忘れない
彼女たちと別れて3年が過ぎた。
長い時間が過ぎたな。
3年…
彼女たちと過ごしたのが1年と少し…
当時、彼女たちとはどう過ごしていたっけ…
楽しかった………な…
……………あれ?
えっと………えみりーとは……一緒に迷宮に行ったな。
そこで彼女の初めてを貰った。
ふぃる…てぃあとは村で2人きりで過ごしたり……俺の初めてはこの子にあげた…
まお…とは沢山えっちしたな…
龍王国では色々あった気がする…
あとは…
あとは……
他にも楽しいことがあって……色々…
あぁ…
嫌だな…
なんでこんな…
いやだ
いやだ
いやだ…
ー
彼女と別れてもうじき4年が経つ。
もう寝る時間だが、そんな気分じゃない。
「…………あ」
いつもの癖で魔術の練習をしていたら、あることに気がついた。
そういえば、俺はここに来てから自分の姿を見たことがない。
固定魔術で鏡を作り、自分の姿を確認する。
「……………はっ」
思わず鼻で笑ってしまう。
「誰だよ、お前…」
そこには俺の知らない俺がいた。
気持ちの悪い顔をしている俺がいた。
つまらない俺がいた。
嫌な俺だ。
こんなやつを好きになってくれる人なんて居ないだろうな…
『そんな事ないですよ』
……………はっ、そんな事あるだろ。
彼女のことも忘れかけてきて、思い出すきっかけも作れそうにない。
何も楽しくなくて、全てが不幸に向かっていく。
『じゃあ、あなたは彼女に会いたくない?』
会いたいに決まってる。
俺を幸せにしてくれたのが彼女で、一緒に生きていきたいのが彼女だ。
でも、俺はもう…
『そうか……会いたいんですね。分かりますよ、あなたは誠実ないい人だ。きっとその彼女もあなたに会いたがってますよ』
………そうだといいな。
仮にそうだとしても、俺は彼女に会えるほどの力は持ってない。
もうどうする事も出来ない…
『それは違いますよ』
……どういう事だ?
『あなたが僕に協力すると言うのなら……その力を貸しましょう』
…………。
『さあ、あとはあなたが欲しいと願うだけです。あなたが望み、僕が叶える。決めるのはあなた、用意するのは僕。選択の主導権はあなたにある』
………………。
『悩んでいていいのですか? あなたは愛する人に対して真っ直ぐな人のはずだ。常に彼女のことを考え、楽しませ、愛されてきたはずだ』
………ああ…そうだな…
『なら………会いたいと願うのが彼女のため……とは思いませんか?』
…………そうだな…
俺は…………彼女に┈┈┈┈┈┈
「主ぃ」
「っ…!」
腕の声が聞こえ、慌てて固定魔術を解く。
「…? すまん、取り込み中だったかの?」
「いいや……今日はどうした?」
「一緒に寝ようと思っての」
そう言う腕の腕には枕が抱えられている。
何回も断っているはずだが、よくめげないものだ。
俺が逆の立場だったら、とっくに折れているだろう。
「そうか、じゃあ寝るか」
「お、今日はやけに素直じゃの」
「まあな」
腕が枕を抱いたまま、俺の隣に座る。
「どうしたんじゃ? なんかあったか?」
「…別にないよ」
「嘘つけ。四年も一緒にいるんじゃ、そんくらい分かるわ」
「………」
思えば、こいつと4年も一緒にいるのか。
好きでもないこいつとずっと一緒で、好きな彼女と離れ離れ…
嫌な話だ。
「じゃあ、ちょっとだけ話してもいいか?」
「うむ」
こいつは好きじゃないが、良いやつだ。
顔を合わせると、気が楽になる。
「腕ってさ…なんでそんなに俺のこと好きなんだ?」
聞いたのは本題とは少しズレた質問。
「………」
腕は返事をするよりも先に、俺の方に擦り寄ってくる。
そして、恐る恐る俺の肩に頭を乗せた。
俺は頭を乗せられている方の腕を動かす。
すると、腕は頭を肩から浮かせてしまう。
俺はその頭に手を置き、自らの肩に再度乗せる。
「……こういうところも好きじゃ…」
腕の頭を撫でる。
「じゃあ……言うぞ…?」
「ん」
わざわざ前置きまでされる。
俺も少し身構える。
「…お主は彼女のことになると打たれ弱くての……普段は動じないくせに…そこが優しいと思う…」
そりゃあな…
「彼女がいないと凄く寂しがったりして……実は甘えたがりなとこもあっての…」
そんなとこあったっけか…
「でも性欲は獣以上に高くて…」
俺は標準だ。
「彼女を愛する気持ちは絶対に変わらない………ずっと好きで……ずっと幸せにしてくれる…」
…………………………。
「そんなお主が…たまらなく好きじゃ…」
………嬉しいな…
なんでそんな事を思ったのか分からないが、心が安らぐ。
俺がどうかしたのかもしれない。
「……?」
腕が俺の肩から離れ、立ち上がる。
その顔を見ると、目は少しだけ潤み、頬を赤く染め、片手で口元を隠している。
何を恥ずかしがっているのだろうか。
「すまん……今日はひとりで寝る…」
そう言って、俺から背を向ける腕。
俺は彼女の腕を掴む。
「駄目だ…」
「でも…」
「お前と寝たい…」
初めての俺からのお願いだ。
今日はこいつに甘えたい。
今日はいつもより寂しい。
今日はいつもより……腕が魅力的に見える…
腕が返事をし、今度は俺の膝に座らせた。
整った綺麗な顔が近くにある。
「腕…」
「なんじゃ?」
「俺って性欲高いって言っただろ?」
「…? そうじゃな」
「俺って…そんなに臭うか…?」
思えば、腕に対して性的なものを見せたこともないし、話した覚えもない。
なのに性欲が高いと言われた。
処理したあとはきちんと気を遣っているはずがだ、臭かっただろうか…
だとしたら、ショックだな…
「うむ、臭うぞ?」
………。
「すまん…」
「……! 違う、そうではない!」
腕が声を上げる。
何が違うと言うんだろう。
「言ったじゃろ? 妾は鼻が利くんじゃ…」
「…? どういう事だ?」
「……妾は匂いを嗅いだらそやつの人格が分かるんじゃ」
へー、そりゃ凄いな。
4年間も一緒にいたのに知らなかったな。
「主にも言ったはずじゃが…」
あれ?
「そうだっけか?」
「そうじゃ…」
全く記憶にないな。
俺は忘れっぽいのかもしれない。
と、腕に恨めしそうな目で見られていることに気づく。
どうやら、機嫌を損ねさせてしまったらしい。
どうにか直さないといけない。
「ごめん…忘れてた…」
「…よい……今はこうしてるのじゃからな…」
「ありがとう…」
腕を抱きしめる。
嫌われていなくて、ほっとした。
なんでこんなこと思ってるんだろうな…
安心したら、ちょっとだけ体が火照ってきた。
「腕…」
「なんじゃ?」
「キス……していいか…?」
「……よいぞ」
懐かしく、そして柔らかい感覚から顔を遠ざけ、腕を見る。
唇を見つめ、目を見つめる。
……腕ってこんなに…
「………」
ゆっくりと腕の目が閉じられ、唇に意識が向く。
そして、柔らかなキスをした。
「……………」
唇を離す。
……まだ足りない。
「舌…入れていいか?」
「うむ…」
ー
唇を離す。
…凄くよかった。
互いが繋がる感覚は懐かしい気がする。
大して久しぶりでもないのにどうしてだろうか。
「寝るか…」
「うむ…」
お互いに頬を赤くしながら、ベッドに横になる。
ー
……寝れない。
お互いに背中を向けて寝ていて、体温も息遣いも分からない。
体が寂しい。
温かみが欲しい。
「主、悩みなら聞くぞ」
腕が唐突にそんなことを言ってくる。
だが、今の俺に悩みなんて…
「…腕はさ………忘れたくないもの忘れそうな時……どうする…」
「…そうじゃの」
腕がゆっくりとこちらに体を向け、大きな胸を押し当ててくる。
「新しい記憶を作るんじゃないかの」
「…………却下だ」
「違う、そういう意味ではない…」
よかった…
「その忘れそうな記憶だって、ひとつひとつが楽しかった思い出じゃろ? なら忘れてしまいそうでも、未来の記憶を作る準備をするべきじゃ」
「………」
「その人を忘れたいと思わなければよい……お主は既に、その人のために努力できているはずじゃ…」
「……………」
そうだな…
俺は彼女たちのことを忘れたいなんて少しも思っていない…
新しい記憶を作る準備も、努力もできている…
俺は間違っていなかったのか…
「ありがとう……助かった…」
「うむ…」
だが…
だが……それだとあまりに腕が惨めじゃないか…
俺にばかり傾倒して、俺は別の人に目を向けている…
そんなの…
「腕…」
「なんじゃ…」
なら、こいつも…
「抱きついてもいいか…?」
「ん…よいぞ…」
腕の方に体を向ける。
そして、大きな胸に顔を埋めた。
腕も俺に腕を回してくれる。
それが温かくて、優しくて、癒されていく。
「俺……すげぇ怖かった…」
俺はどうしてか、腕に胸の内を話したくなっていた。
声は震えていて、弱々しい。
なんでこんな…
「あんなに好きで……あんなに大事だったのにっ……全然…思い出せなくなってっ…」
腕に頭を優しく撫でられ、大きな抱擁を感じる。
俺は腕に力を込め、より体を密着させる。
「よいぞ……今日は思い切り吐き出せ……お主は頑張っておる……よくやっておるぞ…」
腕の抱擁が嬉しい。
腕の言葉が嬉しい。
こんなに頼りになるなんて知らなかった。
全てを吐き出したかった。
全て理解して欲しくて、全てを受け止めて欲しかった。
「腕…」
「なんじゃ?」
こんなこと言うつもりはなかったんだけどな…
「俺は4日後………お前を殺す」
ルーシャと戦うまで、残り『4』




