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先立つ物は結局金


 問題、皇子に近付いて嫌がらせするために、最も重要となるものは何か。

 答え、金。


「えー、というわけでお金を稼ぎます。そこの真ん中の人が、命乞いし私の奴隷やらになるというので、今から貴方がたは私の手下です。奴隷という言葉が個人的に好きではないので便宜上、手下と呼びますが、扱いに差異はないので貴方がたに人権はありません。私が黒と言えば白も艶やかな濡れ羽色になり、私が三回まわってワンと言えと言えば、五回まわった上で遠吠えをし私の足下に伏せて足置きになって下さい。言われたことをするだけならワンちゃんにも出来ます。常に私のためになることを考え、常に私に尽くして下さい。ただし報連相はちゃんとすること。勝手に貴女のためを思って! とか言って余計なことをしないように。馬鹿の思い込みほど役に立たないものはありません。以上、ボロ雑巾のようになるまでこき使ってあげますので、精々私の役に立つように」

「「はい!」」

「いや、まてまてまて!?」


 オンボロな上に吐瀉物とか穴が空いたりだとかで使い物にならなくなった小屋の脇。野原で三人の男が横並びになって膝をつく。

 両脇は素直に、或いは何もわかってない顔で頷いているのに、真ん中はびっくりした顔で大声を上げた。


「そこ、発言は許可を取ってからするように」

「言いたいことは色々あるが、まず奴隷になるって言ったのは俺だけだろうが! ラオとザガンまで巻き込むんじゃねぇ!」


 中肉中背のヴァイスと名乗った男は、大柄なラオと小柄なザガンを庇うように、噛み付く勢いで捲し立てる。

 冗談の通じない男だ。まぁ、八割冗談じゃないけど。


「成る程、確かに。けれど貴方が働いている間、貴方は私に着いてきてもらうことになるけれど、そこの二人はどうするの?二人をこんな掃き溜めに置いて仕送り生活させるより、全員で私の下で働きながら三人で暮らす方が、余程良い暮らしが出来ると思うけど?」

「それは……」


 言い澱むヴァイスを尻目に見ながら、ラオがおずおずと手を挙げる。


「あの、質問なんだけどよぉ……」

「はい、どうぞ」

「アンタの手伝いをすれば、こんなとこに居なくても良いし、食いっぱぐれもしなくて済むってことか……?」

「ええ、手下と言えど労働力を貰う以上、生活は保障するし、働き次第で適切な対価も支払うわ。報酬は労働意欲に直結するから」

「ホントか!? はい! はい! おれも手下になる!」

「馬鹿、ザガン! 何をさせられるかわからねぇんだぞ!? そうホイホイ飛び付くな!」


 単純そうなラオとザガンは、途端にキラキラと顔を輝かせて頷く。が、ヴァイスは、あくまで苦い顔を崩さない。


「結構。その心配は尤も。でも私は、貴方たちを無闇に使い捨てたりするつもりはないわ。継続して使いたいと思っているから、報酬を出すと言ったし、こうして逐一丁寧に説明してるの。さっきみたいに、貴方たちを脅すことも出来るけど、そうしない。……これでも信用出来ない?」


 一応は納得はしたのか、ヴァイスは黙り込んだ。勿論警戒は解いていないようで、私を胡散臭そうに睨んだまま、だが。


「……そうかよ。で、俺たちに何をさせるつもりなんだ? 報酬なんて言ってるが、アンタ身ひとつで金も持ってねぇだろ。それで俺たちの生活を保障した上に、報酬だなんて、さぞ素晴らしい案をお持ちのようだが?」

「ええ、それはもう」


 ヴァイスの嫌味を軽く流し、はしゃいでいるラオとザガンに向き直る。


「早速だけど、ラオとザガン? 貴方たちはゲーリの実を採って来て。そうね……ひとまずその小さい方の籠に入るくらい。出来る?」

「おうよ! アンタを見付けたとこの近くに群生地があったんだ! ベルガルが彷徨いてたのを見掛けたけど、数匹くらいならなんてこたぁない」

「おれとラオ兄なら余裕だぜ! 任せてくれよ姐御!」


 ……姐御? 何やら妙な呼ばれ方をしたが、それを言及する前にラオとザガンは元気よく外に出て行ってしまう。

 ベルガルはハイエナと狼を足して二で割ったような見た目の狂暴な獣で、人里近くに出れば即座に討伐隊が寄越される程度には危険な害獣なのだが、あの様子を見るに、ラオとザガンは案外腕が立つのかも知れない。


「じゃあ、ヴァイスだったっけ? 貴方には祈術の勉強をしてもらうから」

「……は?」


 一体何をさせられるのかと身構えていたヴァイスは、私の言葉にぽかんと口を大きく開けた。


「祈術を使えるのは貴方だけでしょ? 私たちがお金を稼げるかどうかは、貴方の腕に掛かっているんだから」

「……アンタが目覚めてから、ずっと意味がわからないことだけだけどよ。アンタ冥徒なんだろ? 冥徒が一体どうやって祈術なんか教えるんだよ」

「まぁまぁ、細かいことは置いておいて」


 目が覚める前までは神子やってたから、とは言えない(というか言ってもまず信じてもらえない)ので適当にぼかし、咳払いをひとつ。


「そもそも、祈術ってどういう仕組みで使えるかは知ってる?」

「……知らねぇ。ガキの頃たまたま見た祈士がやってたのを真似てやってみたら出来た」

「え、本当に?」

「おいおい、アンタ、俺が祈術の手解きなんか受けられるような環境で育ってると思うのか?」


 疑われていると思っているのか、ヴァイスは皮肉げに吐き捨てるけれど、私は純粋に驚いていた。

 ろくに習ってはいないだろうとは思ったけれど、まさか自己流だったとは。道理で祝詞一節のみ発動という、無茶苦茶なことをやってのけていたわけである。

 しかし、理論を知らず神へ祈りもせず、よく祈術が使えるものだ。と、感心してしまう。


「なら、尚更知っておいた方が良いわね。祈術は祈りによってもたらされる奇跡だから」


 ──始まりは、何もないまっさらな大地に差した、光から。

 暖かな陽光から女神が生まれる。

 冷たい月光から男神が生まれる。

 夫婦神である彼らは、大地に海を作り、森を作り、生命を作った。夫婦神は地上に恩恵を与え、その営みを見守り続けた。

 女神は地上を我が子のように慈しむが、男神は女神に大層慈しまれる地上に対して、嫉妬を覚えるようになった。

 男神は、女神の知らぬところで恩恵では済まない過剰な力を地上へ注ぎ、卑しき者には欲望のままに振る舞うようそそのかした。そうして地上を荒らすことで、地上は醜いものだと女神に嘯き、女神の関心を引こうとする。

 地上の惨状を嘆き悲しむ女神だったが、熱心な信者の祈りにより、その惨状が男神によって引き起こされたものと知った。

 そこで女神は、地上に蔓延った過剰な力を、祈ることで女神の元へ返戻出来るよう、信者たちへ特別な力を与えた。熱心な信者たちの日々の祈りにより、やがて地上は浄められる。

 女神は嫉妬に狂う男神の頭を冷やすために、彼を冥界へ閉じ込めた。

 女神は地上に平和をもたらした、信者たちの祈りと返戻に感謝し、返戻されるその力の一部を、奇跡として信者たちへ与えるようになった。

 こうして、地上を慈しみ絶え間なく恩恵を注ぐ女神と、過分な恩恵を謙虚に返戻する信者たちによって、地上はより正しく、豊かに回るようになったのだった──。


「ここで言う特別な力が祈術で、それを与えられた信者が後の祈士。男神にそそのかされた卑しき者が、後の冥徒というわけ」


 この国の人間なら誰もが知る最も有名な神話を、地面に図を描きつつ諳じれば、馬鹿にされているとでも思ったのか、ヴァイスは苛々した口調で言う。


「はいはい、ご丁寧にどうも。つーか前から思ってたけど、何で過剰な力で地上が荒れたのに、返戻しなきゃいけねぇ量の恩恵注ぐんだよ。丁度良い量寄越せ」

「真実がどうなのかは知らないけど、あくまでも神話だから。主によって地上にもたらされた恩恵に感謝し、もう十分に頂いたので残りはお返しします。と祈りを捧げることで、主が『謙虚で敬虔な者に褒美を』と、返戻される恩恵の一部を、奇跡として賜ることが出来る。これが祈術の基本的な仕組みね」

「はっ、祈術ってのは端から奇跡を目的として使うくせに、『もう十分だから力をお返しします~』っておかしいだろ。謙虚もクソもあるかよ」


 反抗期か? というくらいにヴァイスはネチネチ文句をつけてくるが、その内容は全て私の説明に沿ったものだ。生意気だが、それだけよく話を聞いているという証明でもあるので、まぁ良しとしよう。


「確かにその通りだけど、それ他の祈士の前では言わないでね。で、さっきも言った通り、祈術は祈りによってもたらされる。本人の適性も勿論あるけど、真摯に祈るのとそうでないのとでは、返戻量には天と地程に差がある。返戻の量が多ければ褒美という名の、賜る奇跡……祈力の量も勿論多い。貴方の自己流の略式祈術の発動は、他と比べて圧倒的に早い。それは素晴らしい強みでもあるけど、きちんと祈っていない分、与えられる祈力は少ない。だからまずは、正式な祈術の手順を覚えましょうか」


 筆代わりにしていた小枝を地面に置いて、怪訝そうなヴァイスの隣に立つ。


「まず、目を閉じて。ゆっくり呼吸をしながら、周囲に意識を巡らせる。地についた足から、自分を取り巻く空気から。祈士の素養がある者は、それで神の恩恵を感じることが出来るはず」

「……あぁ、たまに感じる匂いみたいな……。これ、恩恵だったのか」


 ヴァイスは目を瞑ったまま、深く鼻から息を吸った。

 祈士は恩恵を感じる時、それぞれ異なる感覚でそれを認識をする。私が女神を写し身だった頃は、色のようなものとして認識していたが、ヴァイスは恩恵を匂いのように認識するタイプらしい。


「そう。それを返戻することで、主から奇跡を賜れるわけだけど……ヴァイスは普段どういう風に返戻してるの?」

「どうって……なんか水瓶の中身凍れとか、木の上にある実を落とせって思いながら、返戻って唱えるだけで使えるだろ」

「……普通はそれじゃ使えないのよ。なんでそれで祈術使えるの……? あー、ともかく祈術において、返戻した恩恵と、賜る奇跡は基本的に同種のものなの。例えば、さっき貴方たちに襲われそうになった時に、私は水瓶の中の水を、刃みたいに鋭い形に凍らせて、飛ばそうとした。水を刃にするために細かく浮かせて、水の周囲を真空状態に……まぁ要は水を刃の形に凍らせて、貴方たちの方へ飛ばす。それを行うために、水の恩恵と空気の恩恵を返戻し、水と空気の祈力を得ようとしたの」

「……待て、アンタ冥徒だろ? 本当に祈術が使えたのか?」

「まぁ……色々あって今は無理だけど。それはひとまず置いといて」

「……」


 ヴァイスは何か言いたげだったが、無理矢理言葉を飲み下したようだった。

 実際、私自身何でこうなってしまったのか聞かれても、皆目検討もつかないので答えようがないのだけれど。


「思い通りに祈術を行使したいなら、ただ祈るだけではいけないの。普通はね。知識と想像力。自分が何をしたいのか、それを行うためにはどういう工程が要るのか。その工程に必要な奇跡を賜るために、何の恩恵を返戻すればいいのか。それらを明確にイメージした上で、祈る」


 片膝を地面について、両手を合わせて、指を組む。そしてそれを胸の前へ。

 緊迫した戦闘の場など、一瞬も時間が惜しい場合には省略されることもあるが、これが祈りを捧げる際の正式なポーズだ。元の世界でも、人は神に祈る時は似たような仕草をする。初めての祈術の授業で彼からこれを教えられた時、世界が違えど人間の考えは似通うものなのだと、何だか安心したことを思い出す。


「この祈りの姿勢が、祈士にとっては最も恩恵が感じやすくて、集中しやすいの」

「……確かに、いつもより匂いがはっきりしてる気がする」

「よろしい。じゃあ実践ね。……あそこの木でも倒してみましょうか」


 と言って、私が腕を回せばそこに丁度収まるくらいの太さの木を指差せば、ヴァイスは驚いた顔で首を横に振った。

「は? いや……無理だろあんなの。俺じゃ枝を切り落とすのが精々だ」

「それは今までの略式祈術なら、でしょ。きちんと手順を踏んで明確にイメージすれば可能よ。ほら、あの木を倒すなら貴方なら一体どうやって倒す?」


 促せば、ヴァイスは渋々と言った表情で暫く沈黙し、やがて自信なさげに口を開く。


「……風の刃で、切り倒す。から、風の恩恵……とか……?」

「風? 空気じゃなくて?」

「空気だと、まずは風を作り出さなきゃいけないだろ。俺はどういう理屈で風が生まれるとかよく知らねぇし、工程もひとつ増えて手間だ。なら、最初から風の恩恵使った方がいい。……風は空気の恩恵の一種で、存在しないっつーなら別だけど」

「ううん。一応恩恵に種類はあるけれど、結局は必要なのは想像力だから。地上に存在するものなら多分可能なはず。ただ、その場に存在するものしか、返戻することは出来ないの。無風状態では使えないから、その時は空気の恩恵で、風を作り出すところから始めるしかないわね」

「くそ……祈術って思ったより使いづれぇな……。学がねぇ奴には使えねぇのかよ……」


 ヴァイスはそう言って顔を顰めるが、面白い発想だと私は思う。

 祈術を学んだ者なら、風の刃を作り出す時には、恐らくはその殆どが空気の恩恵を返戻し、風を作るところから始めるはずだ。数学で言う数式のように、書物の中の恩恵の分類に則り、起こしたい事象の元から順に奇跡を構築して、祈術を使うからである。

 下手に型に当て嵌めるよりも、学んでいないからこその柔軟な思考回路は、自己流の略式祈術でなくとも、効率や速さというヴァイスの強みになるかもしれない。


「知識はあるに越したことはないけど、そういうのは追々学んでいけばいいの。今は少し風もあるしそのまま風の恩恵でいきましょう。さ、目を閉じて。周囲に意識を巡らせて。主より賜った数多の恩恵の中、自分の返戻するべきものがどれなのか、しっかりと認識して」


 かつては、目を閉じれば、容易に感じることが出来た。光の色、空気の色、土の色、水の色、草花の色、虫や小鳥の生命の色。赤や緑や青などでは表現出来ない、自身を取り巻く鮮やかなあの色彩は、もうそこにない。

 美しくも恐ろしいあの女神を目の当たりにしてしまった今、以前のような気持ちで祈ることは出来ないが、目を閉じれば当たり前にそこに在った景色を、もう見ることが叶わないのは、少しだけ寂しかった。


「それが出来たら、祈りましょう。主のもたらした風が、肌を撫でる心地よさに。遠く運ばれる種子によってもたらされる実りに。帆船が広い海原を渡るための力に。風によってもたらされた全てに、心から感謝しながら、祝詞を唱える。私の後に続いて。……──返戻」

「──返戻」


 近くで何かが渦巻くのを感じた。

 敬虔な信者である祈士が祈れば、主は必ず御応えなさる。もう、祈士でも神子でもない私には、薄情な程何も応えてはくれないけれど。それでも、慣れた祝詞をヴァイスにも聞き取り易いよう、ゆっくりと諳じる。


「聖庭に御座す我らが神、ユーフィリエよ 我らの祈りをお許し下さい 主より賜りし風の恩恵をお返し致します そして願わくば、主の恩情を賜らんことを 奇跡の一端を、ここに」

「聖庭に御座す我らが神、ユーフィリエよ 我らの祈りをお許し下さい 主より賜りし風の恩恵をお返し致します そして願わくば、主の恩情を賜らんことを 奇跡の一端を、ここに……っ!?」


 ヴァイスの祝詞が唱え終わるか終わらないか、という辺りで、ヴァイスがひっくり返って尻餅をついた。 呆然とした顔で自身を取り巻く淡い光を見る彼に、思わず苦笑が漏れた。今までこんな量の祈力を得たことがないのだろう。


「なんだ、これ……」

「ね、言ったでしょ? 真摯に祈るのとそうでないのとでは、天と地ほどに差があるって。これが本来、ヴァイスが一回の返戻で賜れる祈力なの」

「確かに……これなら」


 卑屈で諦めきっていたヴァイスの瞳が、自信を持った輝きを宿す。目を瞑って集中した後、何かを投げるように腕を振るえば、一陣の風が吹き抜け、辺りを揺らす。次の瞬間、目の前で木が根本からスッパリ切れる。 重い音を立てて横に倒れた木を見て、ヴァイスは少年のように頬を紅潮させた。


「マジかよ……すげぇ!! オレが、こんなっ……嘘だろ!? すげぇ!!」

「おめでとう。これで貴方も祈士を名乗れるわね」


 まぁ、祈術院を卒業した祈士ならば、祝詞を唱えながら祈術の構築を始め、祝詞が終わった時には、木を切り倒すどころか細切れになっている程度の実力を持っているのだが……あんなに喜んでいるところに、水を差すものではないだろう。


「なぁ、これで植物生やして食いもん作ったり、怪我治したりとかも出来るのか!?」

「出来なくはないけど、生命を司る術は祈術の中でも最も難しいの。使える術者だって限られてるから、一朝一夕ではまず無理だし……そういうのは追々ね。基礎は覚えたし、そろそろ本題に入りましょうか」

「……本題?」

「やだぁ、ヴァイスったら。なんで私が貴方に祈術を教えたと思ってるの? お金を稼ぐって、言ったでしょ」


 笑顔でそう言えば、はしゃいでいたヴァイスは途端に顔を引きつらせる。

 まさか私が、善意で生きる術として彼に祈術を教えているとでも思ったのだろうか。確かに、神子だった頃には貧困層の居住地域で炊き出しをしたり、声をかけたりと、善意の手を差し伸べることもあった。

 だが、善意とは余裕のある者が自分以外へ心を割く、謂わば裕福の証である。今の私には、善意で他人へ何かをしてあげられるような余裕はない。元々自分に害を加えようとしてきた相手なら尚更ね!


「祈術の基礎は、その場に存在する恩恵を返戻し、それと同種の奇跡を行使する。でも、その全てを省略、かつ場所を選ばずどんな奇跡でも行使可能な方法も存在するの」

「何だよ、それなら先にそっちを教えろっての」


 はしゃいだことが恥ずかしかったのか、ヴァイスは誤魔化すように不貞腐れた声で言う。

 それが簡単に出来るなら基礎なんて教えないんだよなぁ。


「ユーリアの実って聞いたことない?」

「あぁ……確か中央で高値で取り引きされてるとか言う。この辺じゃまず見掛けねぇけど」

「その通り。ユーリアは地上でのユーフィリエの化身と言われてる植物で、その実には純粋な祈力そのものが宿っている。だから祈術を使うのに返戻を必要としないし、恩恵の種類にも縛られない。想像力のみで祈術の即時発動が可能なの。恩恵を介する祈術では、通常不可能な術だって使うことが出来る」

「……成る程な。そりゃ皆欲しがる訳だ」

「ユーリアは生育条件が厳しいから、そういう場所は、全て中央によって管理されているの。人工栽培はほぼ不可能とされているから、基本的には中央の城勤めの祈士たちに回されて、市場に出回るものは数少ない。……だから、物凄く高く売れるってわけ」


 そう前置きして、小屋から持ち出した麻袋の中から、楕円形の赤い実を手に取る。

 ゲーリの実。冥の君の持つ悪しき力、冥力を蓄えているとされている、禁忌の実。あまり見るものではないが、冥窟が近く、冥力に満ちたこの地では、そこまで珍しいものではない。禁忌の実などと謳われてはいるものの、返戻を必要とせず恩恵をそのまま消費しきる冥徒にとっては、ゲーリの実は然程必要とされない。故に、市場価値も低いのだ。


「で、これは国家機密なんだけど、ユーリアの実とこのゲーリの実って、実は植物学的な部類では全く同じものなのよね」

「……、……は?」

「宿っているものが、祈力なのか冥力なのかってだけで。ガワは全く同じものなの。なので、このゲーリの実をユーリアの実に仕立て上げて売りさばく。これが私の考えた素晴らしい金策です」

「いや、えっ、ちょっ……まっ」

「ちなみにユーリアの実とゲーリの実の秘密は、知ってることを中央の上の方の人にバレたら、下手したら処刑モノだから。気を付けて」

「なっ、あ……!?」


 ヴァイスは驚きでまともな言葉も出ない様子だった。無理もない。処刑モノの国家機密に、高額商品のニセモノ作り。私がヴァイスの立場だったら、あまりの情報量に脳が処理落ちするだろう。

 しかし時間は有限。時は金なり。あの小屋の中で一晩明かす気がない私は、とっとと金を手に入れて、まともなご飯を食べて、固くても良いからベッドで寝たい。驚くなら、金を稼いだあとで存分に驚いてくれていいので、今は手を動かして欲しい。


「祈力も冥力も宿ってない、空っぽの状態の時には無垢の実って言うんだけど、その名の通り、注がれる力に簡単に染まるから。注ぎ過ぎると実の許容量を越えて破裂しちゃうから、こう、表面だけに極々うすーく祈力を流し込むイメージで……」

「……おい、それ……」

「ヴァイス、人が説明してる時には口を挟まな……うん?」


 説明中に口を開いたヴァイスに、また文句かと思ったのだが、どうも違うらしかった。

 奇妙なものを見るような目を向けながら、私の手元を指差すヴァイスにつられて、自身の手元を、ゲーリの実を見て……思わず、目を丸くしたのだった。


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