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スラム育ちの三位一体令嬢は忠誠を捧げたい  作者: 烏兎徒然
一章 下剋上
3/6

窃盗グループ

「意外と色々な物があるんですね」


副リーダーのギドが一応話を聞くだけ聞いてみてもいいのではないか、という事で彼らのボロ屋に案内され、エレノワールを囲むようにしている。

そんなエレノワールは大人しく小屋の隅々をキョロキョロと観察していた。


恐らく女であるという事が警戒心を解いた一つの要因なのだろう。

案内はすぐだった。

ギドは十一歳と、リーダーのベンより一つ下の年齢だが、実質的なブレインの役目を担っている様子。


本来なら会話の主導権を握るべく、比較的頭の回るギドを中心に話を進めるべきなのだが、彼らはそういった処世術を知らない。

そのためベンが、わたしの質問に答える。


「あ、ああ。まあ、スリっつっても確実に金が手に入るわけじゃないしな」

「なるほど。顔の割れているスリチームが狩猟班として。サリーやエレサといった女の子たちは顔が割れていない分、旅人の袋荷物とかから得た小綺麗な服を着て、表で堂々と買い物が出来る。よく考えられていますね」

「……っ! ま、まあな。……つってもそれを考えたのはギドだけどな」


ベン達は、目の前の少女がすぐに自分たちの生存戦略を看破されたことに驚く。

なにより女子はニーナ、サリー、エリサ、レナと四人いるが、その中でピンポイントでサリーとエレサが買い出し班だということに当たりを付けた事に驚いた。


「それよりだ。エレノワールつったか? 小金稼ぎだとか、相談だとか言ってたが、あんたは一体なにもんなんだ? どう見ても俺らみたいな裏路地(スラム)育ちの孤児のようには見えねえが」

「そんな事はどうでも良い事ではなくて? 私は正真正銘孤児で、今は裏路地在住よ」

「信じらんねぇ…………」

「困りましたね、別に嘘は申し上げておりませんし。私という存在は先程も言った通り、裏路地在住の孤児。それ以上でも、それ以下でもありませんよ。そんな事よりもっと建設的な話をいたしましょう?」

「うっ……まあ、完全に信用したわけじゃねえけど、話を聞くだけは聞いてやってもいいがな」


ベンはエレノワールのその言葉を完全に信用したわけではないが、もし本当にそうであるのならば同じ貧民街スラムの仲間とも言える。

たしかにエーレとノワールは少し前まで傷だらけで、汚れきった没落令嬢であったが、エレノワールである現在は傷もなくなり、着ているものこそボロだが、髪や肌には艶があるのでベンの警戒心は当然のもの。

とはいえ人一倍警戒心の強いスラム住人であっても、ベンも十二歳とまだ子供であるし、対面する少女も子供であり、そして女であるということ、なにより巧みな会話術や、些細な動作での思考誘導で多少の警戒心程度で収まっていた。


「んー……まず何から話しましょうか。取り敢えずわたくしの容姿は綺麗でしょう?」

「――あ? い、いやまあ、ど、どっかの令嬢とかか?」


ベンは未だにエレノワールの容姿にドギマギとしており、顔を赤らめながらもとりあえず明確な答えを避けて話を逸らす。


「正確に言うのならばとっくに平民落ちした、元令嬢、ですけれど。それはまあいいんです。私の容姿はあなた方にとっても有意義に使えると思えるのですが、どう思います? このチームのブレインはギドさんですよね?」


小首を傾げて、エレノワールの少し後ろでに立っていたギドを見つめる。

何かが起こった場合すぐさま対応できる位置についているあたり、やはりギドが一番頭が回るのだろう。


いきなり話をフラれたギドも、一瞬その神秘的な容姿にドキリとするが、それでもいっときの感情に流されず、冷静にエレノワールを仲間に入れた場合の損得を瞬時に計算する。


「たしかに一応僕がこのチームの作戦とかを決めているけれど、それでもエレノワールみたいに目立つうえに、なにより信用のない人間を引き入れる事はデメリットしかないと思う……」

「あら? 盗んだはいいものの、売れない物品。そんなものがいくつかあるのではなくて? もしくは売れたとしても闇市で安値で買い叩かれるようなそんな物品なんかも。そもそもこのチームの方針を考えれば、そんなコネもないでしょうし、だからこそ死蔵された品なんかはいくつかあるのではなくて?」

「……っ!!」


たしかに、明らかに高価なものは街に行っても売れない。

なぜなら、買い出し班のサニーとエレサはまだ二人とも七歳。

最年少のレナは四歳で、そんな少女達が高価な物を売りにはいけない。

最年長の女子であるニーナは十歳だが、狩猟班のスリ少女として顔が割れている。

それこそ闇のルートで売り捌く事もできない事もないが、エレノワールの言った通り、それらの界隈に近づくには相応にリスクの高い事もあって、今までギドの方針でそれら高価な品は売る予定はなく死蔵したままだった。


「私なら売れますわよ? これでも没落令嬢。多少怪しまれこそすれ、色々と言い訳はつきますもの。貴方達は自分たちだけでは、どうあっても絶対に売れないはずの高価な品をいくつか持っている。捨てるのが一番だと理性では分かっていても、何処かに今も多く隠し持っているのでしょう? それを私ならば売り捌ける、という事を言っているのですわ」

「……っ!?」


ベンもギドも、そして少年少女達もみな驚く。


確かに普通であれば、そんな高価な売れない品は捨てるのが一番。

なぜなら、分不相応な高価な品を持っていると知られれば、すぐにスラムの大人達に奪われてしまう。

だからこそ本来ならば捨てるべき。


それでも彼らがそれを捨てる事なく、今でも隠し持っているのは、いずれ誰か仲間に何かが起きた時その高価な品で解決することもあるかもしれない。

そんな保険のようなもの。


とはいえ、それは表層心理であるとエレノワールは見抜いていた。

彼らの本心は『もったいない』その一言に尽きる。

命を賭けて、スったものなのだ。

それが大物であれば、売りさばけるルートがなくとも、心情的には簡単に捨てる事などできはしない。


「……あくまで保険だ。ギドともダニロとも何度も話し合った」


ベンは少し居心地悪そうに、絞り出すような声を出す。

ダニロとはギドと同じ十一歳の狩猟班で、このグループの中では一番体格が良い。


ベンやギドはエレノワールに何もかも見透かされている気がして、背中から冷や汗が出てくる。

そしてそれは概ね正しい。

エレノワールは彼らの性格と考えを良く理解していた。


「保険……ですか。貴方達、実はスリが成功した時、お金よりなによりまず、仕事が成功したという高揚感を覚えていますよね? 『やった、今日は上手くスれたぞ』みたいな。あくまでもその先にある、お金が目的というのも嘘ではないのでしょう。けれど、スリそのものが目的となっている部分が一切ないとは言えますか? だからこそ貴方達は自身の成果物を捨てられなかったのです。保険の意味合いは、実は後付けの理由だったのではないですか?」


その言葉に誰もが瞠目する。

今まで知らなかった自分を無理やり、暴かれたような。

そんな感覚。

そして覚えるのは、目の前のエレノワールという少女に対する不快感。

無遠慮に心の内を土足で上がられるのは、誰しもがいい気がするものではない。

そんな狩猟班達の表情を見て、心の機微をエレノワールは読む。

だからこそ、今がチャンスとばかりに飴を与える言葉を考える。

飴と鞭の、飴の与えどころは今だと。


「それは素晴らしい事だと私は思いますよ。貴方達は人間です。罪を犯していますが、それは自らのコミュニティを守るため致し方ない事。そしてその中にあって人らしく。その結果は自身の仕事に誇りを持っている証拠。私はただ生きるためだけに、それら成果物を捨てるのは賢い選択だとは思いますが、それではただの弱者。貴方達は正しい人間ではないでしょう。けれど正しく人間です。あなた方が人間であると察したからこそ、私はあなた方へと一番に交渉を持ちかけているのです。対等な生きる意思ある、今を生きる人間として。私は貴方達に敬意に近い感情を抱いています。他のグループではなく、貴方達に一番に話を持ちかけたのは双方に利があるだけでなく、貴方達が私と同じ克己心を持つ同じ人間だと思ったからです。高価な品を隠すのはどう考えても不合理、早々に捨てるのが合理的。けれどそれこそ人間の持つべき本性、あなた方は人として何も、何一つ間違ってはいません」


語りかける声の抑揚、時間、間の使い方。

彼らの卑屈な精神性を表情から察し、ゆっくりと言葉を染み込ませるように、一人ひとりの目をまっすぐ見つめて、エレノワールは話す。

それに感極まって泣きだすのはベンを初めとしたギド、ダニロ、ニーナといった狩猟班達。

サリー、エリサの七歳組の買い出し班にも、何か思う事があるのか静かに涙を流していた。

最年少四歳のレナは静かに座ったまま、兄や姉達が泣いている姿を静かに見つめている。

とはいえそれが悲しみの涙ではないことも理解していた。



◇◇◇


その後もしばらくの間話し合った結果、どうにか最低限の信用をエレノワール勝ち得た。

買い出し班のサリーとエリサに見張りを付けてもいいとエレノワールは提案したが、『全てを託す』とリーダーのベンが言ったことで、エレノワールが一人で高級品を売り捌く権利を獲た。


恐らく信用し、そして信頼したいのだろう。

個人を見てくれた、エレノワールという個人を。

そしてもしエレノワールが一人金を持ち逃げしたところで、所詮は自分たちではどうしようもなく、元々持て余していたものなのだ。


けれど、やはりそれをタダで失うのも理屈ではなく、感情では納得出来るはずがない。

でもだからこそ彼ら窃盗グループ達は、感情に賭けたのだ。

エレノワールを信頼したい、という賭けに。

もちろんそのような考えに至るよう、思考を誘導したのはエレノワールなのだが。


エレノワールには彼ら彼女らへ対する情は一切ない。

徹頭徹尾、人の心理を計算して、誘導した結果。

生まれ変わった彼女は、やはり何処か感情が欠けていた。

元々ノワールは感情の起伏が少なく少し歪な精神性をしていた人間であったが、それともまったく違う。

それは三人の人格が融合した結果か、はたまたあの日忠臣に裏切られた日からなのか、それは定かではない。

エレノワールが信用し、愛する存在は自己だけ。

それは己がエーレでありノワールであるから。

最も大事な存在は、己自身へと既に回帰してしまった。


ともあれエレノワールは盗品の中から比較的小綺麗なワンピースを見つけ、清浄(クリーン)の魔法で新品同様に。

そしてその上にローブを羽織る。


魔法が使える事に驚いていた窃盗グループ達だったが、没落令嬢であることは伝えられていたし、そんなものなのだろうと単純に考え、彼らはエレノワールの有用さを再認識することとなった。


しかし本来魔法というものは、そう簡単に使えるものではない。

元々ノワールが魔法に興味を示し、屋敷中の本を読み漁っていたが、エーレの記憶力のおかげで、エレノワールになる以前――ただのノワールであった頃の記憶も掘り起こす事が容易に出来ていた。


そうした魔法の知識と、エレノワール自身気付いていないがエレノワールの魔力量は、英雄の病を暴走させるまで患った、エーレとノワールの二人分。

とてつもない魔力量であった。

それは加算ではなく乗算。

単純に一と一を足して二になったわけではなく、それは百にも千にも匹敵する。

いうなれば、エレノワールの魔力は常に安定して暴走した状態であった。


どうあれ本来であれば研鑽が必要な魔法も、魔力量にものを言わせたゴリ押しで、魔法の知識そのものだけで魔法行使を可能としていた。

エレノワール自身もこうも簡単に魔法を行使出来た事に多少の驚きはあったが、現状がおかしな存在であるうえ、全能感とも呼べる感覚があり、なんとなく〝できる〟と考えていた結果、本当に出来たという、ただそれだけ。


そうして小綺麗な格好で窃盗グループ達からの高級品をいくつか見繕って、袋に詰めて、そのまま彼らに見送られるようにして街へと繰り出す。


実を言えば、これらの品を売る場所はすでに決まっていた。

ここに来る前にエレノワールになってから、エーレとノワールの髪を売った場所があった。

気難しい老婆が一人でやっている少し怪しげな店であったが、子供だからと侮らず、適正価格ではないが、ボッタクリというほどでもない値段で買い取ってくれたのだ。

そしてなにより、その老婆の店はグレーな経営をしている事がなおさら都合が良かった。

決してまっとうな商売をしているわけではなく、だからといって特別あくどい店というわけでもない。


エレノワールは髪を売る際、あらゆる店舗を覗いて観察した。

そうした結果その老婆の店が自分にとってもっとも都合がよく、良い付き合いができると勘が告げていた。


エレノワールの勘はただの勘ではない。

類まれなる観察力と洞察力に、それに卓越した記憶力が合わされば、時間を引き伸ばしたかのような知覚力さえも得る事ができる。

一瞬見るだけ。

ただそれだけで莫大な情報が詰め込まれる。

それを無意識のうちに勘として処理しているのだ。


今回見繕ってきたのは主に魔石の類。

それだけでも恐らく取引に問題はないだろうが、あの店は魔法店である。

魔石には純粋な魔力を付与することで、魔力を定着させることが出来る。

それを魔石触媒と呼ぶ。

純粋な魔力の質によっては触媒としての効果も上がり、魔石触媒そのものに魔法を施す事も。


付加価値を付けられるのならば、付けたほうが断然良いだろう。

そうしてエレノワールは魔石に魔力を付与し、老婆の魔法店へと向かう。



街から少し外れにあるその店は、人通りの少なさや陽の当たらない場所にあり、いかにも魔女の店といった不気味な様相である。

ドアに手をかけるとドアベルがカランコロンと音を立てる。


あの女の記憶にある古書店の本棚のように整然と並べられた棚には、本の代わりに色々な魔法的触媒が置かれており、なんともアンダーグラウンドな雰囲気を醸し出していた。


「なんだい、嬢ちゃんか。あの髪の触媒はかなりの魔力が宿っていて良かったねえ。まあどうやって手に入れたかは聞かないが、今回も何か面白いものでも持ってきたのかい?」


エレノワールになって一度、もともと売る予定であった髪の触媒をここで一度売っているため、エレノワールは店主である老婆とは面識があった。

その商談の際に他愛ない雑談に見せかけて、思考誘導した結果、そこそこエレノワールはこの店主に気に入られている。


「流石にアレほどの触媒は滅多に手に入りませんよ。今回はこれを売ろうと思って」


そうして老婆に見せるように袋を開く。

中には色とりどりの魔石。

魔石はそれ一つでもそこそこの値段にはなる。

しかし、それは魔石の状態と場所による。


「はんっ! ただのクズ魔石かい。それなら魔石店にでも売りに行けばいいだろう。悪いがいくら触媒に使えても、ただのクズ魔石じゃわたしじゃあ相場で買い取りはできんよ。ま、違法ルートから手に入れたんなら仕方ないかね」

「良く見てもらえませんか? クズ魔石はクズ魔石ですが、魔力を多分に含んでいる魔石触媒ですよ?」


エレノワールは袋の中から一つの魔石を差し出す。

渋々といった表情で老婆は手を差し出し、ニコニコと愛想の良い笑顔を浮かべたエレノワールから受け取った魔石を見つめると、老婆は瞠目する。


「お、おお……いろんな魔石触媒を見てきたが、この純粋な魔力……かなり高品質の魔石触媒じゃあないか……魔石自体は大した値打ちのないもんだが……あんた一体どこからこんなもんを――」


ジロジロと検分していた老婆は少し興奮しているように見えた。

そしてその言葉を聞いて、薄々理解してはいたが、エレノワールはやはり自分の魔力はかなり特殊なのではないか、と理解する。


「今後とも良いお付き合いが出来れば、と思っていますのよ?」


ローブを目深にかぶったエレノワールはクスリと笑う。

それだけで老婆は詮索するな、という意図を察し、肩をすくめる。


「ああ、嬢ちゃんとは長い付き合いになりそうだしね。詮索はしないよ」

「助かりますわ。今後もお婆様のことはご贔屓にしたいと思っていたので」

「はんっ! 可愛くないガキだね。それに覚えておきな私の名前はリグリットだ。ババア呼びはやめな」


こちらに顔を向けずに、袋に入れた魔石の一つ一つを検分し。精査しながら老婆は名を告げる。

口の悪さとは対象的に仕事は丁寧だ。

多少の信頼を得る事ができたと考えていいのかな、とエレノワールも少し上機嫌。

ただ魔石を売るより、自身が魔石に魔力を加えて魔石触媒にしただけで、かなり金額が上乗せされる事だろう。



エレノワールはこの日一日で魔石と他の装飾品を別の店で売り、金貨二枚と、小金貨五枚を手に入れる事ができた。



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