願い
俺の部屋に着き、ベッドに腕と一緒に座る。
腕はここぞとばかりに、俺の手に自分の手を重ねている。
少しでもこいつに力を入れられれば、俺の手が砕ける状況だ。
だが、そんな事をするやつじゃないのは分かっている。
1年も一緒に居れば嫌でも分かるし、この腕にも慣れる。
………慣れたくなかったな。
「……………」
腕は未だに1年に1度のお願いを考えている。
俺としてはさっさと終わらせて、さっさと寝たい。
「腕、その傷治すぞ?」
無言の空気に痺れを切らし、俺は口を開いた。
こいつの体は痛々しい状態になっている。
原因は俺だが、殺す気でやったのだからしょうがない。
それも、今となっては別だ。
その傷は見ているこっちが痛みを感じてしまう。
治せるのなら、早く治しておきたい。
「だめじゃ」
返事は予想通りだ。
俺につけられた傷なら、残しておきたい思想。
理解できない考えだ。
「殺られる時はちゃんと殺られたいんじゃなかったのか?」
「そんなに治したいか?」
「当たり前だ。自分の体は大事にしとけ」
「…………ん」
腕の返事を聞き、重ねられている手に魔力を込める。
腕の全身が淡く光り、傷が跡も残さずに消え去った。
「……どうもじゃ」
「ん」
よし。
これで綺麗な肌に戻った。
ー
「主、決まったぞ」
「ん」
やっと決まったらしい。
途中に何度も背中を伸ばしたり、肩を回したりで疲れた。
早く終わるものならいいが。
「何して欲しい?」
「…待て……今言うから…」
手をギュッと握られ、顔を俯かせる腕。
「キス……してほしい…」
心の中でほっとする。
もしこれで『えっちして欲しい』とかだったら、手が出ていた。
こいつも自重できているらしい。
「ん、分かった」
「え…いいのか……?」
俯かせていた顔を上げ、驚いた顔をする腕。
自分で言ったことなのにこの反応だ。
「して欲しくないか?」
「………お主はずるい…」
「じゃあ目閉じて」
「………うむ」
目を閉じ、唇をそっと差し出す美女。
状況が違い、彼女たちが居なかったら惚れていたかもしれないな。
だがやはり、彼女たちの方が圧倒的に好きだ。
片手を腕の頬に置く。
ピクっと反応し、頬が熱くなっていくのを感じる。
そして、腕の唇に当てた。
俺の指を。
「…………おい」
「なんだ?」
閉じていた目を開け、俺を鋭い目で見つめてくる。
何が不満だと言うんだ。
これも立派なキスのはずだが。
「話が違う」
「違わない。これもキスだ」
俺はそう言って、自分の唇に先程の指を当てる。
その動作を見て、腕が頬をポっと赤く染めた。
「ほら、今認めた」
「何がじゃ…」
「ほっぺ赤くしただろ?」
「………してない」
どこまでも認めようとしないやつだ。
俺としては結構デレた気でいるが、これでも不満らしい。
「じゃあ俺はもう寝る」
「……ん」
今日は疲れた。
疲れた後はひとりで処理したくなる俺だが、今夜は我慢だ。
毛布を捲り、その中に体を入れる。
ふと、俺のものではない温かさを感じた。
「おい」
案の定、それは腕のものだった。
俺の背中にピトッと腕をくっつけ、俺と一緒に横になっている。
「こんくらいはいいじゃろ…」
「我儘だな」
「お主が悪い…」
俺は悪くない。
お願いだってちゃんと叶えたし、文句も言わずに付き合った。
むしろ、褒められるべきではなかろうか。
「じゃあ…もっかいやるか?」
……………?
「……いいのか…?」
「満足できてないんだろ?」
「……うん」
…………。
まだ俺は眠れそうにない。




