」
トントンと、脇にある階段を登っていく。
俺は慌ててそのあとを追った。
案内された部屋は狭いが日当たりが良く、小ぶりだけれどふかふかのベッドが何より魅力的だった。
風呂とトイレは共用だが、まぁ贅沢は言わない。
「うん、ここがいいです。ありがとう」
「では、お代は先払いになります」
「はい、よろしく」
銀貨一枚を出して渡す。
「まいどっ! お食事は、すぐ食べられますか?」
「そうだね。たくさん歩いたから腹が減って。よろしくお願いします」
「じゃあ大盛りにしときますねっ! 準備ができたらお呼びしますので、ゆっくりとお過ごしください」
「そうするよ。ありがとう」
「いやー、しかし、街に入る時には肝を冷やしたよ」
さっそくベッドに横になる。
やっぱりいいな。
「そうか?」
と、ニールは呑気な声を出すが。
「もっと怪しまれてもおかしくなかったよ。相手がいい人でよかったけど」
と、俺は続けた。
しかし、だ。
「スキルって、増えるんだな」
「そんなことも知らなかったのか?」と、ニール。
「だから、俺はこの世界に来たばかりなんだって」
「向こうの世界にはスキルが無いんだな」
「ああいう仕組みはね」
少なくとも現実世界では。
「まあ、ゲームの中では、そうか……」
そうだよな。いまのこの状況って、ゲームの中に入ったようなものなんだよな。
「考え方によっちゃ、楽しいっちゃ楽しいか」
何より、どれだけ食べても俺の胃は痛くならないし(めっちゃ重要よ、ここ)
「ふふん、我のおかげだな。感謝しろ!」
「いや、悪いが、お前には感謝しないけどな。あ、ジルのかぁちゃんを助けてくれた事は別。そこは感謝してる」
「何っ?! もっと崇めてくれても良いのだぞ」
え、そんな驚くこと?
「俺は平和に旅ができたらそれでよかったの……」
よりによって、毒使い。なんか、悪そうな響き。
お前のせいで俺、生きにくくなってない? なんて、ニールには言えないし、言わないけどさ。
あれって、非表示にはできないのかな?
何らかの対策は考えないとな。
他の街の守衛がどんな人間なのかなんて、わからない。
怪しまれるだけならまだしも、何もしていないのに取り調べなんてまっぴらだ。
そんな俺の不安とは真逆に、ニールはテンションがあがっちまってる。
鼻息荒く、ぶつぶつと。
「まぁ、そんなぬるい事を言うな。せっかくだ。最強の毒使いを目指すぞ。そしてこの世を我の傘下に────」
もう完全にさ、悪役のやつじゃん。しかも弱いタイプの噛ませ犬のセリフ。
「嫌だよ。お前がそんな事を企むなら、俺は旅をやめて引きこもってやろうか」
体まで動かせない以上、ニールは俺に逆らえない。
「ふっ、冗談じゃないか……」
「本当か?」
「悪かった。もう言わない」
「よし」