ご機嫌
ここに来て、もうじき1年が経つ。
その間、俺が幹部を倒す目処は立っていない。
「お主……ちと強すぎやしないか…?」
「なにがっ……?」
俺は両手を膝につき、息を切らしている。
本気で勝負を挑んだ結果だ。
固定魔術ともうひとつを使っていないとは言え、まだ勝利にはほど遠い。
正直、かなり焦っている。
もうじき1年。
最短で帰るはずが、このままでは間に合わない。
「まだ一年じゃぞ…?」
「もう1年だ…!」
早く帰りたいのに、俺の力は間に合っていない。
早くこいつを殺したいのに、俺の力は足りていない。
「見ろ、妾の体、傷だらけじゃ…」
見ると、確かに浅い傷があちこちについていた。
そこからは血が滲み、見ているこっちが痛みを感じる。
これは俺が死なないように手加減した故についた傷だ。
実質、無傷と言ってもいいだろう。
「そんなん無いようなもんだ。さっさと治しとけ」
「やじゃ」
「あ?」
意味が分からない。
浅いとは言え、痛みはあるだろう。
あれだけの量の傷だ。
体を動かしたら、痛いに決まってる。
1年近くこいつと一緒にいるが、そんな趣味をもってたのか?
「お主がつけてくれたのじゃ。残す」
………そういう趣味の持ち主だったか。
「お前なぁ、見てるこっちが痛くなってくるんだよ。はよ治せ」
「やじゃ」
「………」
そうだったな。
こいつは強情なやつだった。
「そうかよ。俺はもう寝る」
「ん、妾も」
ふらつきながら歩く。
腕も早足で俺の横に来て、一緒に出口に向かう。
「なぁ、腕」
「んー?」
「わざと殺されてはくれないのか?」
「やじゃ。殺られるならちゃんとお主に殺られたい」
「なんだそれ…」
理解できない思想だ。
どうせ死ぬのなら、さっさと殺されて欲しい。
「なぁ、俺はいつ帰れる?」
「このペースなら………十年以内には帰れそうじゃの」
はぁ…
10も会わなかったら、彼女たちは俺の事なんて忘れてるだろうな…
ならやはり、正攻法で脱出するのは無理そうだ。
「のぉ、お主」
「ん?」
「妾と暮らすの…そんなに嫌か…?」
恐る恐る聞かれる。
あんなに強いやつがする顔じゃない。
「別に心の底から嫌ってわけじゃない。彼女との生活が楽しすぎるだけだ」
「…妾との生活はどうじゃ?」
「…幹部たちと暮らすのは……まあ悪くないって感じだ」
「ふぅん…」
含みのある返事だ。
こいつが期待してる答えなんて俺は持ち合わせていない。
こいつが拗ねようと、俺には関係ない。
「じゃがお主、色々溜まってきとるんじゃないか?」
「ん?」
色々…
確かに、この1年間はひとりでしか処理できていない。
そろそろ思い切り発散したい気分ではある。
「発散できたらいいんだけどな」
「……妾が相手をしても…いいのだぞ?」
「またそれか。ひとりでやっとけ」
こいつはいつまで俺を誘ってくるつもりだ。
ずっとこの調子だが、俺の心は揺らがない。
俺には彼女たちがついてる。
「妾が我慢できんくなる…」
「俺だって我慢してるんだ。お前もやれ」
「……そんなに嫌か?」
「彼女に悪い」
彼女たちには普段から我慢させてばかりだしな。
少しでもそういうのは無くしていきたい。
「別に遊びでする分には構わんのではないか?」
「まあな」
「まあな?」
腕が怒気を含んだ声を出すが、俺の言いたいことはそうじゃない。
俺が言いたいのは彼女の自慢話だ。
「俺の彼女を舐めんな。多少体の関係をもったからって彼女は俺を嫌いになったりはしない。でもそうじゃない。彼女はそんなの許すだろうが、ほんの少しだけでも思うところはあると思う。いつも癒してくれてるのに、それを仇で返すわけにはいかない」
ただでさえ、3人の彼女のひとりって思いをさせてるんだ。
それで満足できないのは強欲な奴がすることだ。
俺は帰るまで、誰ともえっちはしない。
「そうか…」
「そうだ」
「いい男じゃな…」
「彼女がいい女だからな」
彼女を自慢できて、俺もご機嫌だ。
やっぱり、定期的に彼女のことを話さないと駄目だな。
「妾もその一人になりたいのぉ…」
「ま、頑張り次第だな」
「うむ、頑張るから覚悟しておけ?」
「いいのか? 俺がお前を倒すより難しいぞ?」
「「 へへへ 」」
廊下に同じ規則の足音が響いた。




