決戦前夜
『1』
「腕ってさ、好きな食べ物とかあるのか?」
訓練の休憩時間、適当に体を伸ばしながら会話をする。
明日はこいつを殺さなくてはならないのに、なんでこんなに緊張感が無いのだろう。
こいつは俺のことが好きだから、それに甘えているのだろうか。
はたまた…
「そうじゃのぉ……甘いもんが好きじゃの」
甘いものか…
そういえば、しばらくプリンを作ってないな。
また今度、作ってみるか。
………プリン?
また何か忘れている気が…
まあ…いいか…
「魔王城にそういう店あったっけか?」
「なくはないの」
「ん、今度行ってみるか」
「お、二人きりのデ┈┈┈┈┈┈」
「┈┈┈┈┈┈オレも行くぅ!」
「あちしもぉ」
後からいつもの2人が湧いてきた。
まあ、人数が多い方がいいだろう。
ー
4人で甘いものがある店に来た。
そこは前に来たことのある店だった。
俺の隣に座る腕は少し気に食わなさそうにしている。
「シャル様!」
なぜなら、この死体の娘がいるから。
「シャル様……私…寂しゅうございました…」
どうやら、この子は俺に惚れてしまったらしい。
1年ぶりだと言うのに、この惚れられよう。
ちょっと口説きっぽいことをしたら、ここまで懐かれてしまった。
嫌ではないのだが、隣に不機嫌そうな子もいるし、俺には彼女もいるから勘弁して欲しい。
「おい娘、妾の男に手を出すでない」
「違いますルーシャ様……お客様を持て成すのは私共の務め……ですからこれは仕方のないことなのです…」
そう言って、椅子に座る俺の片腕に引っ付く死体さん。
胸がやわこい。
「何が仕方ないじゃ。妾たちとて客じゃぞ?」
「………シャル様…」
なんでこっちに目を向けるんだ。
そんな顔をされても困るだけなのだが。
「それより、僕は君の持ってきた料理が食べたいな」
「……畏まりました…」
さすがに誤魔化せなかったか。
残念そうに目を伏せる死体さん。
料理が運ばれてきた。
死体さんを含む4人で。
「ありがとう」
目の前に頼んだデザートが置かれる。
美味しそうなのだが、肝心のスプーンが無い。
未だここに残るひとりの店員に目をやる。
「シャル様……あーん…」
「おい!」
さすがの腕も声を張り上げ、椅子から立ち上がる。
だが、妙に忍耐強い死体さん。
立ち上がった腕を見ても、差し出されたスプーンを退けない。
悪い気はしないが、このままでは腕が不機嫌になってしまう。
もうなっているが、これ以上は駄目だろう。
俺は死体さんに耳打ちの体勢をとる。
そして…
「次はひとりで来るから……その時にしよう」
「っ…」
明日は腕と戦うのだから、こんなのは酷い嘘だろう。
だが、好きじゃない人にどう思われようと俺は気にしない。
腕の機嫌を取る方が大事…
「はい…! その時を楽しみにしております…!」
「僕もだよ」
死体さんに微笑み、彼女は仕事へと戻って行った。
「アレス……アレス…」
と、小声でアレスを呼ぶカフ。
下を向きながら、アレスをとんとんしている。
「ぱいなっぷる……ぱいなっぷる…」
「………すみませーん、パイナップルトッピングでくださーい」
アレスの声を聞き、了承の声を出す店員。
カフは相変わらずコミュ障らしい。
「シャルって…さ……彼女いるんだよね…」
と、珍しくカフが不貞腐れている。
アレスがなると思っていたが、今度はこの子か。
「そうだな」
「勝ち組かっ………ちっ」
えっ。
「それよりも、主は死なぬことを考えるべきじゃな」
「…そうだな」
「どゆこと?」
不貞腐れていない方のアレスが問いかける。
「妾たち、明日やり合うんじゃ」
「おっ、いよいよか」
「うむ」
なぜだろう。
少し照れている自分がいる。
戦うってことを周りに報せているだけなのに、今更緊張してきた。
「シャル、ルーシャを選ぶとは挑戦者だな」
持ってこられたパイナップルをカフに渡しながら言う。
アレスがそう言うのも当然だ。
腕は幹部の中で最も強い。
アレスは捕まえられるし、アストラスを一撃で倒すほどの膂力がある。
だが、腕は消去法で選んだのだ。
アレスは攻撃が当たらないし、最弱のカフは殺せない。
アストラスは何をしてくるか分からないし、剣術の対策なんてしていない。
故に、俺が勝ち目のあるのは腕しかいない。
「まあ、カフを殺せたらよかったんだけどな」
「えっ」
「じゃ、明日はよろしくな。腕」
「うむ、殺さぬように気をつけるとするかの」
「はっ、抜かせ」
ー
夜。
いよいよ、この夜を越したら決戦だ。
今は少し興奮しているためか、寝つけずにいる。
「起きとったか、主」
「ん」
今夜も腕が来た。
何となく、来る気はしていた。
酒と言うよりは香水が入っていそうな酒瓶と、ひとつの盃を持っている。
「ちょいと飲まんか?」
「毒でも入ってるのか?」
「あほ」
腕が俺の隣に座り、酒瓶を開ける。
上品な酒の匂いと、透き通った匂いが鼻を巡る。
上等な酒であることが俺にも分かる。
盃に腕が酒を注ぎ、それを渡してくる。
それを受け取り、注がれた酒に映った自分が見える。
それを仰ぐ。
半分ほど残し、腕に渡す。
腕が酒を飲み干した。
「……実はな…盃を渡すの………求婚って意味なんじゃ…」
「…………」
腕の持った盃に目をやる。
「そうか…」
「驚かんのか?」
「慣れてるからな」
「そうか…」
少し残念そうだな。
返事でも欲しかったのだろうか。
「返事は明日、生きてたら伝える」
「……うむ…分かった」
「…………」
酷い約束をしてしまったな…
相変わらず、俺は彼女以外の人には気遣いがないらしい。
「じゃ、明日は本気でやるからの」
「ああ、俺も本気でやる」
「うむ、おやすみの」
「ん、おやすみ」
スッキリとした体で、今日は眠りについた。




