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スラム育ちの三位一体令嬢は忠誠を捧げたい  作者: 烏兎徒然
一章 下剋上
6/6

躍進


ペッソの依頼から一年が経った。


その間、スラムの青年組が度々ちょっかいを出して来る事が多く、エレノワール達はそれらを秘密裏に殺していた。

今では最年少で五歳のレナ以外は既に人を殺している。


しかし大半が実力で相手を殺したわけではなく、エレノワールが相手の意識を刈り取り、人気のない場所で仲間達に殺させた、というのが実態。

そのため青年組という一つの大きなグループをまとめているトーマスという男も、エレノワール達が殺した事に未だ気づいていない。


死体の隠蔽や、人を殺すという行為に慣れさせる意味合いもあったが、何よりエレノワールは罪の意識の強制で連帯感を上げたかった。


そうやって一年の間に連帯感がより強くなった仲間達は、エレノワールの徹底的な教育を受けていた。

それは時には常識であったり、戦闘術であったり。

最近ではスラムの孤児への風当たりも以前よりは柔らかく。

靴磨きだけではなく、スラムの住人には見えないような小綺麗さを活かして、旅人への街の案内での金の稼ぎ方を教えたりもした。

もちろんその際の喋り方の矯正や大人への接し方や交渉術、算術など教えられる事はとことん教えた。


そしてあらゆる詐欺の手口等も仕込んだ。

みんなが上手く稼げるようになってくると、自然と他の孤児達も集まって来たため、今ではかなりの大所帯。


十歳となったエレノワールは不思議と人を集め、信頼させる力があった。

歳が上の者も多い中、誰もがエレノワールをリーダーとして認めている。


そんな彼女が特に目をかけているのが、元赤髪の少女で今は薄い青髪となったニーナと、元買い出し班担当だったサニーの二人。

サニーは、同じく元買い出し班担当のエレサとは八歳の双子の妹である。


彼女はブロンドのショートヘアに、左目が灰色で、右目が赤色のオッドアイが特徴的な無口な少女。

姉であるエレサはブロンドのふわふわとしたロングヘアで、サニーとは対照的に左目が赤色で、右目が灰色のオッドアイの穏やかな少女。

顔立ちは同じだが、とても見分けやすい。

どちらも元買い出し班というだけあって見目は良い。


なぜエレノワールがニーナとサニーを気にかけているのかというと、それは彼女達二人だけが魔力を自然と扱えていたからだ。


姉であるエレサに魔法の才能はないが、〝双子〟というだけでどこか親近感の様なものを感じていたエレノワールは、無意識のうちにエレサにも甘い対応が多かった。

結果、この三人は特に良くエレノワールに懐いた。


ニーナは初めて会った時から自然と身体強化の魔法を稚拙ながらも使えていた。

そのためダニロやベン達に混じっていても、一番早く走れて狩猟(スリ)組にいたわけだ。


ニーナは感覚派であるが、サニーは理論派であるため魔法との相性が良い。

感覚派の人間は身体強化などの単純な魔法だけに偏りがちになる傾向があるが、理論派という人間はあらゆる魔法を応用して多岐に渡る魔法を使える才能がある。


皆生きるため、必死で学んだ。

グループに入りたてのものは、勉強より金の稼ぎ方をすぐに教えろと文句を言う者も多かったが、大抵がダニロと元暴力(ダルク)組の副リーダーだった男、ロッドにボコボコにされた。


ロッドは身長が大きく体格もいいが臆病な性格の男で、ダルクに無理やり従わされていた。

しかし今ではすっかりダニロを兄貴と慕っている様子。

大抵の跳ねっ返りはダニロとロッドが拳でなんとかしてくれているため、大所帯となっても秩序は保たれている。


一件なんの稼ぎにも繋がらなそうな事であっても、エレノワールの言う事を良く聞いて学んだ者ほど多く稼げるようになってくると、そういった不満も徐々になくなっていき皆が意欲的に学んだ。


なかでもサニーやニーナは魔法を、エレサやギドは学問を、ダニロやベンやロッドは剣術を特に熱心に学んでいった。

それが功を奏したのだろう。


ある日、サニーとエレサが誘拐された。


サニーの魔法とエレサの話術で上手く詐欺行為を働き、アジトへ帰る途中の事だった。


「よう、こんな場所でお子様たちだけじゃ危ねえんじゃねえか?」


入り組んだ路地で声をかけて来たのは、青年組のトーマスの庇護を受けているペテロという男だった。

エレノワール組と、最後に残った〝目上の者に媚びを売っているグループ〟とエレノワールが称した派閥のリーダーである。


「……っ!」


いち早くマズイ状況であると察したのはエレサであった。

複数に別れた路地の全てから足音が聞こえてくる。

確実に囲まれた状態。


サニーとエレサはエレノワールの英才教育を受けたといっても、まだ八歳の子供である。

対するペテロは十四歳。

この弱肉強食のスラムにおいて、年齢差というものは絶対的である。


これは逃げられませんね、と頭では分かっていても、エレサはペテロを正面に見据え、顔を動かさず視線だけでどこかに何か起死回生の手はないかと、窮地を脱しようと冷静に考える。


しかし、当然のことながらそんなものはなかった。


「おっと、お前ら逃げようとか考えるなよ? なに、殺したり甚振ったりするわけじゃねえから安心しな」


気づけば既にペテロを含めた八人に囲まれた状態のサニーとエレサ。

サニーも遅まきながら、逃げる事は不可能だと理解する。

普段感情が顔に出る事など滅多にない無表情が常のサニーも、流石に顔が引きつる。


「……なにをするつもり」


恐怖を押し殺し平坦な声でサニーが尋ねる。

それを聞いたペテロは特に答えるつもりもないらしく、今すぐ死にたくなかったらついてきな、とナイフをチラつかせる。


仕方がなく無言でペテロの後をついていくサニーとエレサ。


「なあ、ペテロ。本当にこれでトーマスさんの傘下に入れてもらえるだろうな」

「……信じるしかないだろ。あの人に逆らったら殺されちまうかも知れねえ」


道中ペテロは仲間達とべらべらと重要な情報を喋る。


「ペテロよぉ、たしかに見てくれはいいけどこいつらも孤児なんだろ? しかもまだガキだしよ。本当に売れるのか?」

「さあな、人間の値段なんて知らねえよ。トーマスさんが売れるっていうんだから売れるんだろ。俺等がもらえるのは一人につき銀貨三枚だったか? しばらく食うのには困らねえな、ルド」

「銀貨って中銅貨何枚分なんだペテロ?」

「知るか。銅貨より上ってだけわかりゃいいだろ。なんにせよ大金だ」


エレサは彼らの会話に不覚にも呆れていた。やはりエレノワールの言う通り知識は力だと再認識する。

彼らの会話から察するに、かなり中抜きされている様子だからだ。しかもその事に気づいてもいない。

エレノワールによって身綺麗にされた二人の双子は、少なく見積もっても小金貨五十枚分、つまり金貨でいえば五枚分の価値くらいはつけられるだろう。

テレサには読み書き算術が使える、サニーに至っては魔法を使える。

その情報もあったならば、金貨十枚分の大金貨を何枚も払う貴族だっていることだろう。


もしかしたらそのトーマスという人間も、更に上の人間に中抜きされているのかもしれない。

今となっては銀貨三枚なんて金額で、自分の命が釣り合うとは思っていない。


だからだろうか。

エレノワール様が認めてくれた、自分の価値を貶めるような発言。

エレサは恐怖が怒りに塗りつぶされる感覚を覚えた。

しかし冷静にならねばとすぐに思い立ち、ちらりと様子が気になって横にいる妹の方を見やれば、何やら目を瞑って歩いている。

魔法行使特有の魔法陣は浮かんでいない。

魔法の才能のない自分には分からないが、妹が何かしらの魔法を隠蔽しながら使っているのが、双子の勘とでも言うべきか分かった。


「おら、ついたぞ」


ペテロ達に強引に片腕を引かれて連れてこられた場所は、廃墟というべき建物だった。

今でこそ自分達のアジトは修繕しているが、しかしエレノワールが来る前の自分たちの掘っ立て小屋とは、まるで比べ物にならないくらいの堅牢さであった。

むしろ今のアジトと比べても雲泥の差がある。

おそらくトーマスとやらに下賜されたのかもしれないし、そもそもここがトーマスのアジトなのかもしれない。


薄暗い廃墟の中は意外と広く、地下に繋がる階段まであった。

そのままペテロの仲間の一人に、背中にナイフを突きつけられたまま階段を降りると、地下には鉄格子の牢屋があり、中には他にも薄汚れやせ細った少女が六人ほどいた。


「ルド、鍵をかけ忘れるなよ」


そういってペテロは、もう興味が失せたとばかりに階段を上がって見えなくなった。

眼の前の光景に驚いていると、ペテロと話していたルドという大きな男に無理やり腕を掴まれ、強引に引きずられる形で牢の中に入れられた。


「そこでしばらく待ってろ」


ルドも乱暴にそう言って牢の鍵をかけたあと、階段を上がって姿が見えなくなった。

エレサは周りの少女の様子を確認するが、どの子も目に生気はなく、自分たちが入って来た時でさえ無反応であった。


それよりもエレサには、途中から妹のサリーが妙に冷静なことが気がかりであった。

元々表情の乏しい子ではあったが、絶望している様子もなく普段通り。

いつもの無表情。

最初に囲まれた時は、彼女なりに焦っている様子であったのにも関わらず、だ。


「サリー」

「……なにエレサ」

「さっき魔法を使っていましたね」

「……うん。エレノワール()が来てくれる」

「エレノワール()が?」


驚きに目を瞠るエレサ。

いつ!? どうやって!? とサリーの両肩を掴み、勢いで問いただす。

エレサのその表情はどこか嬉しそうであった。

その様相は、まるで巫女(あの女)に対する村人達の信仰に皮肉にも似ていた。


「……エレサ、静かに」

「あ……ご、ごめんなさい」


エレノワール様が来てくれる。

それだけでエレサの中から、恐怖はまったくなくなってしまった。


「念話使った。覚えていてよかった。ぶい」


しかし無表情でピースサインを披露する妹を見て、また少し不安になってきた。



◇  ◇  ◇


「ニーナ、ダニロ、ロッド、緊急事態です。エレサとサリーがペテロに攫われました」


授業中に突然無言になったエレノワールを皆が訝しげにしていたところ、エレノワールが立てかけてあった剣を手に取り、手慣れた様子で戦闘準備をする。

ここ一年で誰かに襲われる事は何度もあった。

それ故に、みんながすぐに行動を開始する。


「ベンとギドはここで皆さんを守っていてください」

「おう、任せろリーダー」

「エレノワールさん気をつけてね」


本来なら場数を踏ませるためにベンとギドも連れていきたいところであったが、ペテロの向かった先が、青年組率いるトーマスのアジトかも知れないという事もあって、大人数でいくとエレノワールが彼らを守り切れない。


ニーナは身体強化を意識的に扱うようにしてからは大人にも劣らないうえ、ダニロの剣の腕前はここ一年で驚くほど成長しており、ロッドもここらの喧嘩自慢程度なら軽くあしらえるようにはなった。


それでも年齢差というものは如何ともしがたいものがあるが、たとえ何かあってもエレノワールはこの三人だけならば、まとめて守り切りながら戦える自信があった。


ニーナはダガーを二本腰にぶら下げながらも、不安そうにしている。

戦闘ではなく二人が無事なのかどうかが心配なのだろう。


「ねぇ、エレノワール。エレサとサリーの居場所は分かるの?」

「ええ、もちろんです」


トーマス組のアジトの場所は、初めにエレノワールがベン達と接触した方法と同じで、大体の位置は分かる。

そこまで分かってしまえば、あとはサリーの魔力波長を探し出せばいいだけです、と端的に告げる。


「エレサだけだったら難しかったかも知れませんが、魔法の使えるサリーがいるなら簡単です」

「さすがボスだな」

「姉貴はなんでも出来ますね」

「そ、そう……」


ダニロとロッドは素直に感心するが、エレノワールから魔法を習っているニーナからすれば、それは異次元のレベルである事に気づく。


魔力の波長は人によって微妙な差異がある。

それこそ指紋のように複雑なもので、とてもではないが常人では覚える事すらできない。

しかし、そこはエレノワールの完全記憶能力あってのもの。

魔法を使えなくても魔力を持つ平民はそこそこいる。

索敵範囲魔法を街全体に広げ、そこから個人を特定するのは並大抵の魔力量と技術では出来ない神がかった芸当であった。


「さて、素早く行動しますよ。時間との勝負かも知れませんからね」


◇◇◇


サリー達がいると思われるアジトに着いた三人は早速行動する。

堂々とドアを開けて正面から入り込むエレノワール。


「なんだ!?」


ちょうど近くにいた男が驚きの表情を浮かべたその瞬間に、エレノワールの剣はその男の首を跳ねて、血が服に付着しないよう念入りに胴体を蹴り飛ばす。


あまりに呆気なく仲間が死んだ事に呆然としている七人。

ニーナがその隙を見逃す筈もなく、身体強化で素早く一人の男の喉首を掻っ切る。

続いてダニロとロッドが、壁に立てかけていた剣を抜こうと立ち上がろうとした男二人を叩き切る。

ロッドの扱う使う少し重めの剣は、ここ一年で襲ってきた相手の戦利品である。


「な、なんだこいつら!?」

「おいペテロ! どうすんだ!?」


奇襲が成功してあっという間に残り四人となったペテロ達。


「や、殺れ! 女も殺して構わねえ!」


ペテロの声に多少冷静になり他の面々も剣を抜く。


「正面からやって勝てると思ってんのか餓鬼共? 奇襲は成功したみたいだが数はこっちが上だぜ?」


冷や汗を垂らしながらも、ペテロはなぜか精悍な体つきのダニロや大柄のロッドではなく、自然とエレノワールに剣を向けていた。

弱そうだから、なんて理由ではない。

それは今まで強者に媚びてきた野性的な経験からか。

ペテロは無意識にエレノワールを一番に警戒していた。

しかしその勘が当たったところで、覆せるほどの力をペテロは持ち合わせていない。


「数も数えられないのですね? こちらは私含めて四人、貴方達はたったの二人ですよ?」

「――は?」


いきなりの奇襲には驚いたが、すぐさま警戒したペテロ達は一切気を抜かなかった。

それなのにも関わらず、知らぬ間にニーナの投げた二本のナイフが、仲間二人の眉間を貫いている事に今更ながら気付き慄いた。

ニーナのナイフはただの投擲術ではなく斥力を応用した魔法で、確実に標的を捉える。


「ペテロ以外はとりあえず殺しましょう」


淡々と告げるエレノワールに、ペテロの隣にいた男は、ちょっと待ってくれと大声で叫び、武器を落として両手を上げる。

しかしそれを意に介さずダニロに素早い踏み込みで袈裟斬りにされ、呆気なく倒れ込んだ。


「ひぃああ!!」


あまりの惨状に、武器も落とし、尻もちをつくペテロ。

そんなペテロの元へとゆっくりと歩きながら近づき睥睨する。

剣の切っ先を突きつけるエレノワール。


「私の仲間が貴方達に囚われたので取り返しに来ました。案内してくれますね?」

「あ、ああ! 分かった! だ、だから命だけは勘弁してくれ! トーマスさんに女を集めろって命令されただけなんだ、俺は!!」

「そうですか、トーマスの命令なのですね。まあ、案内してくれたら考えます」

「あ、ああ!! 今すぐ、案内する! ありがとう!」

「両手はあげたままでお願いしますね。変な動きをしたら即座に切り捨てます」

「わ、わかった……」


そういってペテロは壁にかけてあった鍵を持って、階段を降りていく。

そこには見知った二人の顔と、今にも死にそうな六人の女の子達が牢屋に入れられていた。


「エレノワール様!」

「……良かった、ちゃんと念話だけで来てもらえた。やっぱりエレノワール様はすごい」


明るい声でエレノワールの来訪に歓喜する二人に、怪我らしきものは見当たらない。


「無事で良かったです。では帰りましょうか」


ペテロから鍵を受け取り、ニーナが牢屋の鍵を開ける。


「間に合ってよかったー! エレノワールってば凄いんだよ。サリーの魔力波長だけを頼りにここを突き止めたんだから」

「……それは凄い。異常」


ニーナとサリーは同じ魔法の勉強仲間ということもあって仲が良い。


その間、エレサはエレノワールに道中のペテロ達の会話の内容を聞かせる。


「なるほど、やはりトーマスに命令されていたんですね」

「あ、ああ。そうなんだ、実は――」

「では、案内ご苦労さまです」


そのままエレノワールは会話をする価値もないと判断し、ペテロの腹部に剣を突き刺す。


「は? た……たす、けて……くれる、って」

「私は考えるといっただけです。そして考えた結果殺すことにしました」


エレノワールが剣を引き抜くと同時にペテロは絶望の表情で倒れた。



◇ ◇ ◇


囚われた少女達もついでに救出し、廃墟から出たところで、トーマスとその取り巻き含めた合計二十人ほどの青年組と運悪く鉢合わせた。

恐らくペテロの仲間の誰かが、金になる女を捕まえたと報告にいったのだろう。


エレノワールと牢に閉じ込められていたメンツ以外は全員が返り血を浴びていて、その手には武器を持っている様子にトーマスは驚く。


「おいおい、なんだこれは」


トーマスは十八歳程で、他の取り巻きも似たような年齢層ばかりだ。

今いるメンバーで一番年上なのは十二歳のダニロと、恐らく同じか少し上の年齢だと思われるロッド(ロッドは生粋の路地裏生まれらしい)。

ニーナはエレノワールの一つ上の十一歳、そしてエレノワールは十歳。

サリーとエレサに至ってはまだ八歳だ。


どう考えてもエレノワール達が勝てるはずはないと誰もが思うし、トーマス達も仮にペテロ達が皆殺しにされたかもしれない事を踏まえても、その現場を直接見ていないトーマスはさして脅威に思ってもいない。

きっと油断したのだろうと、どこか楽観的。


「ったく、使えねえやつだったなペテロは。その様子じゃアイツ死んだんだろ? まあ、お前らみんな見た目はいいな。鴨が葱をしょって来たってところか?」

「私達を売り飛ばすおつもりで?」

「アハハッ! 綺麗な言葉遣いだな嬢ちゃん、あんたもしかして元貴族とか何かか? けどここじゃ貴族様の道理は通じない。諦めて大人しく捕まるんだな。別に死ぬわけじゃねえ、むしろ貴族に飼われれば今より良い生活が出来るんだぜ、まったく羨ましいな、女はよ」


軽薄に笑うトーマス。

ゆっくりと鞘に収めた小剣をエレノワールは引き抜く。


「では、お断りさせていただきます」

「ああ、そうかい。おい、お前ら男は殺してもいいが、女は殺すなよ」


トーマスの周りから八人程が前に出てくる。

この状況を見れば誰もがエレノワール達が負けると思うだろう。

しかし、救出されたばかりの六人の少女を除く他のメンバーは、誰一人としてエレノワールの勝利を疑っていなかった。


「ボス、俺らは邪魔か?」

「ええ、後ろの方で控えていて少女達を守ってあげていてください。もちろんそちらまで通すつもりもありませんが」


ダニロは自分たちも一緒に戦うより、エレノワールが一人で本気で戦うのならば、足手まといにしかならないと理解していた。

それは他にも戦うすべを持つニーナもロッドもサリーも同じである。


「では」


ゆらりと倒れ込むように重心を低くして、一瞬で集団の懐に潜り込むエレノワール。

それを捕まえようとした男たちは慌てて捕まえようとするが、エレノワールの演舞のような剣技に一人、二人、三人と。

意識の隙間を縫うようにして殺していく。

流石にヤバイと判断した残った男たちは全員一斉に剣を抜く。

しかし、既にパニック状態となっている集団はエレノワールにとっては隙が多く、とても容易い相手であった。

一合とも剣を交える事なく、ほんの十数秒足らずで全員の首と胴体が分かれる結果となった。

エレノワールが執拗に首を狩り切るのは、剣が極力摩耗しないよう。

つまり、剣に気を使うほどの余裕があったのだ。


エレノワールは身体強化を使っているが、それでもこんな芸当が出来るのはその驚異的なまでの観察力に合わせた、神がかり的な思考力と演算能力ゆえだった。

相手の微細な筋肉の動きを察知し、未来予知に等しい計算をした先の先の剣技。

体格差の不利をカバーするため後の先の技も交えて、時に相手の動きを誘導し、行動の選択肢を絞り込み。

そして殺す。


「なっ……!」


トーマスも周りで見ていた他の取り巻き達も、何が起こったのか理解できないでいた。

結果は分かっている。

たかだか十歳足らずの少女に、八人の青年が一瞬で殺された。それだけだ。

だが、それは理解の範疇を超えた神業であった。


「お、おいお前らもいけ!! あの女はやべえ! 殺しても構わねえ!」


トーマスは叫ぶが、しかしそれに追従するものはなかなか出てこない。

目の前にいる少女が怪物だと、みなが本能で理解し恐怖していたのだ。

かろうじてなんとか一人が剣を抜くが、男が剣を抜いた瞬間に、一瞬で距離を詰め、演舞の続きとでもいうかのように飛び跳ね、浮いた体を回転させ勢いをつけたエレノワールが首を狩る。


「逃げられませんよ。貴方達の選択肢は一つです。トーマスをこちらに寄越して私の下につきなさい」


ペテロ達をあわせて軽く十人は殺しているはずなのに、返り血一つ浴びていない少女を見て、男たちはすぐに決断をくだす。


白と黒のその独特の髪を持った美しい少女の藍色の瞳は、自分達を見ているようでいて、一切自分たちを人として見ていない事に気づいた。

路傍の石に向ける視線。

邪魔なら蹴飛ばす程度の存在。

その瞳があまりにも恐ろしかった。


「ガッ! お、お前ら……」


トーマスの一番近くにいた男が、剣を奪いとり、後ろにいたものが羽交い締めにして、他の男達はトーマスを殴り飛ばす。

彼らの判断は素早かった。

それほどまでに、目の前にいる少女が恐ろしくてたまらなかったのだ。


「賢明な判断です。では、そこの貴方、トーマスの首を刎ねてください」

「はっ、はいっ!」


急に指名された男は、恐怖のあまりその言葉に逆らう事が出来なかった。

周りの男たちも率先してトーマスを地面に抑え込む。

トーマスも必死で暴れ回るが、数人がかりで抑え込まれたトーマスに為す術は何もなかった。


「な、なんなんだよお前! なんなんだよ! 化け物が! この化け物が!! 地獄に堕ちやがれ!! てめえらもだ! この糞にも役に立たない無能のクズどもが!! てめえらも地獄にッ――」


それが取り巻きに殺された、トーマスの最後の言葉であった。


◇ ◇ ◇


トーマスが斬り殺され、青年組を恐怖によって従えた事件から二年が経った。

エレノワールは裏の界隈では一躍有名人となった。

トーマス傘下の人員全てを吸収したのだ。


当然あの場に居合わせなかったものもいて、エレノワールに従うことを拒否したものも多かったが、それはエレノワール直々に粛清された。


あるものは恐怖し、あるものはその強さに尊敬し、またあるものは敬愛した。

結果的にスラム青年組以下全ての勢力を取り込んだエレノワール。


そこからはトーマスが従っていた、ビリーというマフィアの下に自然とつくようになった。

上納金さえキチンと払えば手は出して来ないし、他の勢力のマフィアに目をつけられる事もない。

その代わり、敵対マフィアの敷地では好き勝手には出来ないという制約もあったが。


エレノワールは、トーマスが主に行っていた人攫いの仕事はやめさせた。

決して慈愛の精神からではなく、人攫いはやりすぎれば国に目をつけられる危険性があったからだ。

人を攫って売る商売相手は当然貴族になるが、この国では奴隷は非合法であり、上の貴族の人間が下手をうてば自身達が巻き込まれかねなかった。


エレノワールはまず先行投資としてベッソの依頼で得た大金で皆を養いながら、徹底的な教育を施した。

一人一人にあった教育を施すことで最短で必要最低限分の知識を植え込み、スラムの人間でも出来るような独自の仕事や、教養を仕込んでスラム出身の人間ならば本来こなせないような仕事の企画を複数立てては実行していった。

失敗した仕事もいくつかはあったが、大した赤字はでなかった。

エレノワールの徹底した組織作りは、ある種の教育機関のような様相だった。


持ち前の観察力を最大限に使い、中でも一極に特化した才能ある人物や、普遍的に適正があるもの達をキレイに収まるように人材を割り振ったり、一極型の人間にしか出来ないような仕事を始めさせたり。

計画を立てて人を動かしているだけだったのだが、段々とエレノワール組の組織化が活発になり、面白いくらいお金が集まってくるようになった。

そして一度勢いがつけば、右肩上がりに全体収入が上がっていく。

中には引き際を見誤り命を落とす者も多かったが、スラムで日々残飯を巡る縄張り争いをしてきた者たちが、日毎に組織として完成されていった。


中でも一番の稼ぎ頭はニーナとサリーを筆頭にした魔法師集団の暗殺であった。

魔力があってもそれに気づかなかった者を全員すくい上げ、魔法とそれを使った戦闘術を教え込んだのだ。


そうこうしているうちに更に二年がすぎてエレノワールは十四歳に。

今ではビリーのマフィアの下部組織として運用され、幹部候補として活躍していた。

しかし、その仕事ぶりがあまりにも恐ろしすぎた。


下部組織の仕事が上手くいきすぎる、そのエレノワールの異常性に怯えたビリーは何度かエレノワールを暗殺することにしたが尽く上手くいかない。

次第に暗殺者の界隈ではエレノワールはその特徴的な髪色から『白黒の死神』と呼ばれ、アンタッチャブルとされ、誰も依頼を受けてくれなくなる。


そこから一年かけて、マフィアの中核を担う人物を尽く籠絡し、幹部含め一部の自分に従う人間以外は皆殺しに。

そうしてビリーを蹴落とし、エレノワールは一角のマフィアのボスとなる。


十五歳の少女がマフィアを乗っ取ったことで、ビリーを不甲斐ないと嘲笑っていた組織達も、エレノワールの手によって徐々に勢力が縮小されていき、逆に件の少女の勢力が大きくなる始末。

どんな手を使ったのかも分からぬ、その魔法のような手腕に裏組織の人間達は尽く恐怖した。

あまりの得体の知れない恐怖により、緊張から他のマフィアとの抗争にまで発展した。

その際巻き込まれるようにして多くの組織の間でも同時に抗争が起こるが、それすらもエレノワールの描いた画図通り。

そして総取りしたのは、狂信的な信者を多数抱えたエレノワールの組織。


以降『白黒の死神』エレノワールを頂点とする『ベーゼ』という一つの巨大組織が旧王都の暗黒街を取り締まる事となった。


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