第10話 旅は道連れ、世は情け
「俺が泣いてたら、ムラノが助けてくれて、一緒に神様のところに来てくれて、しかも」
ジルは大人たちにまくしたてる。
「神様と交渉して、薬をもらえるって」
「本当か……?」
「しかし」
顔を見合わせ、俺を見て、困惑した様子でザワつく大人たち。
彼らを尻目に、俺は頭の中に問いかける。
(なぁ、薬って、岩から出てるあれを持っていくのか?)
(それは必要ない。────ちょうどいいな。やつらに本物だと証明してやろう。手のひらを地面に向け言う通りにしろ)
(ヤバいことしないよね?)
力でねじ伏せるとか。悪いやつの定番じゃん。
(ここではそれが悪手と分からない程、アホではないわ)
イラついたような返事だが、俺はほっと胸をなでおろした。
(よかった)
(ふん。いいか、腹の奥に意識を集めろ)
(────こうか?)
なかなか難しいな。
(少しコントロールが甘いが、まぁいい。熱の塊があるのがわかるか?)
(ああ)
確かに、体の奥のほうに、温かいものを感じる。
こう言うと大げさだけど、命の源のような。
(それを移動させる感覚で)
(うん? ────こうか?)
(そう、うまいぞ。右手まで誘導しろ。もう少し弱くて良い……たくさんはいらない……ああ、そのくらいだ)
(え、ムズイんだけど)
気を許すと、動かした熱が散ってしまいそうだ。
数秒だが、集中しすぎて、息を忘れていたらしい。
(いいぞ、力を抜け)
そう言われたあと、ぷはっ、と一気に呼吸を再開した。
すると。
俺の右手のひらから。
パラ……パラ
ってさ。出たのよ。
「なんか出た?! 粉?!」
驚きすぎて、声にしちゃったよ。
(我が憑いているのだ、このくらい当たり前だろう)
めっちゃ偉ぶるじゃん。顔知らないけど、絶対ドヤ顔してるじゃん。
(これ、あれと一緒なわけ? 粉だけど)
(まぁな。余計なものを省いて、薬にしてある。あとは量の調整だけだ。少なすぎても効かないし、多過ぎれば害をなす。それは病人本人を見ないとわからない)
(すげーな、医者みたいだな。あ、どっちかと言うと研究者か)
せっかく褒めたのに、返ってきたのは、はは、という乾いた笑い声だった。しょぼくれたテンションが、別人のようだ。
(ただの毒に宿った思念だよ。自分の使い方を知っているだけのな。それ以上でも、それ以下でもない)
自分の使い方を知っているって、相当すごい武器だと思うんだけどな。
俺なんて、自分さがしの旅をしているようなもんだし。
ま、ニールにはニールの人生……毒生……?
辿ってきた背景があるのだろう。
(あっ、なぁ、今後、俺が料理すると毒が混じるとかないよね?)
(出すつもりで出さないと出ない)
(よかった)
無自覚に誰かに危害を加える心配は無さそうだ。
俺はニールの言うことを、人間向けに丁寧な言葉に翻訳して、大人たちに伝えた。
「いけにえ」の儀式をおこなったことにより、ニールが意識ごと俺に宿ったこと。
ニールの力で、薬を用意できそうだということ。
「いけにえ」の儀式はスキル持ちの俺だから成功したのであって、普通の人間は真似をしない方が良いこと。
薬は万能薬ではないこと。
納得した上で、大人たちは村に招いてくれた。
そして今、ジルの家で。
ふせっているジルのかぁちゃんを前に、俺はニールの言葉を聞いている。
ジルのかぁちゃんには、最初に、粉を少し舐めてもらった。
それで、この薬がほんとうに効くのか、ニールにはだいたいわかるらしい。
すげぇな。
(これを茶にでも混ぜて飲ませろ。一日一回。三月もすれば、必要なくなるだろう)
そのままを伝えると、「ありがとう」とジルは噛み締めるように呟いて、声を上げて泣いた。
かぁちゃんも俺に何度も礼を言い、ジルによく似た目に涙をためながら、泣きじゃくるジルを抱きしめていた。
一晩、ジルの家に泊めてもらった。
夜の間に、俺は必要量の薬を作った。
薬を作るとなんだか無性に腹が減って、俺はストレージリュックに入れていた食料を食べ尽くしてしまった。
翌朝、ジルがたくさん用意してくれた朝食も、ぺろりと平らげた。
「ありがとう」
旅立つ日の朝、ジルは深く頭を下げた。
「頭をあげてな。いいんだよ。ちょっと性格に難があるけど頼もしい相棒も出来たことだし」
(一言多くないか?)
頭の中に、ニールの声がする。
性格は尊大だけれど、こうやって、人の前では喋らないという約束も律儀に守っているし。
一緒に旅する話し相手がいるというのは、まぁ悪い事ではない。
「何か返せないかな? お金は今はこのくらいしかないんだけど」
と、ジルがなけなしの金を出そうとするので、そっと押し戻した。
「いらないよ。お金には困ってない。────あ、そうだ。俺たち、ロッタの街まで行くんだ。晩ごはんは街で食べるつもりだけど、途中で食べる昼メシがほしいな」
ぱあっと、ジルの顔に花が咲いた。
「すぐ作る! 待ってて! たくさん詰めるから」
そう言って、キッチンに走っていく。
「ありがとう」
(俺たち、か。フフン)
ニールくん、なんだか嬉しそうだね。
可愛げもあるじゃないの。
ぶっちゃけアレを飲んだことを後悔した瞬間もあったけど。
ま、この状況も悪くはないと思ってる俺もいるわけで。
あ、そうだ。
「ニール。ジルに最後の挨拶をする時は、喋っていいよ」
(本当か!)
「優しくな」
(ああ、気をつける)
ほらな、悪いやつじゃないんだ。
「また来るよ」
泣き顔のジルにそう声をかけると、抱きついてきた。
「約束な! 絶対だぞ!」
「我がムラノを連れてきてやる。だから元気でいるのだぞ、ジル」
「うん。ニールもありがとう」
「ふ、ふん、礼など嬉しくもなんともないわっ」
わぁ。嬉しそうな声。
「これ、お弁当」
と、ジル。
別れ際に、どん、と、大きな包みを渡してくれた。
「ありがとう! ────元気で」
ジルとジルのかぁちゃんと、村の人たちに手を振りながら、俺はロッタの街へ向けて出発した。
ああ、間違えた。
俺たちは、出発した。