シャル VS ルーシャ
巨大な炎が放たれた。
それは眩しく、全てを呑み込むほどの威力を持っているように思えた。
ひとりの人間など、これを食らって生きられるわけが無い。
だが、その巨大な炎柱が押し返される。
「っ┈┈┈┈┈┈┈!」
それはただの風。
魔術にも長けた腕のことだ。
俺の魔術を弾き返したとしても、何ら不思議はない。
だが、恐るべきはその行為をただの身体能力でやってのけてしまうところだ。
たかが腕の一振で。
飛散した炎の中に腕の姿が見える。
予想通り、傷ひとつ負っていない。
「貫け!」
追い討ちの岩柱を飛ばす。
鋭く、大きく、頑丈に作った。
それを目にして尚、腕は避けようとせずに片手を突き出す。
ガアアァアアァァン!
激しい音と土煙。
俺は間髪入れずに次の攻撃に移る。
多種多様の人形を大量に生成する。
目眩しの土煙の中、腕が十分に人形たちを視認できていないのを確認する。
辛うじて人形たちを魔術で破壊しているが、小さい人形は正確に捉えきれていないのが分かる。
「っ┈┈┈┈┈┈!?」
腕の背後に静かに移動していた巨大人形が巨腕を振るう。
腕の足が地面から離れ、遠くへと吹き飛ばされる。
人形を腕を追わせようとするが、違和感に気づく。
ただの1体も腕に向かわない。
人形たちは既に全滅していた。
「糞っ…」
別に、破壊されること自体は予想通りだ。
だが、いつどうやって破壊したのかが分からなかった。
動き全てに気を配っていたつもりだが、捉えきれていなかった。
これが致命的な力不足の証明にならなければいいが…
腕も体勢を立て直し、掌を地面に向ける。
「…………」
そして、魔術を行使した。
音も無く現れたのは木。
ひとつの太い幹から3つの木が生えているような姿。
太い幹から下に生える枝は蜘蛛の足を思わせる。
体全ての木は健康的な色ではなく、既に腐ったような色をしている。
触ればポロポロと崩れ落ちそうな見た目だが、そんなことはないだろう。
3本の木に空いた空虚な穴は俺を見つめているようにも感じる。
実際に見つめているのだろう。
そんな化物が木の葉を撒き散らしながら俺に向かってきた。
不気味な見た目をした化物だが、焦ることはない。
俺の知ってる魔術だし、対抗策だってある。
化物に手を向け、魔術を唱える。
「『焔の鉄槌』!」
溶岩のような手が木の化物に向かって放たれる。
いつもなら即時召喚をするところだが、あの化物とは距離を置きたい。
木の化物に赤い手が命中し、更なる化物が現れる。
それは先程の手と同じような肌を持つ悪鬼。
溶岩のような色に、亀裂の入った肌。
筋骨隆々の体に、目のすぐ上から太い角が生えた顔。
その角は一見すると眉毛のようにも見え、憤怒しているような角度になっている。
その悪鬼が木の空洞部分を掴み、木の化物との戦闘が始まった。
「よし…」
これで腕に集中できる。
腕に目を向け┈┈┈┈┈┈
「…!?」
瞬間、腕が俺に魔術を放った。
それは先程俺が使ったような巨大な炎柱。
それを大量の水を生成することで免れる。
「…?!」
だが、炎はカモフラージュだった。
鎮火したと思ったら、その中に本命の岩柱が隠されていたのだ。
魔術を使う暇はなく、体で受け止める。
圧倒的な質量に押されるが、体勢は崩さない。
足をどれだけ踏ん張ろうと威力は落ちない。
「っ……」
いずれ、壁に激突した。
土煙で視界が悪くなる。
それを吸い込んでしまい、軽く咳き込む。
だが、このくらいは想定な┈┈┈┈┈┈
ダアアアアァァァン!
先程まで俺の頭があった場所目掛け、暴力が炸裂する。
腕がその禍々しい腕で俺を攻撃したのだ。
壁には腕の鉤爪のサイズに合っていない大きな爪痕が残っている、
攻撃のあとに遅れてやってきた衝撃が体を振動させる。
こいつ、本当に俺を殺す気が無いのだろうか。
今のをまともに食らっていたら、俺は…
がら空きになった腹部に手を添える。
そして、超高温の火を放とうとする。
「っ!?」
だが、魔力を込める途中でそれをやめる。
腕が隙間からこちらを睨みつけているのを目にしたからだ。
堪らず体勢を攻撃から逃げに移行させる。
あれはただの脅しだったのかもしれない。
本当はダメージを与える絶好のチャンスだったかもしれない。
……だが、あの眼をするやつに攻撃する勇気は俺には無かった。
俺は後ろに数歩引き、呼吸を整えようとする。
だが、間髪入れずに腕がこちらに迫ってきた。
一瞬で俺の目の前までやってきて、腕を振り上げる。
糞…
体術戦では俺に勝ち目は無い。
片手でも握られたら、そこで終わりだ。
だからこそ…
だからこそ、こいつの懐に飛び込んでやれ。
「…!」
やはり、予想外の顔をする腕。
さっきまでビビってたやつが、今度は勝ち目の無い接近戦だ。
その一瞬、腕の攻撃が止まったように見えた。
今度は決定的な隙だ。
腕の腹に手を置き、土魔術を使う。
小さい分、鋭くて硬い。
それが腕の腹、ど真ん中を突く。
だが、流石は幹部。
それが放たれる直前に体を捻り、直撃を防いだ。
そして、その不安定な体勢から俺を蹴飛ばした。
足で踏ん張りながら地面を滑る。
すかさず体勢を立て直した腕がこちらに迫ってくる。
恐ろしい速さで迫ったにも関わらず、俺の目の前でいとも簡単に急停止して見せた。
不味い。
こんな近くまで接近されたら、逃げようがない。
逃げれないのなら、また攻撃に転ずるまでだ。
腕の首を掴み、魔力を込める。
「っ!」
だが、やはり俺の行動は読まれていた。
瞬きした瞬間、腕がその暴力の手を俺の手に向けて伸ばしているのが映った。
一瞬、その鉤爪が俺の手に触れる。
触れた。
ただそれだけ。
それだけなのに、俺はすぐさま手を引っ込めてしまう。
わざわざ風魔術を使ってまで、腕を無理やり動かした。
また攻撃を逃した…
とにかく、接近戦は駄目だ。
距離を置かなければ勝ち目は無い。
俺と腕の間に手を置き、魔術を使う。
ッパアァァァアン!
そこで爆発が起き、俺も腕も吹き飛ばされる。
黒煙の壁が発生し、お互いの姿は伺いしれない。
だが、これで時間と距離は稼┈┈┈┈┈┈
「…!?」
腕が躊躇いもなく、俺に向かって真っ直ぐに飛んできた。
咄嗟に小さく硬い岩柱をいくつか生成し、腕に放つ。
だが腕はそれらを空中を移動しながら、蹴りで粉々にする。
全く速度を落とさずにそんな芸当をされ、俺の頭の選択肢は逃げのみになる。
この距離では十分に魔力を込める時間が無い。
とにかく…
とにかく距離を…
「がはぁっっ!」
腕の蹴りが俺の横腹に直撃し、肺の中の空気が一気に抜けるのを感じる。
一瞬の浮遊感を感じ、壁に激突する。
地面に座り込むことで、自分の平衡感覚を無理やり取り戻す。
不味いな…
このままでは負ける。
先程の蹴り、あいつなら腕で攻撃することも出来ただろう。
もしそれをされていたら、今ごろ俺は下半身とお別れしていただろうな。
頭がくらくらする。
目を開けることでさえ辛く感じる。
もう立てる気がしない。
だが、体は動く。
頭も働く。
視界もぼんやりとだが見える。
まだやれる。
起きろ。
もう出し惜しみしてる場合じゃないぞ。
今日だろ。
俺が帰る日は。
「そうじゃ。まだ動けるじゃろ?」
体が勝手に起き上がる。
腕が俺の両肩を掴んで起き上がらせたのだ。
足が地面から浮き、こいつの手の力強さを肩で感じる。
敵に情けをかけるとは、こいつも馬鹿だな。
「ああ………これでお前を殺せる」
「っ┈┈┈┈┈┈!?」
俺が腕の手に触れた瞬間、腕が驚いた顔をする。
俺から手を離し、数歩後ずさる。
腕を重たそうに下に垂らし、俺を睨みつけてくる。
その生意気な目に光をあびせ、目眩しをする。
そして、すかさず体に力を入れ、がら空きになった横腹を左足で蹴り飛ばす。
少しだけ飛ばせたが、足は浮かせられていない。
「貴ぃ様あ┈┈┈┈┈┈」
怒号を上げる腕に追い討ちをかける。
爆発を搭載させた岩弾をこれでもかと放ち、向こうの壁まで吹き飛ばす。
そして、木の化物との戦いに勝った炎の悪鬼がさらに拳を振り下ろす。
その悪鬼は拳を下ろした瞬間、土煙と共に消え去った。
また魔力は残っていた筈だが、腕にやられたのだろう。
そして土煙と残火の中、静かに歩く黒い影。
腕は多少の傷を負ってはいるが、動くのに支障はなさそうだ。
腕と一定の距離を保つ。
「そんな魔術を教えた覚えはないんじゃがの」
未だ俺の固定魔術を着けたまま、静かに憤慨する腕。
その目は鋭く俺を睨みつけており、見たことのない表情だ。
これほどの怒りを腕に向けられたことはない。
「さあ…どこで覚えたんだろうな?」
挑発をするが、腕の顔はピクリとも動かない。
それもそのはず。
俺の息は荒く、膝に手をついてしまっている。
魔力残量が少なくなってきたと言うより、あの手に掴まれたのが大きい。
それに対し腕は攻撃を受けた直後だと言うのに、呼吸は整っている。
勝敗は見えたとか思ってるんだろうな…
「主、一生ここで暮らす気はないか?」
やっぱりだ。
もう俺に勝ち目は無いと見ての発言だろう。
その余裕が癇に障る。
その見下しが侮辱に繋がる。
俺の彼女に対する想いはそんなものではない。
「お前……4年間も片想いでよくもまあ飽きないもんだ」
ピクリと顔が動いた。
「主こそ、四年間も離れ離れでよくもまあ冷めないもんじゃの」
「当たり前だ」
よし、少し呼吸も整った。
これで┈┈┈┈┈┈
「そういや主の彼女について聞きたいことがあったんじゃ」
「………」
何言ってんだこいつ。
戦闘をしている時の行動じゃない。
「なんじゃったっけなぁ」
もういい。
俺は両手に魔術を込め┈┈┈┈┈┈
「そうそう、そういやお主┈┈┈┈┈┈」
「っっ┈┈┈┈┈┈!!?」
俺の右横に突風が吹いた。
巨人の拳でも突いたかのような錯覚が起き、目を丸くする。
何か違和感がある。
体のバランスが上手くとれない。
重心が左に寄り、定めていた狙いがズレた。
「がっっああっ┈┈┈┈┈┈!!?」
突如、痛みが報せとなってやってくる。
狭まった視界の中、直ぐに上級の治癒魔術を使う。
「っっ……」
痛みが引いていく。
引いていくが、俺の頭が想像してしまっている。
先程の痛みの続きを。
知りたくない…
見たくない…
触りたくない…
だが、もう俺は認めてしまっている。
「…………」
俺の『右腕』が無くなった。
肩から先の感覚が無い。
服は肘に届かないくらいから千切れて、白いシャツに赤い血が弾けたように付着している。
動かそうと思っても動かない。
今まであった感覚が無くなり、酷い喪失感に襲われる。
だが、今は落ち込んでる場合じゃないだろ…
あいつを見ろ。
目を離すな。
やり返してやれ。
お前にはそれが出来るだろ。
「なあ、主よ」
糞が…
糞ったれ…
腕は頬を吊り上がらせた。
眉を八の字にし、目がそれに伴って細まり、口が歪な形となって笑っている。
「騙すのは…気持ちええのお」
今まで見たことの無い表情だった。




