3人で仲良く ー竜殺しの証ー
半年が経過した。
俺は長耳族の村にいた時にいつの間にか11歳になっていたみたいだ。
フィルティアもこの半年でだいぶ馴染んできたと思う。
「ちょっと、ここ教えなさいよ」
「えっとね、ここは┈┈┈┈┈」
「ここを教えてくれ」
「えっとね、これはね┈┈┈┈┈」
こんな感じでマオとエミリーとも仲良く話せる。
最初の頃はたどたどしく話していたもんだが、今はスムーズに話せている。
エミリーの高圧的な態度にも、マオの無愛想な態度にも愛着みたいなのが感じられているだろう。
俺も2人のそういうところ案外好きだからな。
ちなみに、ウォルテカは既に帰っていた。
何年か留まる予定だと聞いていたが、早めに帰ったらしい。
「シャル、ここが分かんないんだけど」
「ああ、ここはですね┈┈┈┈┈┈」
フィルティアに教える。
なんかこういうのいいな。
美少女3人に囲まれて過ごす穏やかな日常。
前世の俺なら考えられなかったな。
俺が学生の時は女の子から話しかけられることなんてもちろんなかった。
俺に用があったとしても、誰かを経由してじゃないと要件を伝えられないほど俺はアレだったのだ。
とりあえず一通りの授業が終わって、休憩時間に入った。
「みなさん、明日って用事ありますか?」
「ないわね」
「ない」
「ないよ」
「でしたら、気分転換に遠足にでも行きませんか?」
遠足と言っても、前回みたいな遠出ではない。
ちゃんと国内だ。
ユラーグだってそれくらいは黙認してくれている。
エミリーとの一件から、なんだか懐が大きくなっている気がする。
国内と言ってもこの世界には人攫いが普通にあるので、一応遠巻きに護衛をつけてもらうが、役目はほとんどない。
フィルティアもここでは忌み子扱いなんて受けないし、気軽に外に出れる。
最初はビクビクしていた彼女も慣れたものだ。
ただ、昔人族と長耳族の間でいざこざがあったせいで、物珍しそうな目を向けられるだけだ。
フィルティアのとんがった耳は可愛いからかもしれないが。
それよりも、明日はピクニックだ。
出来る男っぷりを見せてやろうじゃないか。
―翌日―
雨でした。
消し飛ばして晴れにしました。
今は街道を歩いて目的地へ向かっている。
「シャルはすごいね。天気まで変えられちゃうんだから」
「練習すれば誰でも出来ますよ。王宮にはこのくらいゴロゴロいるでしょうしね」
「天気を変える魔術師なんて見たことないわ」
エミリーがそんな嬉しいことを言ってくる。
てことは俺ってめちゃめちゃ強い人ってこと?
やだよ、そんなに褒めても何も出やしないわよ。
全く、エミリーには後で俺の特別授業を受けてもらいましょう。
まあどうせ、天気を変えるのは自然を壊すことだからやらないだけだろう。
そんなもので威張る俺じゃない。
「私にもできるか?」
マオがワクワクした目で聞いてくる。
「できますよ」
実際、魔術は簡単だ。
初級でも使えば使うほど総魔力量は多くなるし、魔術の扱いが上手くなってちゃんとイメージが出来れば次の級の魔術も出来る。
てことは、練習すれば誰にでも出来るのだ。
それをこれみよがしに見せつけたところで、格好悪いだけだろう。
「シャルみたいに嵐を起こしてみたいな」
マオがポツリとそんなことを。
「へぇ、いつ起こしたの?」
フィルティアが食いつく。
「確か森に冒険に出かけた時だったか……半年前だな」
「………………え?」
フィルティアがこっちをじーっと見てくる。
何かやましいことでもアッタカナ?
嵐を意図的に起こす?
そのせいで長耳族で忌み子として扱われている可愛い子供にとばっちりがいくなんて話聞いたことがある気がしなくもないが…
俺とは無関係だ。
そんな悪い魔術師がいたら、この俺がコテンパンにしてやるところだ。
「ど……どうしました? フィルティア」
狼狽していることを悟られないよう努める。
そう。
何もやましいことなんてない。
俺はただ、エミリーとマオと一緒に冒険に出かけたかっただけなんだ。
「…………」
未だ胡乱気な目で見てくる。
まさかバレてる?
そんなわけ。
ここから俺が土下座したのは僅か1分後のことだった。
―
ピクニック場へと着いた。
場所は人通りが少なく、小さい丘。
そこの突起した部分はちょっとした崖になっていた。
そこには1本の木が植えられて、非常に雰囲気がいい。
侵食される要素がないのに崖になっているのは、人工的に作られたからだ。
ここ、レノアーノ王国は自然と街が綺麗に分けられている。
王宮から1時間も歩けば着く。
「ここで昼食でも取りましょうか」
弁当は俺が持ってきた。
メイドに作ってもらったサンドイッチと、貰ったジャーキーだ。
マオはバスケットから肉の匂いを既に感じ取っていたのか、歩いている時には既に涎を垂らしていた。
だが、3人ともバスケットを見るでも、眼下に広がる綺麗な風景を見るでもなく、ただ空を間が抜けた顔で見ていた。
1人だけがそうしているだけなら俺も気のとめなかっただろう。
だが、3人とも同じ表情で、同じ所を見ているのだ。
そこから感じ取れるのは異様。
つられて見てしまった。
そこにあったのは、いや、そこに在ったのは空を飛ぶ竜。
飛竜だった。
巨大な体躯に、雄々しい翼。
悠々と飛翔するその姿は、他の生物を逸した存在だと証明するには十分だった。
その竜は、鋭い眼で俺たちを捉えていた。
そう。
俺たちを。
「ちょっと! こっちみてるじゃない!」
「に、逃げよう!」
「飛竜からは逃げられん」
やばい、パニックだ。
あのなんでもかかってこいのエミリーですら、逃げ腰になっている。
マオは仁王立ちで、飛竜を見据えている。
というか、なんで飛竜は俺たちを見てるんだ?
美味しいものなんて何も持っていないのに…………
ふと俺はバスケットの中身を思い出す。
マオが涎を垂らすほどいい匂いのジャーキー。
やべ、これ俺のせいか?
そんなことを考えている間も、飛竜は俺たちの方に真っ直ぐに向かってくる。
護衛の騎士は対空手段を持っていないし、ここでまともに攻撃できるのは俺とフィルティアだけだ。
だが、フィルティアは戦慄の表情をしている。
ここは俺が動くべきだろう。
ドラゴンと戦うなんて夢だしな。
俺は右手を飛竜に向けて突き出し、魔力を込める。
使うのは俺オリジナルの固定魔術だ。
今まで魔物が出た時もこいつを使えば全員が木っ端微塵になる。
どんな存在にも通用する。
そう思った。
飛竜を囲む。
あとは思い切り引っ張るだけだ。
その後はいつも通りの醜穢な音を聞けばいいだけ。
思い切り引っ張る。
パリンッ!
聞こえたのは全く予想外の音。
………は?
俺が呆然と立ち尽くす中、攻撃を受けたと思った飛竜が俺を目線の先にとらえ、息を大きく吸い込む。
この動作には見覚えがある。
息吹だ。
そう思い立ったとき、俺は咄嗟に飛竜に向けて大量の水を放った。
と、同時に飛竜から息が吐き出される。
予想通り、吐き出されたのは炎。
俺の魔術と相殺されて水蒸気が起きる。
その蒸気を突っ切って飛竜がとてつもない速さで向かってくる。
その鋭い視線は初めから俺を殺すのが目的と言わんばかりに、真っ直ぐと俺を捉えていた。
「マオ!」
「なんだ」
「2人を連れて逃げてください! あいつは僕に向かって来ています! 今のうちに!」
「だめよ!」
答えたのはエミリーだった。
「そんなことしたらシャルが死んじゃうじゃない!」
おいおい、なんだよ。
こんなところで感動の物語を築こうって言うのか。
とても嬉しいことだが、今はそんなことを言っている暇は無い。
「大丈夫です! 奴からはそれほどの脅威を感じません!」
はったりではない。
あいつからは生命を脅かされるほどの恐怖は無い。
前世のトラックの方が怖かった。
荒唐無稽かもしれないが、そんな気がするのだ。
それに、いい所を見せようとここに来たのだ。
ここで逃げたら格好悪い。
「エミリー、フィルティア、マオ、安心してください。僕はこんなところで死ぬほど、無責任な教師になったつもりはありません! 最後まで面倒見ます!」
そう言いつつ、火、土、水、風、固定。
あらゆる属性で牽制する。
自分でも格好いいことを言っていると思う。
今はドーパミンが出て、なんだかハイってやつになっているのかもしれない。
そう、俺は今興奮している。
飛竜に対して自分の魔術をぶつけられることに。
魔術が効いている素振りはない。
だが、時間は多少なりとも稼げている。
それで十分。
これでトドメを刺すつもりはないのだから。
動きにくい上着を脱ぎ捨てる。
3人のことを振り返らずに、俺は今自分に出来る最大の魔術を使う。
右手にありったけの魔力を込める。
今までこんなに魔力を込めたことはない。
震える『右腕』を左手で抑え、魔力を詰め込み終わる。
そして、最大の魔術を唱えた。
「『水の御業』!!」
ジェフから教わった初めての蒼級魔術。
放たれたのは水で構成された鋭い三本爪を持つ、巨大で恐ろしい龍の手。
それが何者をも握り潰さんとする勢いで放たれている。
生物に向かって放つのは初めてだ。
飛竜に一直線で飛ぶ。
それを見て飛竜が戦くように後ろへ下がる。
飛竜へ『龍の手』が命中する。
ピシャアン!
聞こえたのは間が抜けた音だった。
まるで、水弾を壁に撃ったような……
飛竜を視界に捉える。
あいつはピンピンしていた。
一瞬、戦慄が走る。
この魔術で駄目だったら、もう勝てる手立ては無い。
だが、それは直ぐに高揚へと変わった。
飛竜の目の前にいたのはもう一体の龍。
飛竜よりも一回り大きく、筋骨隆々とし、太く逞しい尾をもつその姿。
体は水で構成されてはいるが、その圧倒的な存在感に目を奪われた。
翼を持たないにも関わらず、それは2本の逞しい足で空中に立ち、飛竜を見下ろしていた。
その龍は役割を分かっているかのように飛竜をその鋭く大きい鉤爪で撫でた。
水で構成されているにも関わらず、その切れ味は非常に鋭く感じられる。
飛竜の片翼が千切れ、バランスを崩す。
だが、そこは竜。
片方だけでも空を飛び続けている。
負けじと息を大きく吸い込み、息吹を放つ。
俺に向かって撃ったものよりも遥かに激しい炎が吹き荒れた。
あの龍の姿は見えない。
と、息吹を吐き続けている飛竜の口を龍が炎をものともせず、頭ごと大きな手で掴む。
飛竜の頭を掴んで余りあるその掌は飛竜の首を易々と引き千切った。
飛竜の死体が噪音を散らし、地面を叩いた。
あの龍は既に霧散していた。
と、同時に魔力が少し戻ってくるのを感じた。
俺たちは事の顛末をただ見ていることしか出来なかった。
マオ、エミリー、フィルティア。俺までもがその中に含まれていた。
「シャル! すごいわね!」
沈黙を破ったのはエミリーの興奮した声だった。
それは好きな有名人にでも会った子供のようだった。
目がキラキラしているとはこのことだろう。
マオは口を小さくポカンと開けて呆けたように俺を見ている。
フィルティアは手で口を抑えてエミリーと同じ目を向けてくる。
手の中で口が開かれているのが分かる。
フィルティアも驚いているのだろう。
俺だって驚いてる。
「いや……僕もあんな凄いのが出るとは」
そうだ。
あんなのが出るとは思ってもみなかった。
ジェフに教わったときは手だけだったし。
通りで魔術の覚えが悪かったわけだ。
魔術にはイメージが重要と知っているだろうに…
まあ、教わったおかげで今回は危機を脱することが出来たのだから良しとするか。
この後俺は王宮に帰り、飛竜の報告をすると、竜殺しの称号を得ることとなった。
ー
竜殺しの称号を得て1ヶ月が経った。
正式な授与は後日やるみたいだが、竜殺しの称号を手に入れたのだ。
今夜はパーティが催されている。
俺もいつもより気合いを入れて出席することになる。
なにせ、今回は主役だ。
竜殺しとは本来選ばれた英雄にしか与えられないもの。
それを今回、レノアーノ王国の貴族が取ったとして、他国からもお偉いさん方が集まっていた。
竜殺しと言っても、俺の知っているものではない。
俺も本で読んだだけだが、俺の知る竜はもっと強大な描写が多く含まれていた。
一国を滅ぼしたとか、逆にその背中に国を乗せているとかだ。
それに比べたらあの飛竜はお子様だろう。
実際にあの飛竜は若い竜だったって聞いてるし。
それなのに竜殺しと広められているのは、単に国力を主張したいとかそんなのが含まれているのだろう。
当人としては遣る瀬無い気分だ。
「いやはや、その歳で竜殺しとは、さすがテラムンド家のご子息ですな!」
「シャル殿の将来が楽しみですな!」
「私、強い方が好みなの」
そんな気持ちを余所にそんなことを止めどなく言われている。
正直、疲れる。
知らないおっさんに褒められたり、知らないマダムに口説かれたり。
俺はあの3人とキャッキャウフフしたいのに、周りにいるのは俺の精神年齢と同じか、それ以上の人達ばかりだ。
とりあえず、人の波が収まった。
あの3人はまだ準備中だ。
3人が来るまでの間、俺はエミリーの誕生日会の時に悪口を言っていた奴らに顔を合わせたりしようと思う。
そいつらは顔を合わせると、あからさまに青い顔をする。
こっちは覚えていない風を装って話しかけて、謝ってきたら寛大に許し、ラッキーと思って謝ってこなかったら問い詰めたりして、小一時間。
パーティ用に髪を編んだエミリーが来た。
今回は純白のドレスではなく、真紅のパーティドレスだった。
非常に似合っているが、彼女の性格を知る俺としてはこの色にしたことで、暴力性が増した気がする。
「エミリー、今日は一段と綺麗ですね」
「っ…! あ、ありがとう……」
あれ?
なんだか今日は反応が悪いな。
いつもだったら『当然よ!』とか言って胸を張るのに。
だが、俺はその理由を知っている。
彼女の紅潮した頬を見れば一目瞭然だ。
つまり、そういうことだ。
ぐへへ。
っと、いけない、いけない。
今はそういったことは早い。
エミリーだってそうしたことはよく知らないだろう。
俺が直接教えてやりたい気分になるが、俺だって未経験なのだ。
最初はいいシチュエーションでやりたい。
お互いが後悔しないように、だ。
と、フィルティアとマオがやってきた。
フィルティアは本来なら肩が露出しているはずの白いドレスに、仕立ての良い黒いマントを羽織い、露出する部分を隠している。
両服とも足元が隠れるほどの長さのある丈で、魔術師っぽい格好だ。
絶対強い。
マオは肩と脚を露出させたマーメイドドレスだ。
はっきり言って、かなりエロい。
その破壊力は凄まじかった。
健康的な肌を露出させたそれは俺にとってどストライクだった。
スラッとした体に、ゆらゆらと揺れる尻尾はまるで、男を挑発しているようだった。
それはそうと、マオはなんであんな扇情的なドレスを着ているんだ?
マオが初めて来た時もパーティは小さいながらもやった。
その時のマオは普段の格好だった気がするのだが……
「ま…マオとフィルティアも…とても綺麗ですね」
俺は努めて表情を整える。
これ以上、あの姿を見るのはアカン。
何がアカンってあれがあれなのだ。
「どうした?」
「……い、いえ、その、おふたりの姿が眩しすぎて……つい」
何とか誤魔化す。
ジェフの口調はどんな時でも使えるから、覚えていて良かったと思う。
「そうか。それはよかった」
何がいいんじゃ!
こちとら、息子を抑えるのに必死だと言うのに。
全く……今夜はお世話になります。
俺は顔を背けているので表情は分からないが、マオの口調は嬉しそうだった。
そうだと分かっていても、俺の息子は独り立ちの準備をしている。
純粋な笑顔を向けてくれる彼女にこんな邪な姿は見せられない。
俺はテーブルに置いてあるグラスを手に取り、それを仰ぐ。
冷たい水が喉を通って体温を下げてくれる。
よし、少し冷静になれた気がする。
「シャル、大丈夫?」
フィルティアが顔を覗き込んで来る。
この子は癒し系だな。
この純粋無垢な顔をめちゃめちゃに………って、違う違う。
まだ冷静さを取り戻しきれていないな。
今度は自分で水を出して、再度仰いだ。
かなり冷たくしたので、体温も先程よりも奪ってくれる。
よし、今度こそ大丈夫だ。
「……ありがとう………フィルティアもお綺麗ですね」
「う、うん、ありがとう。でもこの服ちょっと恥ずかしいんだよね…」
そう言って、フィルティアは自らの体を隠すように、マントの襟をキュッと掴む。
「フィルティアはスタイルがいいですから心配ないですよ」
「そ、そうかな……」
「ええ、僕の理想ですよ」
「そ、そう……? えへへ…」
フィルティアの頬が緩み、体をモジモジさせる。
それにつられて、俺の頬も弛緩してしまう。
まあ、こんなセリフは自分に好意を持っていると分かっているからこそ言えるものだ。
前世の俺が言ったのだとしたら笑顔ではなく、戦慄の顔を向けられただろう。
ー
その日はみんなとダンスをして過ごした。
3人ともダンスは不得手だったが、俺が格好よくリードした。
俺はこの半年の間に、こんなこともあろうかとダンスの授業を摂っていたのだ。
エミリーの代わりに。
エミリーは未だに俺の授業しか出てくれないらしい。
……ま、いっか。
―自室にて―
マオのアレにお世話になったあと、俺はとあるものの開発を熟考していた。
それはプリン。
前世の俺は甘党だった。
甘党だったが故に、若い時でも太っていたと言っても過言ではないぐらい甘いのが好きだった。
だが、この世界には甘いものが少ない。
食べたいと思ってもそんな簡単に手に入るものではなく、産地も限られているためますます難しい。
そんな甘党だった俺が11年もよく耐えられたと思う。
だが、思ったよりもそれは苦ではなかった。
遺伝子が変わったからか、美少女の甘さに当てられているからか。
そう。
遺伝子が変わっているのだ。
身体の創りが変われば、性格だって変わってくるだろう。
そう!
性格だって変わるのだ!
前世の俺だったら、可愛い女の子と一緒の部屋で寝て、手を出さないヘタレではなかったのだ。
そう。
これは俺自身がヘタレなのではなく、遺伝子がそうさせているのだ。
昔は出来たんだけどなってやつだ。
うん。
そうだろう。
とは言っても、やはり甘いものが恋しくなる。
王宮でも出ないことはないが、俺の知っている甘さではない。
明日からプリンを作ってみることにしよう。
3人にも味わってもらいたいしな。
―翌日―
プリンの材料を買ってきた。
前世でも自分で作ったことがあるため、なんとなくだが覚えていた。
買ってきたのは、羽鶏の卵、地犀の乳、砂糖は売っていなかったが、王宮のを持ってきた。
どうやら、砂糖は高価らしい。
一般人が手を出せないほどに。
昔は親父に対して、人間は砂糖水だけでどれくらい生きれるのか試したことがあった。
あいつも贅沢してたんだな。
全部で一抱えぐらいの量を買ってきた。
卵、乳、砂糖はいずれも前世のものよりも若干色が付いている。
卵は若干黄色がかっていたり、乳は赤っぽく、砂糖は黒っぽかった。
味は大体同じだから大丈夫だろう。
場所は王宮シェフ達が使う調理場。
調理を始める。
―1時間後―
出来た。
なかなかの出来だ。
前世のプリンとさほど遜色はない気がする。
だが、肝心なのは味だ。
スプーンを手に取り、いざ…
「何してるんだ?」
と、いい所でマオがやってきた。
俺は手に取ったスプーンを置く。
「ちょいとお菓子を作ろうと思いまして」
「うまそうな匂いがしてやってきたが……これか?」
マオは屈んでテーブルに置いてあるプリンを見つめる。
「はい、プリンと言うものです」
「聞いたことがないな……うまいのか?」
おっと、肉食系のマオさんでも気になりますか。
既に垂涎している。
「ええ、甘くてまろやかですよ」
「ほう……どれ」
マオがスプーンを持たずに皿ごと持ち上げ……それを口に運ぼうと…
「駄目ですよ」
寸前で止めた。
「…………」
マオが我慢をさせられた子供のような表情になる。
「駄目ですよ?」
未だ皿から手を離さないので、釘を刺す。
マオが未だ物欲しそうな顔をして皿を置く。
「また今度沢山作りますから、その時に食べましょう」
「……ああ」
マオが悲しげな表情をする。
え?
ちょっと、マオのこんな顔見たことないんだけど!
やばい、ものすごく悪いことをしている気がしてきた。
まあ、プリンなんてすぐ作れるし、このプリンも1口ぐらいなら分けれる大きさだし…
いや!
マオの初めてのプリンを試作品で済ませる気か?
マオ的にはそれでもいいのだろうが、俺の中の校長先生が言っている。
『初めては大切にしなさい』と。
そうだ。
初めてってのは大切なものだ。
マオには悪いが、今は我慢してもらおう。
完璧なものが出来たら、マオに1番にあげよう。
それで許してもらおう。
コンコン
1人で納得していると、扉がノックされた。
「メイアです」
俺専属メイド(違う)のメイアさんだ。
いつも通りキリッとした目で、できる女っぽい見た目の人だ。
眼鏡とかは絶対似合うと思う。
『どうぞ』と一言だけいい、扉が開かれる。
「シャル様、エミリーお嬢様がお呼びです」
「エミリーが? なんでですか?」
「『秘密にせよ』と命じられているので…」
「あ、そうでしたか。分かりました」
秘密の呼び出し?
心当たりがない。
ま、いっか。
「ではマオ」
「ん? なんだ?」
「プリンを不審者から守ってください」
「……ああ、分かった」
不審者と言っても、プリンを最も狙いそうなのはマオなのだが。
まあ、幾ら食い意地の張ったマオでも少しぐらいは我慢できる……よな?
万が一誰かがつまみ食いして、体調を崩されても困るからな。
不安だが、ひとまずはエミリーのところに行こう。
「では、任せましたよ」
「うむ」
―
メイアさんに案内され、着いたのはエミリーの自室。
自室にしてはかなり広く、豪奢なインテリアに大きな窓。
自室と言うには広すぎる部屋だ。
部屋に入ると、いつもの仁王立ちをしてエミリーが待っていた。
式典用の格好をして、その両隣にはメイドさんが2人。
その片方のメイドさんが紙を持っている
「よく来たわね!」
いつもの元気な声だ。
若干、誇らしげな態度。
胸を張って、笑顔を浮かべている。
何かいい事でもあったのだろうか。
周りも何やら行事ごとのように並んでいる。
謁見の間を思い出すな。
騎士よりはメイドや執事が多いが。
「これより、顕彰の儀を始めます」
紙を持っているメイドさんが高らかに宣言すると、拍手が起きた。
それと同時に、俺は跪く。
「シャル・テラムンド殿。貴殿は打ち付けの飛竜襲来に於いて、身を呈して姫を御護りし、果ては討伐に成功しました。この功績を讃え、騎士号、並びに執事の称号を与えます」
おお、つまりは褒められているわけか。
というか、俺ってまだ執事じゃなかったんだな。
「飛竜討伐の証として、『竜殺し』の贈呈を」
エミリーが俺の前へ出て、その綺麗な首に掛けているネックレスをとる。
そして跪いている俺の首に掛けた。
拍手が巻き起こる。
「では、忠誠の誓いを」
エミリーが左手を俺に向けて差し出してくる。
異世界だからこういうものは前の世界と違うと思ったが、どうやら一緒らしい。
全く一緒なんてこともあるもんだな。
俺は片膝をついたまま、丸めていた背を伸ばし、右手でエミリーの手をそっと掴みながら、キスをした。
誓いをしたとき、出入口付近のメイドさんが、扉を開けて『誓い、しました』と言っていたが無視しよう。
エミリーを見ると、顔を赤くし、目を細めて、右の手を口の辺りに置いている。
普段はしない乙女な顔だ。
このまま夜の儀式を執り行いたい気分だが、今は昼間だし、人目もある。
そういうのはまた今度にしよう。
そうして俺は、エミリーの正式な騎士兼執事となった。
―
表彰を終えたあと、俺は弾む気持ちで調理場へと向かった。
いやぁ、竜殺しとかは正直よく分からないが、エミリーのあの顔を見れただけでも最高の気分だ。
形式的なものとは分かっているが、手の甲にキスとは言い知れぬ何かがあるな。
調理場の扉を開ける。
「マオー、ちゃんと守っていました……か?」
マオの顔を、正確には口元を見る。
続いて、アレがあったはずのテーブルを。
「「 …………… 」」
2人の間に沈黙が流れる。
「マオさん?」
「………」
無視される。
「マオ、僕はここにあるプリンを護ってくれ。そう言いましたね?」
「そうだな…」
「どういうことでしょうか?」
「…や……やばかった」
普段使わないようなこと言いやがって!
「……獣族の鼻があれば、犯人を特定するのは容易かと思いますが」
「う、うぅ…んん…」
ここで『そうだな』なんて言ったら犯人だとバレるのが分かっているからこその曖昧な返事だ。
言いよる度に顔を背けていく。
「マオが見つけてくれたり、白状をしてくれたら、ジャーキーをたんまりあげるのですが?」
「私がやった」
こいつ!
あっさり白状しやがった!
どんだけ食に貪欲なんだ。
「はあ……やっぱりマオでしたか。もう一度言いますが、僕はプリンを守ってくれと言ったんですよ?」
「おい、早く肉をよこせ」
こんのアマァ!
なに逆ギレしてんだ!
……まあ、試作品だし、体に異常がないならいっか。
完璧なものが初めてではないのが少し残念だが、まあいい。
マオに肉をあげる。
今日はこのまま制作に励むとしよう。
「ではな」
「はい、また明日」
ジャーキーを咥えたままマオは部屋を出た。
調理場には俺1人しかいなくなる。
…………感想聞くの忘れたな。
―
ひとまず味と見た目が安定してきたので、今日は終わりだ。
夜も更けてきたぐらいだろうか。
今日は部屋に戻って魔術調整だな。
そう。
俺は飛竜を倒してから固定魔術の訓練に勤しんでいる。
なぜあの時はパァンとならなかったのか、それを確かめる必要がある。
俺の必殺技が子供竜に通用しなかったのだ。
あいつよりも強いやつはゴロゴロいるし、あんなのがひょっこり出てくるんだ。
蒼級魔術が効かないやつが出てきたっておかしくはない。
いざって時にエミリー達を護れないのは嫌だしな。
部屋の前まで着き、ドアノブに手をかける。
ゴソゴソ
「…?」
不自然な音がする。
布と布が擦れ合うような音。
俺専属メイド(違う)のメイアさんか?
ベッドを整えてくれているのだろうか。
だが、それはいつも朝にやってくれる。
今日だってもう済ませたはずだ。
んん?
ガチャ
ドアを開ける。
そこにはマオがいた。
マオが俺のベッドで寝転がっていたのだ。
俺の服をシーツと抱き枕の代わりにして。
俺の服は全部執事服のため、部屋が白黒のモノトーンになっている。
んん?
「あの……マオさん?」
「ん…? ああ、シャルか……どうした?」
え?
『どうした』って……え?
なに、俺が間違ってるの?
考えている間も、マオはゴソゴソと動いている。
「あ、あの……今は、何を?」
「……マーキングだ」
『マーキング』…
自分の匂いをつけるやつか?
いつもの凛とした顔で言われるとなんだか面白い絵面だが、状況のせいで頭が追いつかないな。
「な、なぜ僕のベッドに?」
「優秀なオスは早く取らなければならん」
「優秀なオス?」
「お前のことだ」
『優秀なオス』、『取らなければ』……ふむ。
なるほどなるほど。
「……つまり?」
「私はお前を狙っている」
亮然と、目を見て言われた。
これって告白か?
告白だよな。
しかし、なぜ急に告られたんだ?
惚れられる心当たりが無い。
いつの間にか俺の服を抱き抱えた、ベッドの縁に座り直したマオと目が合う。
返事を待っているのだろうか。
正直に言って、めちゃくちゃ嬉しい。
なんたって、攻略不可能と思っていた美少女が告白してきたのだ。
今ならトリプルアクセル出来ちゃいそうな気分だ。
「…私は帰るとしよう」
突然だった。
そんなに待たせていないつもりだったが、長かっただろうか?
優柔不断なオスだと思われたか?
「こんなところをお前に見られるとは……私もまだまだだな…」
なんてことを頬を赤くし、右手を口の辺りに置きながら言った。
ちょ!
めちゃ可愛いんですけど!
こんなマオは見たことがない。
さっきの発言は痺れを切らしたからじゃなくて、恥ずかしさから出たものだったのか。
「ではな…」
マオはベッドに皺苦茶になった俺の服を名残惜しそうに撫でてから立ち上がり、そう言った。
「ちょっと待ってください」
俺はそれを制した。
こんな状況で帰るなんて勿体ない。
「……撫でさせてもらっても……いいですか?」
マオのことは定期的に撫でてはいるが、今撫でたかった。
「……恥ずかしい…から、後でじゃ……だめか?」
マオらしくないたどたどしい言い方だ。
今は全てが可愛く見える。
「今じゃないと駄目です」
俺がそう言うと、観念したかのように頬を赤く染めながら、縁に座った。
俺もそれに続いて、マオの右隣に座る。
マオが頭をこちらに傾けてくる。
いつも見ているこの動作が、やけに可愛く写ってしまう。
左手で頭を撫でる。
しっとりとして、艶やかな髪だ。
撫でるのが気持ちいい。
長い髪を伝ってマオの腰を触る。
ビクッとしながらも抵抗はしない。
尻尾がピンと立って、緊張しているのが分かる。
……これは『いける』ってことではなかろうか。
マオの前に回り込み、ベッドへと押し倒す。
マオの筋肉質な体が俺によって倒されたのだ。
俺を受け入れてくれている。
そう思い、腰から腹を伝うように触る。
そして、その大きな胸に┈┈┈┈┈
ガシッ
手を掴まれた。
マオに。
「……え?」
「まだ早いだろ?」
早い?
むしろ完璧な時間帯だと思うが……
「そういうのは結婚する時に…だろ?」
今の俺に疑問符が浮かんでいたのだろう。
聞くより先に答えてくれた。
「そうなんですか?」
「…? そうだろう?」
既にマオの顔からは熱が引いていた。
俺の息子はこれからだっていうのに…
さすがにこのまま終われば生殺しだ。
俺は再度手を胸に…
「おい」
手を掴まれた。
さっきよりも強く。
「まじですか」
「まじだ」
まじか…
本人が嫌だと言うなら仕方ない……か。
すまんな、息子よ。
50年も使ってやっていないが、思い出の中でじっとしていてくれ。
俺はそっとマオの上から退いた。
マオも起き上がる。
「では、失礼するぞ」
「……はい」
俺は力無く座りながら俯いている。
あそこの方は上を向いて立っているのだが。
「……悪いな」
銷魂さを隠そうともしない俺にマオが謝ってくる。
「……いえ、常識を知らない僕が悪いんです。むしろ、無理をさせて申し訳ありませんでした」
その気ではないのに体を求められるのはきっと怖いことだ。
幾ら俺でもそこまでは要求しない。
「いや……」
マオがモジモジしながら否定してくる。
彼女も何を言ったらいいのか分からないのだろう。
そっと俺の耳に口を近づけ…
「本当は……いやじゃなかったぞ」
思いっきり頭をあげた。
今の速度はこの世で一番速かったと思う。
きっと、残像が何重にも見えたことだろう。
だが、既にマオは部屋を出ていた。
……獣族の身体能力恐るべし。
ベッドに横たわる。
とんでもない目に遭った。
それにどっと疲れた。
目を閉じる。
ふと匂いを嗅ぐと、マオの匂いがした。
マーキングされた俺の服からだ。
その日は朝まで自分でした。