伝えたいこと
アストラスが腕に吹き飛ばされた。
「すまんのお主。人選を間違ったようじゃ」
「あぁ……そうだな…」
「移動するか」
「ん…」
ー
移動中の廊下。
腕の隣で歩く。
「…………」
さっきのこいつはいつもと違った。
2年以上一緒に居て、まだ知らないこともあるのか。
「なぁ、腕…」
「ん?」
……不味い。
何も話すことを決めていないのに、話しかけてしまった。
言うとしたら先程のことだろうが、あれをなんて言えばいいのだろう…
「その………さっきのやつな…」
頬をポリポリと掻きながら考える。
「ちょっと……見直した…」
出てきたのは感謝でも謝罪でもない、上から目線の言葉。
普段の俺を考えれば俺らしいのだろうが、何だか嫌な気分だ。
「妾がやらんでも、お主がやっておったじゃろ?」
「……まあ…」
ー
訓練も終わり、部屋で体を鍛える。
「お主ぃ」
「ん」
またやってきたようだ。
「……のおのお、運動はあとでよいのではないか…?」
後ろに手を組み、モジモジしながら聞いてくる。
今日は色々したいことがあるようだ。
「今日もしたいのか?」
「……うむ…」
「分かった」
筋トレをやめ、立ち上がる。
「ちょっと手洗ってくるから、待っててくれ」
「今からがいい…」
「汚れた手でお前は触れん」
「………ん」
そこら辺の廊下で手を洗い、部屋に戻った。
「じゃ、するぞ」
「ん…」
今日も立ったままする。
「「 ………… 」」
少し長めにする。
たまにはこういうのもいいだろう。
「……今日は長かったの…」
「…まだするか?」
「…なんだか…今日は優しいの…」
またする。
「………終わり」
「ん…」
ベッドに座り、その隣に腕も座る。
今日はなんだか、いつもより距離が近い気がする。
悪い気はしない。
「「 ………… 」」
……変な空気だ。
いつもならこいつが一緒に寝たいとか言い出して、俺が拒否する流れなのだが、一向に喋る気配がない。
腕はこちらをチラチラと見るばかりで、何もしようとはしてこない。
もどかしいな。
「なあ、腕」
「…ん?」
……不味い。
何も話すことを決めていないのに、話しかけてしまった。
何を言おうか…
「……今日は……ありがとな…」
「……なにがじゃ?」
「俺の代わりに怒ってくれたことだよ」
今まで、こいつの事は大して気にしたことがなかった。
そんな俺のために怒ってくれたんだ。
少しくらいは感謝してる。
「お、あれは印象良かったかの?」
「あ、今ので落ちたな」
微笑みながら言う。
落ちていた空気も軽くなった。
頭もすっきりした気がする。
すっきり……
…………。
「そういやさ、アレスの言ってた腕の飛竜って…なんの事だ?」
昨日の出来事がフラッシュバックのように思い出される。
アレスの言っていた『さすがルーシャの飛竜倒しただけはあるな』。
あの言葉、気になっていたのだ。
「あれか? 妾が飼ってたやつじゃよ。お主の国に送ったんじゃ」
…………。
あー。
あの忌々しい竜を送ったのはこいつだったのか。
ふぅん。
なるほどね。
「なんのために送ったんだ?」
一応は弁解の余地を与えなければいけない。
もしかすると、大層な名分があったのかもしれないしな。
それなら、許してやらんでもない。
「…? ただ気になるなぁと思っただけじゃが?」
はい、有罪。
「俺さ、あれの所為で彼女との初夜…邪魔されたんだよな」
「…………」
腕の動きが固まる。
今、こいつは何を考えているのだろう。
「えと……それは悪かった…の…」
「別に謝らんくていい。俺も彼女も、今はもう気にしてないからな」
「そうか…」
だが、今まで忌々しいと思っていた飛竜の元締がこいつなんだよな。
なら、実質こいつは飛竜よりも悪いやつということで…
俺としては飛竜を絶滅させる気でいたわけで…
ま、いいか。
「じゃ、もう寝るか」
今日はこのまま静かに寝ようと、横になろうとした。
だが、腕が俺の手に自らの手を重ね、それを邪魔してくる。
「…どうした?」
腕を見ると、なぜだか見覚えのあるような顔をしている。
嫌な予感がする。
「その………一年に一回のお願いを…」
どうやら、俺を静かに寝かせない気らしい。




