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質屋とお忍び令嬢①

※今回は主人公以外の視点です。


 質屋というのは、難儀な商売だと思う。客に持ち込まれた物を担保に相応の金を貸し、金が返ってくれば担保の質草を返却、戻って来なければ質草を売り飛ばす。

 実に簡単で理に適っていると思うのだが、何でかそれが理解できない阿呆が一定数存在する。

 質の悪い宝飾品を相応に鑑定すれば、俺の目を節穴だと怒鳴る没落貴族。

 お上から支給された防具類を質入れして得た金で酒に溺れ、防具は国のものだなどと宣って、金も返さず防具を奪還しようとする兵士。

 返金期限を超えたので質草を売り飛ばせば、あれは亡くなった祖父の形見だ云々と泣き落そうとする主婦。

全くろくな奴がいない。

金を貸すことを商売にしてるのは俺自身だが、うんざりしてしまう。嫁が四人目の子を授かってなきゃ、きっと店を畳んでたね。

 神子様が無事返戻の旅を終えたというし、夏の期は主の力が最も強まる。そろそろ主の恩恵を賜った良質な品々が質入れなり買取なり来るはずだ。

 悪阻で参ってる嫁に良いものを食べさせるためにも働かなくては。

 決意を新たにしていると、表からチリン、と聞きなれたベルが来客を知らせた。


「御免下さい」

「はい、ただいま!」


 若い女の声が聞こえて、返事をしながら表へ向かう。若い女なら装身具か何かの質入れだろうか。今回の客は面倒がないといいが。


「すみません、お待たせ致しました。店主のウィンドールと申します。本日はどのようなご用件で……」

「あぁ?」


 カウンターの向こうに顔を出して、思わず不自然に言葉を止めてしまった。声の主と思われる年若い女と、男が三人。

 一際体格の良い男が、ジロリとこちらを見るその眼光の鋭さに、尻込みをしてしまう。


「いっ……!」


 途端に、その男が何かを堪えるような悲鳴を短く上げて、みるみる顔色を悪くした。よく見ると、女が男の足を思い切り踏んでいる。

 俺が唖然としていると、女がにこりと笑って言う。


「申し訳ありません、うちの者がご無礼を。夜盗に遭ったものですから、気が立っているのです。どうぞご容赦下さいね」

「あ、ああ、いえ、こちらこそ失礼致しました。しかし夜盗ですか。それは災難でしたね」

「いえ、この見た目通り腕は立つので、被害はなかったのです。けれど狙われた品をこれ以上持ち歩いて、また同じ目に遭うのはご免被りたいのです。本日はその品の買い取りをお願いしたいのですけれど」


 そう言って嫋やかに微笑む女は、予想以上に若い。うちの長女とそう歳が変わらなさそうだ。けれど、歳には不相応なほど落ち着き払った様子である。

 外套の下から覗く、上下に分かれた黒いドレスと胸のリボンが目についた。少々丈が短いが、前に流行した外出用ドレスに似ている。当時の神子様が着ていたとかで、斬新なスタイルで動きやすく、かつ優美さも損なわないと貴族女性を中心に大変人気があった。俺自身幾つも取り扱った覚えがある。連れている男たちも、眼光こそ鋭いが、身形は悪くない。

 恐らく、お忍び貴族のお嬢様と、その護衛だろう。上客の予感に心浮き立つのを抑えながら、普段の四割増しで愛想の良い笑顔を浮かべて見せた。


「買い取りですね、畏まりました。して、その品とは……」

「ええ。……ヴァイス」

「はい」


 中肉中背の男が、持っていた籠をカウンターに置き、布を取り払う。

 布の下には拳ほどの大きさの楕円型の実が、籠いっぱいに入っていた。店内の照明を浴びてつやつやと黄色に輝くそれを見て、思わず息を飲んだ。

 ……そんな、まさか。


「ユーリアの実……」


 唯一神ユーフィリエの化身たる、聖なる花の果実。この地上にもたらされたユーフィリエ恩恵の中でも、主の力を最も強く宿す奇跡の実。

 祈士なら誰もが喉から手が出るほど欲しがる逸品だが、希少で高価。主の恩恵が色濃い地域でしか採取出来ないとされており、冥窟が近いこの地域ではまず見掛けない。


「一体これを何処で……」

「ふふふ、それはユーフィリエの袖の下、というものです」


 貴族らしい言い回しで黙秘されるが、それも当然だ。こんな量のユーリアの実は、皇帝直轄の採取地でしかまず見ない。

 正直、きな臭さを感じる。とてもじゃないが、正規の手段で手に入れたものとは思えない。興奮と同時に、足元が心許ないような心地がした。

 でも、これは相当儲かる。妻に充分な栄養を取らせ、四人目の子を迎えるための仕度が出来る。が、同時に危ない橋を渡ることになるかもしれない。下手をすれば中央が関わってくる可能性すらあるだろう。


「どうです? こちらの買い取り、お願い出来ますか」


 おっとり首を傾げながら、女が催促する。

 ま、待って、待ってほしい。二十年近くこの仕事をやっているが、これほど大きな商売はそうそうない。この場で即決するには、あまりにも重い選択だった。


「……その、鑑定に少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか? これほどのユーリアの実を目の前にするのはわたくしも初めてでして……」

「あら、そうなのですか? それは困りましたわね……。このあと街を発たねばならないのです。大変心苦しいのですが、あまり時間をかけられると……」


 あぁ、駄目だ! この場で決めなければ、商談は失敗だ。逃すのか? この大きなチャンスを。

 ……いいや、逃がしてたまるか。覚悟を決めろ。妻のため、子供たちのため!


「……では、そうですね……ひとつ十三、いえ、十五リーガで。品質によって値段は変えません。小さいものも多少傷があるものも、一律十五リーガ。如何でしょうか?」


 中央でのユーリアの市場価格は平均的な品質のもので凡そ二十リーガ。品質に関わらず一律市場価格の七割超えなら、まぁ悪くないだろう。緊張で砂漠のようになった口の中、舌がもつれないように慎重に値段を提示する。どうだ、乗るか……? 額がじっとりと汗をかく。それを拭うことも出来ず、一挙手一投足を見逃さないよう客を見詰めた。


「三十リーガ」

「へ……」

「三十リーガでなら、お取引き致します」


 一瞬呆気に取られてから、慌てて笑顔を作る。が、即席の笑顔が多少引きつってしまうのは、もはやどうしようもないことだった。

 大柄な男と小柄な男は、よくわからないような顔をして突っ立ているが、中肉中背の男の顔は引きつっている。 だよなぁ、アンタもそう思うよなぁ!?


「し、失礼ながら……三十リーガは……少々……」

「高過ぎる、と? ですがウィンドール様のご提示された金額は、中央の相場から換算したものでは? 比較的安定して供給される中央の市場と、冥窟が近く、殆ど出回ることのないこの辺りでのユーリアの実の市場価値は大きく異なると思うのですが」


 確かに、その通りだ。俺だって実際この取り引きが成功してユーリアの実を卸すなら、一番品質が低いものでも二十五リーガ前後で粘るだろう。

 くそっ、これはおっとりした貴族相手の簡単な商売じゃあないらしい。震える息を吐いて、頭を必死で回転させる。


「では、十七リーガ……」

「三十リーガ」

「くっ、に、二十リーガは……」

「三十リーガです」


 い、一歩も引く気配がない……。どうする、このままじゃウィーンドルの名が廃る。貴族と言えども娘ほどの年の子供に足元を見られたままでは困る。どうする……!? 

次の言葉に窮していると、彼女は上品に手の甲で口元を隠しながらころころと笑う。


「ふふふ、ご安心なさって。ウィンドール様に損はさせません。そうですね……ユーリアの実は小売店に卸さず、ご自身で販売なさるというのは如何でしょう」

「じ、自分で、ですか? しかしその危険性は貴女様がよくご存知なのでは?」


 ユーリアの実を狙った夜盗の被害に遭ったからこそ、早く金に換えて手放してしまおうとうちに来たのだろう。

 価値の低いものは店頭で。価値の高いものは専門店に卸す。それがうちのやり方だった。

 目利きの腕は多岐に渡って十分にあるつもりだが、その道の専門家には敵わない。下手を売って買い叩かれるくらいなら、商品の価値を熟知し、適正な価格で買い取って貰う方が安全だ。 そもそも、物を預かり金を貸すなんて、それだけで恨みを買いやすい。彼女らと同じだ。

 価値のあるものはとっとと卸して手元には残さない方が、もしもの時には被害を小さく抑えられる。 しかし、彼女は笑った。茶色の瞳が弧を描く。

 その時何故か、捕まった、と思った。この身は自由で、嫋やかな貴族のご令嬢と、店頭で取り引きをしているだけなのに。巨大な毒蛇に巻き付かれたかのように、もう逃げられない、と。

 凍り付いた俺に「これはあくまでご提案なのですが」と、前置きをしてから彼女は言う。


「まず、ウィンドール様が信用するお得意様にだけ、ユーリアの実を売るのです。そうですね……商品の価値を考えるなら、ウィンドール様ご自身が販売していることは明かさず、ユーリアの実の取り引き窓口役を担っていて、販売元は別だという体を取っては如何でしょう? 予め指定した日時に指定した場所で。適宜取り引き場所は変更する方が安全です。そして、そのお得意様の紹介を受けたお客様のみが、ユーリアの実の取り引き窓口に辿り着ける。もしもお得意様に紹介されたお客様が、ウィンドール様に不都合になるような事を仕出かすのであれば、紹介したお得意様とも二度と取り引きは行わない。そうすれば、紹介する方を慎重に選ぶようになるでしょう? 客層を絞ることで店頭に置くよりずっと安全に、そして独占的に売ることが可能です。そしてウィンドール様がこの辺りのユーリアの実の売買を独占するなら……価格設定も、随分自由が利くようになるのではありませんか?」


 毒牙が首筋をスーッと撫でた。

 なんと……なんと恐ろしいことを考えるのだろうか。これは夢か? 現実か? 夢であったなら良い。

 そうしたら、嫌な汗をかきながらも飛び起きて、どうしたのかと問う妻に、嫌な夢を見たのだと告げてキスをする。そうして、朝食を食べて、身支度を整えて、店で今まで通りの仕事を続けるのだ。

 なのに、握った掌に食い込む爪の痛みが、これは現実だと突きつける。

 無理だ、お前には荷が重すぎる。さっさと断るか、ひとつ三十リーガでも買い取ってそれですっぱり終わりにするべきだ。

 少々値段を吊り上げてもユーリアの実ならば即座に売れるし、元は十二分に取れる。小金を稼いで、それでいいだろう。と、理性が言う。


「……それ、は。この一度きりの取り引きでは、成り立たない話ですが」


 よせばいいのに、尋ねてしまう。

 質屋は阿漕な仕事で、裏と繋がりがないわけでもないが、一応表の職だ。

 でも、これは確実に一線を越える。裏の世界に足を踏み入れることになる。きっと、裏側の本物の悪党に目をつけられる。商品の出所によっては、中央だって、明確に敵に回す。今までの比にならないくらい、危険な目にも遭うだろう。

 本当に、手の付けようもないほど大きくて、リスキーで──どうしようもなく魅力的な話だった。


「ふふふ」


 目の前で、娘の姿をしたナニカが艶然と微笑む。


「──ユーリアの実、ひとつ三十リーガ。その条件を飲んでくださるのであれば、継続的なユーリアの実を提供を、お約束致します」


 大蛇が、ぶつりと首の皮に牙を突き立てる。

 ああ、愛しいレイア、ニーナ、ミゲル、ユージーン、そして、まだ見ぬ我が子よ。すまない、俺は。

 噛まれたが最後、あとは全身を侵す毒に、身を委ねるしかなかった。

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