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夢であればいいのに

作者: 337

 霧散していた意識が集まり、閉ざしていた瞼を持ち上げた。

 視界に広がるのは薄暗い空間、身体に妙な重さを感じていると思ったら、何者かに覆いかぶさられていた。

 暗い瞳には仄かな光が灯り、不敵に微笑む唇。

 薄暗い部屋の中で妙な艶めきを放つ目の前にある唇からは赤い雫が伝い、零れる。垂れた雫が私の唇に触れ、錆びた味がじんわりと広がる。

 突如として襲い来る息苦しさ、視界が白み、やがて……――


 ――目が覚めた。

 よだれをぬぐいつつ周囲を見渡す。

 喧騒に満ちたいつもの教室、見慣れた風景。

 何となく泳がせていた視線はとある人物を目にして自然と止まってしまった。

 夢の中に居た覆いかぶさってきていた人、特に話したこともない、同じ教室にいる彼女、かろうじて名前を知っている程度の関係。

 妙な生々しさのある夢だったと思いつつ、ぼーっと彼女を眺めていたら、不意に目が合った。

 すぐさま逸らした。

 見続けてはいけない気がした。

 その後はいつも通りの日常を送る。


 放課後の帰り道、唐突に例の彼女に呼び止められた。

 有無をも言わせず手を引かれどこかへと連れ込まれる。どこかの民家、恐らくは彼女の家。

 まだ日の残る時間なのにカーテンは閉め切られており、明かりのついていない部屋はやけに暗い。

 部屋に連れ込まれるなりいきなり押し倒された。

 上から彼女の体重で押し付けられ、押さえられている右手は動かせない。

 覆いかぶさってくる彼女、暗い瞳には光が灯り、不敵に微笑む唇からは雫が零れ、私の唇に。

 突如として襲い掛かる息苦しさ、視界が白み、やがて……――


 ――目が覚める。

 寝方が悪かったのが右腕が痺れて思うように動かせないので、左手でよだれをぬぐう。

 夢……だよね?

 ありありと脳裏に映る光景、無意識に視線が彼女の方へと動く。

 重なる視線、その唇は微笑んでいた。

 背筋が寒くなった気がした、気のせいだ、偶然だと言い聞かせていつもの日常へと戻る。


 放課後、不吉な予感からそそくさと帰ろうとする。

 しかし彼女に呼び止められてしまった。何かを言い返してこの場を離れようと言葉を探しているうちに、有無をも言わせずに手を引かれ、夢で見た暗がりへと連れ込まれていた。

 同じ光景、夢でみた景色。

 右腕を押さえつけられ、垂れた雫を押し付けられ、段々と薄れゆく意識。

 霧散する直前に耳元で言葉が紡がれた気がしたが、聴き取る前に意識が途絶えた。


 目が覚める。

 騒々しい教室を見て、夢でよかったと安堵の息を吐く。

 痺れている右腕も、唇から頬に伝う雫の後をぬぐうのも忘れて、彼女の方を向く視線。

 重なる視線、微笑みの形の唇が動き、何かを発しているようだが、それはここまで届かない。

 あれは本当に夢なのか? そう考えると背筋が冷たくなる。

 不安を抱えたままの放課後、急いで帰宅する。

 多少遠回りにはなるものの、いつもと違う道を選んで彼女に見つからないようにしたつもりだ。

 突如、背後から声を掛けられた。

 聞き覚えのない声、それなのに全身の血の気が引いた気がした。

 恐る恐る振り返る先には、彼女がいた。

 彼女が何かを話そうとしているが、それに耳を傾けることもなく、用事があるからと一方的に会話を打ち切り立ち去ろうとした途端、全身に刺激が奔り視界がぶれた。目の前が……暗く……なる。


 目が覚めた。

 教室に戻ったと思ったが、妙に静かだ。

 異様にけだるい身体、重たい瞼を持ち上げるが、それでも見えるものは薄暗い。

 身体の節々に感じる違和感、見て確認することはできないが怪我をしているような痛みが伝わる。

「連れてくるのは大変だったんだよ?」

 突如と湧いた言葉にぎょっとして視線をそちらに動かす。

 暗い部屋の中でより一層暗い影を落とす顔、なのに瞳には仄かな光が灯り、言葉を紡いだ唇は不敵に微笑む。

 逃げ出す暇もなく、押さえつけられた。

 右腕に伝わる重さ、彼女の艶めく唇から雫が零れ、私の唇を濡らす。

 広がる錆びの味。

 苦しくなる呼吸。

 艶めく唇が耳元に迫り、吐息交じりの言葉が囁かれる。

「愛している」

 場にそぐわない言葉と共に、暗い視界が白んで行き、そして途絶えた。


 目が覚める。

 唇に残る湿り気の残滓と、右腕の痺れを感じながら目が覚めた。

 やけに静かな空気、恐る恐る瞼を持ち上げても、薄暗いままだ。

 まだ寝ぼけているのではと祈りたいが、意識ははっきりとしている。

 嗅ぎなれない甘い匂いが鼻腔をかすめ、暗闇でも眼前にいる彼女の存在を主張してくる。

 瞳には仄かな光が灯り、艶めく唇は不敵に微笑む。

 彼女の唇を伝う雫が零れ、私の唇を湿らす。

 広がる錆びた味、脳裏に焼き付いた光景。

 息苦しさを感じながら、耳元で囁かれる言葉。

「愛している」

 場にそぐわない言葉を聞かされながら、意識を刈り取られる。


 目が覚める。

 暗い場所、当然のようにいる彼女。

 愛しているの言葉と共に意識は刈り取られる。


 目が覚める。目が覚める。目が覚める。目が覚める。幾度となく、何度となく目が覚める。同じ数だけ囁かれる言葉、刈り取られる意識。

 何度も、何度も、何度も。

 消えゆく刹那に微かに願う、夢であればいいのにと。


 目が覚めた、何度目かわからない覚醒の時。

 同じように囁かれる。

「愛している」

 あと何回これを繰り返すのだろう?

 先の見えない暗闇に身の毛がよだつ。

 逃れたい、この現状から脱出したい。

 微かに残っていた感情を寄せ集め、折れかけていた心を必死に奮い立たせ、動かしにくい身体に精一杯の力を込める。

 がむしゃらに、身体が痛むのも気にせず込められる限りの力で彼女を叩き、蹴り上げどうにか振り払い、形勢が逆転した。

 自分がやられていたように彼女に覆いかぶさり身体を押さえつけ、自由の利く左手を首にかけ、やられていたことをやり返す。

 私の下から見つめてくる彼女。

 暗い瞳には仄かな光が灯り、艶めく唇は不敵に微笑む。

 幾度と見たそれから解放されるために、力を込める、ひたすらに力を込める。

 それでも唇は微笑み続ける。瞳から光が消えても、赤く艶めく唇は微笑みの形を残していた。

 部屋の中には荒く響く呼吸が一つ。

 左手に残る感触と温もりを見つめつつ独り言ちる。

「……これも夢よね?」

 夢であればいいのにと願いつつ、温もりを奪った手を見つめ続ける。


 夢から覚めた暗い部屋で。


 どうも337(みみな)です。

 この度は『夢であればいいのに』を読んでいただきありがとうございます。

 本小説は冬童話2024に向けて書いたものとなっております。

 去年のあとがきで冬童話に参加するのが12回目と書いていたので、今回で13回目になるみたいです。我ながら凄いですね。


最後に、過去の冬童話祭で投稿した『在りかを求めて』『無関心であり続けて』『さよなら透明人間』『Your time,My time./その表情が見たくて。』『黄色い百合の造花を貴女に』『スノードロップに託した想いは――』『うそつき』『僕が願った勇者の夢は――』『生きたがりの僕。』『死にたがりの僕が見つけた生きる理由。』『ハルジオン』『見えるから。』もよかったらご覧ください。


 では、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 不思議な繰り返しですね。 幻覚のような、夢のような 不思議でちょっと怖い感じです。
2024/01/01 19:37 退会済み
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