最後
蒼級召喚獣を全員で飛びかからせ、腕の腕について考える。
あの元々禍々しかった腕が更に異質なものへと変化しているのだ。
黒曜石のようだった腕が煌びやかな紫色の光を亀裂のように張り巡らされている。
それは以前よりも硬質に見え、凹凸が激しくなっている。
その凹凸は見るからに痛々しく、20体の蒼級召喚獣に対して笑顔でその腕を奮っている。
その姿を見ると、あの腕は強化された証なのだろう。
こっちは体が重いって言うのに、軽快に体を扱う腕。
だが、俺の強みは魔術だ。
見れば、腕の傷は癒えていない。
魔力が枯渇しているか、治癒に回す余裕が無いのだろう。
それか、あの凶暴な腕に魔力を吸われているかだ。
まだ勝ち目はある。
召喚獣の1体がやられる。
また1体。
更に1体。
ー
やがて、あれだけ居た蒼級召喚獣たちは全て消え失せてしまった。
「さ、様子見は済んだかの?」
「まあな」
ふざけるな。
蒼級召喚獣20体を様子見なんかに使うと思ってるのか?
本気で殺しにかかったに決まっている。
もう魔力も多くは残ってない。
体も怠くなってきた。
だが、これで最後。
これで決着が着く。
ッダアァァァアン!
腕が体を大きく前に傾け、その体勢のまま俺に襲いかかってくる。
俺も感覚が研ぎ澄まされたのか、それとも速い動きに慣れたのか、俺の目の前でその両腕を大きく広げている腕と目が合った。
ヴゥゥゥヴヴゥン!
俺が後ろに退くと同時に、紫色の光帯が空間に残る。
空気を切り裂くような、将又殴ったような重低音が耳を鳴らす。
「圧し潰せ!」
地面に手をつき、大量の人形を生成する。
命令を与えていない木偶人形が波のように腕へと押し寄せる。
その波が裂かれたような大きな亀裂を作られる。
予想通り。
だからこそ、俺は前もってその穴へと飛び込んでいた。
「…!?」
腕の驚いた顔をしっかりと捉える。
強化された自らの一撃必殺の腕を持つ腕に対し、息も絶え絶えの小物が不利な接近戦を挑む。
同じ手だが、驚くのも無理はない。
バアアアアン!
予め俺の背後に仕掛けておいた爆弾が作動する。
背中がこれ以上ないほど強ばったまま、腕との距離が急速に縮まる。
腕の腕は動かない。
俺はその勢いのまま腕の顔面を鷲掴みにし、地面に叩きつける。
魔力を一時的に止め、一気に爆発させる。
地面を大きく削り取りながら、体中に熱を感じながら、腕を引き摺る。
あの腕は動かない。
ある程度引き摺り、軽く体を上に投げ、全体重を乗せた回し蹴りをお見舞する。
腕は地面に激突し、跳ね返り、千鳥足と腕で何とか体のバランスをとる。
手応えはあった。
だが、身体能力ではかなりの差がある俺の攻撃は大してダメージになっていないだろう。
「きっ……さまぁ…っ!」
だが、意外と効いていたみたいだ。
整った顔は幾つかの汚れがついており、片目を痛そうに閉じている。
綺麗に繕われていた長い髪も今はボロボロだ。
そんな姿になって尚、美しさが表に出ているのは奇跡としか言いようがない。
俺は不敵に笑う。
「その腕┈┈┈┈┈┈」
先程からだらんと垂らされた腕の腕を指さす。
「┈┈┈┈┈┈感覚はあるか?」
「┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈!!」
ッパキイィィィィィイイインッッ!!
途端、空気が振動する。
腕の顔を見ると、目を丸くし、呆けたように自分の腕を眺めている。
その腕から美しい形で血が飛散し、紫だった亀裂が赤色に染められる。
俺の固定魔術が炸裂したのだ。
あと3回。
「っっっ……!」
腕は声に出さないまでも、確実に痛がっている。
そして、その鋭い眼光に怒りが灯っているのもまた確実だ。
俺はすかさず魔術を唱える。
「暴食の黒球!」
あと2回。
俺と腕の間に現れた蒼級召喚獣。
こいつに時間を稼がせ、俺は後ろに退く。
「ヴァ゛┈┈┈┈┈┈」
そいつが直ぐにやられてしまう。
戦闘すらも出来ず、体を貫かれてしまった。
赤紫色の光帯を延ばしながら俺に突っ込んでくる腕。
痛みを誤魔化す為の怒りなのか、それともただの純粋な怒りなのか。
あいつの考えは分からないが、その動きはあまりに直線的すぎる。
俺は腕の直線上に鋭くした岩柱を生成する。
あと1回。
それが研ぎ澄まされた感覚の中、腕の眼球の間近に迫るのが見える。
あまりにゆっくりと見え、勝敗が決することを報せているようだった。
腕の眼球に岩柱が近づき……近づき…
「がはぁっっ!」
瞬間、腹部に強烈な衝撃を感じる。
完全に油断した体は軽く、弱く、脆く転げ回った。
壁に激突した時には、俺の想像の域を超えた気持ち悪さがあった。
「っ………ぁぁ…」
口から全ての内蔵が出てしまいそうだ。
唾液が滝のように流れ、途切れる気配を見せない。
治癒魔術を使う余裕なんて無い。
地面を見るな。
敵はすぐそこに居るぞ。
俺の大切な彼女を殺そうとしている敵が。
「っ………」
袖で溢れ出た唾液を拭き取り、壁にもたれ掛かるように座る。
そして、ぼやける視界でこちらに歩いてくる腕を捉えた。
その姿は見るからに怠そうで、肩を落としながらもこちらを睨んでくる。
その目には既に先程あった怒りは収まっており、攻撃してくる気配が無い。
「もういいじゃろ……主…」
息を切らしながら、そんな馬鹿げた提案をしてくる。
「まだ……だ…」
俺の心とは裏腹に声は掠れ、喉が振動している感覚が無い。
左手を敵に向け、魔術を唱える。
「水の御業」
あと0回。
水で構成された龍の手が腕に襲いかかる。
パシャァァン…
呆気なく破壊された。
「……終わりじゃ……体を休めておくんじゃな」
こいつ、もう勝った気でいるのか。
……確かに、俺は右腕を吹き飛ばされ、体は重い、魔力も魔術なんて使えないほど底を突いた。
だが、大切な彼女を守らなきゃいけない。
あの笑顔を見たい。
たとえ、俺のことを忘れていたとしても。
だから、俺は負けない。
「なあ……腕…」
顔を上げるのでさえ、辛く感じる。
勢いが余り、軽く頭が壁にぶつかる。
敵は疲労しながらもしっかりと立ち、俺はやっと体を動かせる状態。
そんな状況。
そんな状況で、俺は笑った。
醜く、歪んだ笑み。
眉を八の字に寄せ、頬を吊り上がらせる。
それに伴って視界が細くなり、敵の姿がぼやける。
だが、これでいい。
もう既に、勝敗は決した。
顔に嫌悪を浮かべる敵。
俺はそいつに、こう言ってやる。
「騙すのは…気持ちいいなあ」




