勝負
食事を済ませたあと部屋に戻り、体を動かす。
魔術の訓練が終わったあとか、性欲が高まってきた時にする。
最初は嫌だった運動も、やってみれば意外と楽しいものだ。
「お主ぃ」
「ん?」
腕が来た。
こうやってたまに来るのだ。
「今は筋トレ中だ」
「うむ、熱心じゃの」
いや、出て行って欲しかったんですが。
まあいいか。
腕は俺のベッドに座り、俺を眺める姿勢になる。
見られてはいるが、やりにくくはない。
一応は俺の師匠だ。
見られるのには慣れている。
「今日はなんか用ありそうだな」
「分かるか?」
「多少はな」
今日のこいつはいつもと違う雰囲気だ。
いつもはキスを強請るか、一緒に寝たがるかくらいしかしない。
「じゃあ剣術のことじゃが、アストラスにやってもらうのはどうじゃ?」
あいつか。
2年以上ここに居て全く話したことがないな。
だが、確かにあいつは剣術が得意そうだった。
4本腕だし、ムキムキだし。
だが…
「別にお前で間に合ってるだろ?」
俺は剣術よりも魔術に重点を置きたい。
だから、別に剣術は上達しなくてもいい。
こいつの立ち居振る舞いを見るのも勝利に必要なことだ。
「そうじゃが………お主、本当に妾が好きではないのか?」
「ま、一応教えてもらうのもいいかもな」
「………ちぇ、言うんじゃなかったの…」
へっ。
「それとだな、主」
まだ話があるらしい。
こいつはいつも欲求不満だと思っていたが、こういう時もあるんだな。
「妾と本気で戦うの、やめにしないか?」
「………どういう意味だ?」
ここまで来て、腕を殺さない選択肢は無い。
それはこいつも承知のはずだ。
なら、別の意味があるのはずだ。
「今のお主に本気でやられるとな、妾も本気を出さねばならなくなる。その時にうっかり死んでしまわれては本末転倒じゃからの」
「……そういう事か…なら殺る時はちゃんと報告するよ」
「うむ、そうしてくれると助かる」
なんてな。
誰が前もって報告なんてするか。
不意打ちでやった方が勝率は高くなる。
正々堂々なんて、俺はやらない。
「じゃ、おやすみじゃの」
「ん、また明日な」
「うむ」
今夜は珍しく、何も求められずに眠ることが出来た。
ー
翌朝、アストラスに教わることになった。
いつもの訓練場で待つ。
「なあ腕、4本腕のやつに教わるって大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃぞ。あやつも一応は幹部、そのくらい楽勝じゃろ」
それならいいか。
4本腕を基準で教えられたら、全く分からないからな。
「ところで、なんで今までお前が剣術教えてたんだ?」
「今までのは剣術と言うより筋トレみたいなものじゃからな」
「あー、そうだったのか」
適当に時間を潰していると、そいつは来た。
上半身裸で、深海のような肌と黒い髪。
髪はかなり長く、その髪を巻くことで両の目を隠している。
かなり久しぶりに見る姿だ。
「今日からよろしくな、アストラス」
片手を差し出す。
だが、アストラスはそれを握らず顔を近づけ、髪越しに俺をじっと見つめるようにしている。
「………ふっ、お前は白か」
「……?」
なんのことだ?
「こやつはジェフに似たのじゃよ」
ああ、髪の話か。
なら、なぜ鼻で笑われたのか気になるな。
「ふっ、つまらぬ方か」
「あ?」
今こいつ、なんつった?
「おいてめぇ、ぶち殺されてぇのか?」
長い髪を引っ張り、額と額を合わせる。
「なんだ? 事実を言ったまでだが?」
「家の父さんがつまらねえだと? 笑えねえな」
「あいつは金に呑まれた弱者だ。お前もその内の┈┈┈┈┈」
突如、アストラスが視界から居なくなった。
何かが激突する音と、俺の手に醜く千切られた髪がある。
そして轟音のした方を見ると、アストラスが瓦礫に寝転がっていた。
何が起きたのか分からない。
ただ、目の前には今まで見たことの無い表情をする腕がいた。
「妾の男を侮辱するな。白痴」
腕はその逞しい腕を掻き上げ、静かにそう言った。




