もどかしさ
腕と向かい合い、キスの準備をする。
「……立ってするか」
「ん…」
直ぐに終わらせようと思ったが、寝たままだとアレだ。
癖で舌を入れたくなってしまいそうだ。
立ち上がり、腕の両肩を掴む。
「…………」
準備は万全だが、腕が目を閉じようとしない。
改めてやるとなると恥ずかしいから、閉じて欲しいのだが。
「目、閉じないのか?」
「また指でする気じゃろ…」
さっきので信用が下がったらしい。
こいつからの信用なんて要らないが、閉じてくれないとやっぱり恥ずかしい。
「ちゃんと口でするから、目閉じてくれ」
「…本当か?」
「嘘だったらもっかい言うこと聞くよ」
「…わかった」
ゆっくりと目が閉じられ、今度こそ準備が整った。
腕の頬に片手を置き、俺の身を寄せる。
熱い頬を軽く撫でてから、唇を重ねた。
「「 ………… 」」
………。
「っ………」
唇を離す。
久しぶりの感覚に少し夢中になり過ぎた。
あれ以上続けていれば、えっちな音が流れたに違いない。
「もう寝るぞ…」
「ん…」
腕と同じベッドで横になる。
腕は背中を向ける俺に対して、禍々しい腕を密着させてくる。
黒曜石のような見た目に反して、それにはちゃんと温かさがあった。
俺は目を閉じた。
ー
眠れない。
久しぶりのキスの感覚に、中途半端な終わり方。
背中に熱い息をかけられているのも原因のひとつだ。
処理しに行こう。
「ぬし…」
そう思って体を動かそうとした瞬間、腕から声がかかる。
どうやら、こいつも眠れなかったらしい。
「なんだ?」
「眠れん…」
「頑張れ」
「……お主も眠れていないではないか」
「少し催しただけだ」
そう。
俺はただ催しただけ。
つまり、俺は直ぐにトイレに行かねばならない。
つまり、この回した腕を離して欲しいのだ。
「主…」
「なんだ?」
「もっかいキス……してもよいか…?」
もっかいか…
正直、どっちでもいい。
このままトイレに行ければ何でも。
だが…
「駄目だ」
何となく拒否する。
こいつのお願いを聞くだけってのも癪だ。
このくらいはいいだろう。
「なんでじゃ…」
「どうせしたらそれ以上のことしようとするだろ?」
「…………せん」
絶対にするやつだ。
「駄目だ」
「んん…」
すると腕は俺を抱きしめ、俺の首に口を近づける。
見ていなくても分かるほどに近くで熱い息を吐き、俺の体温を上げていく。
「おい、寝れなくなるだろ」
「うるさい…」
そこで喋られると余計に熱くなる。
このままでは寝れる気がしない。
熱いし、処理できてないし。
「…?」
首裏に違和感を感じる。
柔らかい何かが蠢動し、触れたり離れたりを繰り返す。
腕が俺の首にキスしていやがるのだ。
「っ……おい…!」
湿ったものに触れられ、さすがに声を上げる。
「うるさい…」
「……欲求不満すぎるだろ…」
「……うるさい…」
さっきからそればかりだ。
言われていて、あまり気分がいいものではない。
「自分は否定しないでって言ったくせに、俺のことは否定するのか?」
「…………すまん」
動いていた唇が止まった。
反省するかのように回された腕の力も弱まっていく。
と思ったら、締まっていった。
「妾は欲求不満じゃからな……我慢すると…何をするか分からんな…」
「……脅してんのか?」
「違う…ただの事実じゃ…」
脅しじゃねえか。
だが、そうだな…
あれだ…
口説きの練習をもう1年もしていない。
早めにやっておかないと、彼女たちに会った時にガッカリさせてしまうかもしれない。
それに、ここで襲われたら元も子もない。
少し付き合ってやるか…
「ちょい腕の力抜け」
「……ん」
回された腕の力が緩められ、体が動くようになった。
そして半身だけ起き上がってから、腕に被さる。
「ぬ…主……本番はしないんじゃなかったのか…」
「勘違いすんな、ただの雰囲気作りだ。やるのはキスだけだ」
「……ん」
ちょっと残念そうなのが気に障る。
だが、俺は今からこいつを喜ばせようとしているのだ。
彼女たちに向けての予行練習をしなければいけない。
「「 …………… 」」
柔らかくキスをする。
簡単なキスで、先程よりも短い。
「…………」
予想通り、物足りなそうな顔をしている。
ここから喜ばせるのだ。
「もっかいするか?」
「……ん」
「もっかい…」
「ん」
「もっかい…」
「ん」
しばらくもどかしい状況が続いた。




