第11話 旅の最中
ロッタの街までの道中は楽しかった。
ちょっと大きめのイノシシに追いかけられた時はまた死ぬかと思ったけど、ニールの機転で、毒入り肉を食べさせて撃退した。
毒で倒したイノシシをそのままにするのもな、と思ったのだけれど、それもニールが解決してくれた。
自分の毒と、さらにニールが知っている毒なら解毒可能だそうだ。
しかも死体からも除去できると。
え、完全犯罪もできちゃうんじゃね?
って思ったよね。
いや、もちろんやらないよ?
やらないけどさ、この技は無闇に公にせず、黙ってないといけないなと思った。
旅の人間なんてさ、何かあったら真っ先に疑われるじゃない。
疑われたら困るから、秘密にしよう。そうニールを説得した。
ニールの性格だと、深く考えずに、うっかり自分の技を披露しそうだったし。
で、さすがにイノシシはストレージリュックには仕舞えないよな。ってことで、通りすがりの商隊に交渉して、買い取ってもらった。
商隊に同行してた解体業者が、その場でさばいてくれたので、食べられるだけの肉も分けてもらった。
ロッタの街についたら、飯屋に持ち込んで料理してもらおう。
しばらくは、こんなふうにして生計を立てるのもアリかな。
でもやっぱり、もう少し穏便な方法で日々の糧を得たい。
遭遇した場合は仕方ないけど、狩りを生業にするほど、俺は戦闘に慣れていない。
まぁまだこの世界じゃ一年生だ。
ゆっくり自分探しをしようじゃないか。
しかし、よく歩くと頭がスッキリするな。
なんだかんだ、話し相手にも事欠かないし。
ジルに頼んで、餞別がわりの手鏡もいただいた。これで天使とも通信可能だ。
うん、旅は順調だった。
そうそう、天使といえば。
やつらも顔合わせをしたんだよ。
『初めまして、ムラノさんのマブダチの天使です』
「どうも、ムラノの相棒のニールだよ」
そんな具合に。
たださ。
え、なんでそんなバチバチなんだ?
って思ったよね。
お互い丁寧なのに、トゲトゲしいというか。
俺、人生初のモテ期? え?
まったく嬉しくないのはなんで??
「なぁ、いつから俺らマブになったの」
率直に質問したら、鏡の中の天使は大袈裟に崩れ落ちてフレームアウトした。
『がぁぁぁん』
「だって俺、天使の名前も知らないよ」
『名前はありません。天使ですから』
と、戻ってきて、わざとらしく涙を拭う仕草をする。
1ミリも泣いてないくせに。
名前はない、か。そういうもんなの……?
「でもさ、なんか────ずっと天使って呼ぶのもなぁ」
俺がずっと「人間」って呼ばれるようなものだよな。
「あっ、じゃあさ、あだ名つけようぜ」
いい提案じゃないか?
『あだ名』
天使はそわそわと嬉しそうだ。
「シロはどうだ? 白いし」
俺がそう言うと、天使が一瞬で、下等生物を見るような顔になった。なぜだ。
『却下。ちゃんと考えてください』
ぶちっ。って、通信を切られちまった。
いいと思ったんだけどな。
「テンちゃん……エンジェル……エンっち」
「なぁ、お前、絶望的にワードセンスがないのか?」と言うのはニールだ。
しばらくしてから、呆れたようにこう言う。
「じゃあさ、お前が好ましいと思うものからもらう、とかでいいんじゃないのか。飼ってた犬の名前とか。好きな音楽とか。家族とか」
なんて、まっとうなことを。
なんだか、俺より人間が出来てるじゃないか。毒のくせに。
「よし。フジ。お前のあだ名はフジ!」
通信を繋ぎ直してそう言うと、まんざらでもない顔で天使は言う。
『フジ……珍しい名前ですね。気に入りました』
「よっしゃ!」
思わずガッツポーズをしてしまう。
『さすがマブダチ』
「それは知らん」
『ガーン。ちなみに、由来は?』
由来とか気にしちゃう? そうだな……。
「あ────……。あれだ、俺のもといた国でいちばん大きな山の名前だよ」
『そうですか。ふん。ムラノさんにしちゃ、悪くないです』
「一言余計なんだよ」
と尖らせた口が、勝手に動いて喋る。
「我のアドバイスのおかげだな」
まぁ、それも事実ではある。
俺は素直に頷いた。
「ニールのおかげっちゃおかげだな。ありがとな」
「ふふん。一つ貸しだな。美味い飯を期待しているぞ」
「味わかるの?」
「お前の感覚は我にも伝わる」
「へぇ」
そんなもんか。
まぁいいや。美味い飯。それは俺だって期待している。