被害者の話
ー被害者視点ー
「インジャードさん」
名前を呼ばれる。
生き別れの母親を探してもらっているのだ。
毎日毎日、報告に来ては俺をガッカリさせる。
何年もその調子だったが、今日は違った。
「あなたのお母さん、見つかりましたよ」
「…!」
やっと…
やっとこれが聞けた。
浮浪者として生き続けて三十年。
やる事もやれる事も無い俺はただ生きているだけだった。
そんな俺のせめてもの生き甲斐。
必死でかき集めた金の使い道。
それが、生き別れの母さんを探すこと。
………ようやく叶った。
ここまで長かった。
辛かったし、苦労もした。
馬鹿にもされたし、非難もされた。
だが、ようやく俺が報われる日が来たのだ。
「ありがとう……ありがとう…」
気がつけば、涙が出ていた。
床に膝をつき、縋り付くように感謝する。
「インジャードさん、お母さんと思い出、たくさん作ってきてくださいね」
「ありがとうっ………ありがとうございます…」
俺の人生はここから始まるのだ。
ー
どうやら、母さんは飲み屋で働いているらしい。
俺はそこに向かい、少し様子を見ることにした。
扉を開け、中に入る。
「いらっしゃいませ」
女の人の声だ。
カウンターに肘をつき、前の客と喋っている。
年齢からくる髪のパサつきと、顔のシワ。
一目見た時、俺はハッキリと分かった。
この人が俺の母さんだ。
もうすっかり歳をとっているけど、俺には分かる。
よく見ると、鼻とかが似ている。
「………」
俺は何をしていいか分からず、適当に端の席に座った。
「どうも」
「…!」
向こうから話しかけられた。
もしかして、気づいてくれたのだろうか。
「ご注文はお決まりすか?」
気づいていなかった。
「あ……えと…」
どうしよう…
ニヤけてしまう…
「い…一番安いやつで…」
「かしこまりました」
………会話してしまった。
母さんとの初めての会話。
ニヤけが止まらない。
ー
ここに通って一週間が経った。
未だに母さんとは話せていないが、何かの繋がりを感じる。
いつもの席で、いつもの酒を飲む。
「……………」
………そろそろ話す内容を決めないといけない。
ー
それからも通い続けた。
今日は吹雪だったが、それでも通った。
いつもの席で、いつもの酒を飲む。
「お、来てくれたんだ」
扉の鈴が鳴りそこを見ると、肩に乗った雪を払いながら入ってくる常連がいた。
「今日はあったまりに来ましたぁ」
「お酒は程々にしないとだよ?」
「まあいいじゃないか、今日は愚痴を持ってきたからね」
「はぁ……しょうがないね…」
どうやら、今日も俺は母さんと話せないらしい。
ー
お互いに酒も入り、話す内容も濃いものになってきた。
「ほんっと…旦那には困ったものだわぁ………ていうか、あんたはなんか愚痴とかないの?」
文句を言うばかりだった常連が母さんに聞く。
母さんは楽しそうに働いているから、そういうのは無さそうだ。
「あるよ」
「へぇ……どんな?」
意外とあるらしい。
一体、どんなものだろう。
横目で見ていると、母さんは常連にヒソヒソ話でもするかのように少しだけ近づいた。
「あそこの客なんだけどさぁ、いつもいるだろ?」
「…? あぁ、いるね」
話し声が未だに聞こえてくる。
少しドキッとして、酒を一口飲んだ。
「あれさ……」
手を口元に置く母さん。
そして、恐ろしい事を口にした。
「気持ち悪いんだよね」
体が固まった。
一気に視界が狭まり、コップを持つ手の感覚が無くなる。
俺の……
俺の母さんが………俺を……?
『悲しいよなぁ…寂しいよなぁ…苦しいよなぁ………さあ、お前はあいつをどうしてやりたい?』
ー
「じゃ、そろそろ帰るよ」
「ああ、また来てちょうだいね」
常連も帰り、閉店の時間だ。
その間、俺はずっと一点を見つめ続け、何も出来ないでいた。
「あの、すみません」
「は……はい…」
母さんが………
「店閉めるので、帰ってもらえませんか?」
そんな…
『酷いよなぁ……お前は折角頑張ったのになぁ…』
ああ、酷いよ母さん…
「俺は行くところがないし外は寒いんだ、もう少しここに居させてくれ」
「そんなの知りませんよ、出てってください」
先程の常連のコップを片付けながら、片手間に俺を見て言ってくる。
その行動が俺をイラつかせる。
『なあなあ、あいつのことどう思う?』
最低だよ。
俺がどんな思いでここに居るのかも知らずに…
『じゃあ……どうしてやりたい?』
どうしてやりたいって…
俺は何かしたい訳じゃなくて…ただ気づいて欲しいだけで…
「早く出ていかないと、警察呼びますよ?」
『あいつは気づくと思うか? 気づかないだろうなぁ…あいつは息子の気持ちも分からない酷いやつだもんなぁ』
ああ、あいつは酷いやつだよ。
俺が必死で集めた金で探して、会いに来てやってるのに…
『じゃあ、思い知らせてやらないとなぁ』
…………。
『大丈夫さ、お前は悪くない。お前は母親を思う優しいやつで、あいつは息子を何とも思わない最低なやつだろ?』
………そうだ。
『………なら、やる事はひとつだよなぁ?』
俺は何故かポッケに入っていたナイフを手に取る。
そして、狭くなった視界のままあいつのいる所へと歩いた。
……………………。
………………………………。
母さんは……………
母さんは悪魔に食べられました。




