我儘
「めぇんどくさいぃぃ」
カフが急にそんなことを言った。
「どうしたんだ? カフ」
「こいつたまにこうなるんだよ。ほんとだるい」
アレスが腕を組み、やれやれとでも言いたそうな口調だ。
カフは椅子に座りながら体を大きく揺らし、我儘を述べている。
二年以上この子と一緒にいるが、初めて見る姿だ。
「アレスぅ、お菓子とってきてぇ」
「いやだぁ」
ここにはまともな奴がいないな。
彼女持ちの人に声をかけるやつだったり、ただの化け物だったり、極度のコミュ障だったり。
「ここに普通の人はいないのか?」
「んー、オレ以外にはいないな。ここでまともなやつを探すなんて初心者迷宮からお宝見つけるようなもんだぜ?」
「どうもぉ、お宝でぇぇす」
「わあぁ、お宝だぁ」
カフとアレスは相変わらず仲がいいな。
「お腹空いたよぉぉ」
「ったくしょうがねぇなぁ…何が食べたい?」
「んん……お肉」
「ん、ちょっと待ってろ」
「ありがとぉお」
アレスは優しいな。
ー
「おい」
俺はハッキリと不満が伝わる声を出す。
「なあに?」
こいつのふざけた返事が俺を挑発しているように聞こえる。
「なんで妾たちまで連れてくんじゃ」
腕も俺と同じ気持ちだったようで、腕を組んでムスッとしている。
俺たちはアレスに半ば無理やり連れていかれた。
今、俺たちがいるここは木々の生えた草原。
地平線の先まで緑が続く光景だが、ここもちゃんと魔王城だ。
皮肉なことに、きちんと青空が広がっている。
「仕方ないじゃん。二人に攻撃任せた方が早く済むだろ?」
「お主が勝手に引き受けたものを妾たちに任せるのがムカつくんじゃ。のぉお主」
腕がこちらに顔を向けてくる。
腕はそう言うが、ここまで来たのなら帰る訳にもいかないだろう。
それに、たまには気分転換も悪くない。
「別にいいんじゃないか? 俺も化け物に打ちのめされてばっかりじゃ気が滅入る」
「………おい、化け物とはもしかしなくても妾のことじゃないのか?」
「それ以外誰がいるんだよ」
何を今更。
俺が二年以上戦い続けて勝てないようなやつだ。
これ以上ない適語だと思う。
「なら妾はもう見物しとく…」
うわっ、こいつ愚図りやがった。
本当に面倒くさいやつだな。
まあ、俺がいれば十分に狩りは出来るだろう。
こんなところで口説きの練習は出来ないし、何よりしたくない。
さっさと終わらせて、さっさとカフに肉を渡そう。
「あのぉ……シャルさん?」
「どうした?」
アレスが恐る恐ると言った感じで話しかけてくる。
少し嫌な予感がしなくもないが、大したことではないような気もする。
「ルーシャさんがいないと……狩りが大変なのですが…」
「まあ別に大丈夫だろ。なあ腕?」
ぷいっ
腕がそっぽを向き、手伝う素振りを見せない。
こうなったこいつは面倒くさい。
フィルの方が可愛いし、会話もしてくれるから口説き甲斐がある。
だが、こいつにはそれが無い。
俺がわざわざお願いする理由が無い。
「えっとですね……ああいう時のカフって凄い食べるんですよ……だからルーシャにも手伝わせて欲しいなぁ……なんて…」
「凄い食べる? 魔獣一体くらいか?」
「………千体ほど…」
はあ?!
さすがにそれは嘘だろ。
だって、あんな小さい体のどこにそんな量が入るって言うんだ。
「嘘だよな…?」
恐る恐る聞く。
「えと……それがカフが幹部になった理由…だと思いますです。はい」
マジか…
暴食で幹部になるとは…
カフのことを甘く見ていたかもしれない。
それにしても、数が多すぎるな。
俺が頑張ったとしても1日で終わるのか分からない。
よくもアレスはそんなお願いをあんな簡単に受けたものだ。
「でもアレスがいれば何とかなるんじゃないのか?」
「僕は魔術は使えないので範囲攻撃が出来ません……シャルの方が効率いいです……でもルーシャは魔術も身体能力も高いので…」
………嫌だなぁ。
腕の方を見る。
あいつは足を曲げて木にもたれかかり、すっかり見物の姿勢に入っている。
全く、なんで俺がこんな事しなくちゃいけないんだ。
「なあ、腕」
「…なんじゃ?」
見るからに不貞腐れた様子の腕。
「一緒に魔物狩らないか?」
「…やじゃ」
返事は予想通り。
腕は両膝に顔を埋め、そっぽを向いてしまう。
「お主だって…化け物と一緒にいるのは嫌かろう…」
ああもう、本当にこいつは…
嫌だったらこんな所で話したりなんかしていない。
こいつだってそんな事は分かっているはずだ。
「そんな事ないぞ。お前と一緒にいるのは暇しない」
「ふん…」
……こうなったら普通の口説き文句では動かない。
なら、いつものやつをやるしかないか…
「分かった。お願いひとつだけ聞くから、な?」
「………」
何回もこのお願いというのを使ってきて、こいつもそれが目的で拗ねているのかと思う。
腕が埋めていた顔を起こす。
「なら……今日…お主の部屋に行ってもよいか…?」
「いいよ。いつでも来い」
というか、こいつはなかなか高い頻度で俺の部屋にやってくる。
それをわざわざお願いとして言うということは、えっちな目的があるのだろう。
腕は見るからに手伝ってくれそうな雰囲気だ。
「もうひとつ……よいか?」
こいつ調子に乗りやがった。
だが、それもいつもの事だ。
「いいよ」
「……帰ってからでよいのだが………キス…したい…」
「ん、分かった」
「よいのか…? 舌入れるやつじゃぞ?」
上目遣いで確認してくる。
分かっていたことだし、多少は甘やかしてもいいだろう。
腕に柔らかいキスをする。
「お前とならいつでもいいよ」
「っ………うむ…」
よし。
これで手伝ってくれるな。
この日はずっと体を動かし続け、大量の魔物を狩った。




