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奉仕転生〜死んでも奉仕する〜  作者: 白アンド
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ただいま! ーおかえりなさいー

フィルティアが仲間になった!


これで未来の花嫁候補が1人増えたのだ。

やったぜ。


フィルティアと一緒に帰ることにした俺たちは村の人に馬車を用意してもらい、それで帰ることにした。

ちなみに、馬車を引くのはあのでっかいトカゲだ。


護衛の人を連れていくと言われたが、断っておいた。

俺だって、冒険っぽさを味わってみたいじゃん。


そんなわけで、地図を見ながら王宮に向かうのだった。



俺はふと思ったことをエミリーに問いかけてみた。


「エミリー」

「なに?」

「僕って嵐に巻き込まれた責任とか取らされるのでしょうか?」


思えば、この修学旅行的なのは俺の提案から出たものだ。

そして、結果的にエミリーの身に危険が迫ったのだ。

責任追及をされても不思議ではない。

死にはしないと言ってくれれば、不安は無くなるのだが。


「………………」


……え?

その沈黙はやめてくれない?

本当に怖いんだけど。

やだ!

死ぬのはやだ!


「え……エミリーさん?」

「…………大丈夫よ」

「ほんとですか?」


情けない顔をしているという自覚はある。

だが、確認せざるを得ない。


「大丈夫よ。私が守るもの」


なんだか、どこかのパイロットのような台詞だ。

エミリーが働きかけてくれるのなら、ユラーグのおっさんも俺をどうにかしようとは思わないだろう。

これで安心できる……のかな?



王宮への道中、色々な魔物とあった。

5メートル程の巨大な翼の生えた毛蛇(ダウンスネーク)

3メートルの体躯で、5メートルもある長く、太い尻尾をもつ尻尾亀(テールタートル)

木を隠すなら森の中、木に化けた魔物、トレント。

こいつが1番多かった。

途中、宝箱っぽいものがあったが、全て無視した。

あれも魔物だろう。


魔物たちに会うと、マオたちが意気揚々と戦おうとしていたが、今回は俺に任せて欲しい。

自分がどれだけこの世界でやっていけるか、まだ分からないのだ。

固定魔術も戦闘に取り入れてみたい。


ということで、毛蛇(ダウンスネーク)が出てきたので、固定魔術をつかう。

どうやって固定魔術を戦闘に組み込むのか。


まず、魔物を固定魔術で囲む。

透明な箱に入れているような見た目だ。

そして囲むことに成功したら、思いっきりそれを引っ張るのだ。


小さい箱を無理やり大きな箱にする。

つまり、箱の中の気圧変化で戦うのだ。

中の魔物からすれば、深海からいきなり地上に出された感覚になるだろう。

実際に使って見ることにした。


ぴゅぱちゃあん!


思った通り……いや、それ以上にグロかった。


やる前は、目ん玉が出てくるぐらいかと想像していた。

だが、俺の想定を遥かに上回り、魔術は魔物の皮膚をビリビリにし、内蔵をぶちまけさせた。


透明な壁に蛇の内蔵が張り付いている。


それを見た面々の反応はさまざまだ。

マオは何事もないような顔をしている。

フィルティアは青ざめた顔を。

エミリーは『ふんっ』としている。


フィルティアには悪いものを見せた。

後で介抱しなきゃいかん。


すると、マオが固定魔術の壁に近づいて行く。


「シャル、これはなんだ?」

「僕が作った固定魔術です。こんな戦闘向きなものだとは思いませんでしたよ」

「…………」

「フィルティアは大丈夫ですか?」

「う、うん…まあ」


未だ気分の悪そうな顔をしているが、すぐに治るだろう。

念の為、治癒魔術をかけておく。


フィルティアの額に手を当てて治癒魔術を使う。

淡い光がフィルティアの顔色を良くしていく。


「ありがとう…」

「いえ、悪いものを見せました」


謝罪を済ませて、先に進む。


長耳族の村から王宮へはそう遠くない。

2週間もあの村に滞在していたため、かなり遠くまで来てしまったかと思ったが、そうではないらしい。


なんでも、長耳族は鎖国的なことをしているのだという。

人族と昔争いがあったらしい。

まあ、俺には関係の無い話だ。

こうしてフィルティアと仲良くなれたのだから。


そんなこんなしているうちに、日が暮れた。


今日はこの森で野宿だ。

野宿なんてしたことなかったから、案外ドキドキしている。


馬車を置いて、焚き火をし、広めのテントを土魔術で作った。


「そういえば、エミリーとマオは2人で森にいたんですよね?」

「ああ」

「ええ」

「危なくはなかったですか?」

「特に何も無いな。ここの魔物は弱いからな」

「そうね」


なんと逞しい。

普通の女の子ならトラウマになってもおかしくないと思うのだが、この世界の女の子はそんなにも強いのだろうか。

……いや、この2人が例外なだけだな。


「でも、マオのせいで一回だけ危ない目にあったわ」


エミリーが不満の混じった声で言う。


「ほう、どんなですか?」

「マオったら、森の木ごと斬るせいで避けるの大変だったんだから」

「こいつが鈍いだけだ」


エミリーがキッとなって、俺がそれを宥める。

いつものことだ。


「木以外にもなんか大きな像も斬ってたわ」

「像? それは凄いですね」


石まで剣で斬れるとは、まさに達人芸だな。

上級魔法なら石ぐらいは斬れたり、壊せたりするだろうが、体でやるのは相当の鍛錬が必要だろう。


「お前の魔術の方が凄いだろう」

「魔術は誰が使っても一緒ですよ。そんなに凄いものではありません」


なんて謙遜をしているが、正直魔物を倒した時はかなり興奮した。

『僕、ちょっと強いかも』と。

だが、前世で40年間過ごした俺は数々のストーリーを知っている。

慢心するやつだったり、他人を見下すやつは大抵嫌な死に方をするものだ。

俺はそういった死に方はしたくない。


慢心せずにに生きる。

そして、美少女に囲まれて過ごすのだ。

魔物とかは二の次だ。


「フィルティアは魔物と戦ったことはあるんですか?」


先程からあまり喋れていないフィルティアに声をかける。


慣れたとはいえ、まだ気軽に話せる間柄ではないのかもしれない。


「私は…ずっと家にいたから…」


前世の俺と同じだな。


「授業ではちょくちょく外に出ますが、大丈夫ですか?」

「う、うん……シャルが一緒なら…」


嬉しいことを言ってくれるじゃないか。

今すぐ襲ってやりたい衝動に駆られる。


………いや、まだ早い。

焦るな、俺は我慢のできる男だ。


まだ未成熟の子供に手を出して、将来美人になった時に疎遠になってしまったら嫌だ。

ならば、今のうちは頼りになる大人を演じていようじゃないか。


うん。

大丈夫だ。

俺は紳士な大人だ。


そんな会話をしながら、今日は寝についた。



翌日、王国が見えてきた。


5メートル程度の城壁に囲まれた国だ。

広大な都市を囲む城壁はこの国の力を表している。

なんでも、このレノアーノ王国は世界でトップクラスの国力を誇るらしい。


ということはエミリーもそれに伴ったお嬢様と言うことで…

俺はそのお嬢様を危険な目に合わせたってことで…


あれ?

俺って重犯罪者?


そんなことを考えている間に正門へとたどり着いてしまった。


「あの……エミリー……様?」

「なに?」

「僕って死刑にされるのでしょうか?」

「ならないわよ!」


そうだよな。

ならないよな。

ユラーグはエミリーに甘々だしな。

叱咤は免れないだろうが、重罪ってことにはならないかもしれない。

うん。

大丈夫なはずだ。


門を抜けると、案外騒がしさはなかった。

エミリーがいなくなって慌ただしくしているかと思ったが、そんなことはなかった。


まだ公表はしていないのだろうか。

門番の騎士がエミリーを見て慌ただしく走っていくのは見えたが。




ー謁見の間にてー


現在俺は世界トップレベルの国、その王様に対して頭を垂れている。


王宮に入ると、すぐに謁見の準備がされ、その間に俺たちも身なりを整えた。

今回は4人で一緒に謁見の間へと向かうことになった。

エミリーは自室で休んでいるように言われたが、それを断っていた。


そして、謁見の間へと入ると、それはそれはお怒りのユラーグ様がいらっしゃった。


エミリーは上手く説得できるのだろうか…


「申し訳ごさいません」


俺の第一声は謝罪。

謝ってどうにかなるとは思わないが、まずは謝罪だ。


ユラーグはフィルティアを一瞥するが、すぐに興味を失ったようだ。

いや、別の件があるからとりあえずは無視ということだろう。


俺が最前で頭を垂れ、エミリーは腕を組んで仁王立ちをしている。

マオは何の話か分かっていなさそうだ。

フィルティアは何をしたら良いか分からず、俺と同じ体勢だ。


「そなたはエミリーの身は安全だと申したな」


淡々と、ただ平坦な声音で言ってくる。

憤怒しているのは目に見えて分かるのに、理性でそれを抑えているのだ。

だが、爆発寸前の火山ほど怖いものはない。


「はっ、今回は私の不徳さが招いた自体です。なんなりとご処分を」


今回の事故は『自然発生した嵐が原因』ということになっている。

言い訳などいくらでもできるが、それではユラーグの機嫌を損ねるだけだ。

ここは自分の潔さを示して、怒りを鎮める。


「………貴様は我が娘を途中で放り出さずに職務を真っ当してくれた。他の教師共は面会の段階で諦めたのにも関わらずだ。」


お、これはいい流れなのではなかろうか。

このままいけば、今回は水に流すとか言ってくれそうだな。

今までの頑張りのおかげだ。



「よって、今回の件は大目に見るとしよう」



「即刻荷物をまとめてここから出ていくがよい」



……え?

おいおい、見逃してくれるわけじゃないのかよ。

仕事を辞めろってことか?

俺がいなくなったら、この3人はどうなる?

元の場所にでも戻るのか、それともここに留まることになるのか。


いや、まずはそれよりも俺のことだ。

ここにいれなくなったら、家庭教師の仕事は出来ない。

そうなれば、この3人と会うことが無くなる。

将来の花嫁たちとイベントが起こせなくなるのだ。

ずっと童貞だった俺に今以上の環境を作れるだろうか。

絶対に作れない。

どうする?

どうすればこの状況を乗り切れる?


俺が汗を流しながら黙考していると、この場には聞こえないはずであろう音が聞こえた。


パチンッ


皮膚と皮膚が勢いよく触れ合う音。

俺は思考を停止させ、音源を見る。


そこにはいつの間にか移動したエミリーがいた。

先程まで俺の傍にいたエミリーがユラーグのところにいる。

そして、その右腕は手が開かれた状態で振り抜かれている。


エミリーがユラーグを引っぱたいたのだ。


ユラーグはただ目を見開いて何をされたのか分からないといった表情だ。


俺もエミリーがなんでそんなことをしたのか分からない。


だが、大声が発せられる。


「許してあげなさいよ!」


いつもの口調。

いつもの態度でそう言った。

その声は静かな部屋にやけに響いた。


何も言わないユラーグに短気なエミリーが再度右腕を振りかぶる。


「お嬢様! おやめ下さい!」


と、そこでユラーグの脇にいた騎士がエミリーを制した。


「うるさい! シャルを許してくれないならお父様でも許さないわ!」


こんなこと中年の、しかも一国の王だとしても未経験なのだろう。

ユラーグは未だ唖然としている。


「エミリー!」


気がつくと、俺は頭を垂れるのをやめ、その場に立っていた。

俺の声にエミリーが振り返る。


その目端には涙が溜まっていた。

歯を食いしばり、なにかに耐えているエミリーがいた。


「もう……いいです」

「え………?」


エミリーが呆気に取られた顔をする。


自分でも何故そんなことを言ったのか分からない。

ただ、なんの突っかかりも感じずに喉から出た言葉だった。


これ以上は駄目だ。

これ以上暴れたら、なぜだか分からないが、親子の間でなんだか駄目なことが起きる気がする。

だから……


「ユラーグ陛下、寛大な処置、感謝致します」


俺はそう言って踵を返す。


馬鹿なことをした。

歩いている最中でも、悔恨がこびりついている。

美少女に囲まれることが夢だった俺がする行動ではない。

今までずっと憧れていたものを手放してまで、俺は何をしているんだ…


ただ、あの2人の光景には見覚えがあったのだ。

家族の絆が切れる見覚えが。


前世で俺も母さんが死んだときに親父を殴って、罵声を浴びせて、そのまま謝らずに生きていた。

その記憶が今の光景と重なったのかもしれない。


扉に手をかける。

そして┈┈┈┈┈┈


「待て」


後ろから声がかかる。

ユラーグが力なく垂れ下がるエミリーを後目に、俺に声をかけた。


「エミリーは余が思っている以上にそなたを気に入っているようだ」


ユラーグは殴られた後とは思えない程、冷静な顔で言った。


「今回の件は水に流すことにする。これからもエミリーをよろしく頼むぞ」


エミリーがバッと顔を上げる。もちろん俺も似たようなものだ。


「はい! ありがとうございます!」



こうして俺はクビにならずに済んだ。




謁見の後、俺はいつものメイドさんにフィルティアの部屋を割り当ててもらい、自室のベッドで寝転がっていた。


なんだか疲れた。

魔物狩りの方が楽だった気がする。

とりあえず今はここに残れたことを喜ぼう。


コンコン


そんなことを思って目を閉じようとした時、扉が叩かれた。


いつものメイドさんだろうか。

だが、あの人は自分の名前をノックの後に言うのだ。


なら、マオとかエミリー辺りだろうか。

あの2人はノックなんてしないな。

マオなら遠慮なく入ってくる。


1度、俺がひとり遊びをしている時に入ってこられて慌てたものだ。

エミリーなら扉を手ではなく足で叩くはずだ……たぶん。

なら、フィルティアか。

俺の部屋を教え忘れていたが、誰かから聞いたのだろう。


そう思い、声をかける。


「フィルティアですか? 開いてますよ」

「…………」


返事はない。

怪訝しく思い、扉の方へ向かう。


「どなたですか?」


そう言いながら扉を開ける。

ノックの主と目が合う。


エミリーだ。


「………手でノック出来たんですね」

「どういう意味よ」


……?

なんだろう。

いつものエミリーじゃない。

いつものエミリーなら今の発言に手が出るところなのだが、今は覇気というか、旺盛さが感じられない。

何かあったのだろうか。


………いや、茶化すのはやめよう。

きっと、謁見のことだろう。

エミリーが説得してくれると言うのに、俺はそれを拒んだのだ。

あれが説得と言えるのかは分からないが、口下手なエミリーが頑張ってくれたのだ。

俺のために。

それを拒否されたら落ち込みもするだろう。


「………先程はすみませんでした」

「…………」


何も言わない。

だが、ズカズカと部屋に入り、俺のベッドの縁に座る。


俺はエミリーと向かい合うように座ろうとするが、エミリーがポンポンと自分の隣の位置を促す。

俺は素直に横に座った。


「「……………」」


……何を話していいのか分からない。

こんな時、ジェフならどうするだろうか。

俺は女の子と話す時はなるべくジェフの真似をして話してきた。

ジェフはロウネとこういう雰囲気にの時何をしていた?


まずい……ロウネとナニをしていたところしか思い出せない。


あの2人が喧嘩しているところなんて見たことない。

ジェフとロウネもお互いに顔を合わせる機会が多くないから、1回1回を大事に過ごしているのだ。


いや、そもそもこれは喧嘩じゃない。

悪いのは全部俺だしな。


「………ねえ」


エミリーが話してくれた。


「……はい」

「なんであんた、あんなことしたのよ」


『あんなこと』。

家庭教師をやめようとしたことだろうか。


「自分でもよく分かりません……ですが、あのままだと不味い気がしました」

「どういうことよ」

「えっと……ユラーグ陛下とエミリーがあのまま仲違いしてしまいそうでしたので……」

「………………私の……せい?」


エミリーが俯く。

手を見ると、服の裾とズボンを力強く握って震えている。


やばい、怒らせた。


「全くそんなことはありません」

「…………………………なら、あのまま辞めてたらどうする気だったのよ」


あのまま辞めてたら……

俺はどうする気だったのだろう。

次の転生を期待してトラックでも探し回っただろうか。

そんなことはしないが、多分途方に暮れたかもしれない。


美少女3人と離れ離れなんてしたら、俺の精神は崩壊してしまう。

なら、俺は……


「3人を誘拐したでしょうね。授業がまだ途中なので」


うん。

多分そうした。

今世での俺は肝が据わってるのだ。

何せ、1度死んだのだ。

もう怖いものはない。


「…………」


返事がない。

俺の答えが不満だったのだろうか?


未だ震えが止まらない手を見る。


その手は濡れていた。


否、手だけではなく、服の裾やズボンにも点々とした跡がある。


エミリーを見る。


俯いていて表情は分からないが、そこからはポタポタと水が零れていた。


エミリーは泣いていたのだ。


……なんで泣いてるんだ?

なんか悪いことでも言ったか?


「ど、どうしました?」


慌てて聞き出す。


「ぐすっ……ぐすっ」


まだエミリーは泣いている。

返事はない。




しばらくして、エミリーは泣き止んだ。

ゴシゴシと涙をふいて、勢いよく立ち上がる。

そして、手を腰にやり、胸を張って言い放つ。


「次は何があっても辞めちゃだめよ!」

「は…はい」


涙痕が残る顔でそう言った。

そして、部屋から出ていく。


何かスッキリした様子だった。

エミリーがなぜ涙を流したのかは分からないが、あの切り替えの早さだ。

何があっても大丈夫そうだ。


俺もなんだかスッキリした。

まだ夕方だが、少し寝よう。



そうして、俺は眠りについた。




―エミリー視点―


お父様と話した後、真っ直ぐにシャルの部屋に向かう。


なぜ教師をやめようとしたのか、それを聞かなければ気が済まない。


シャルの部屋の前に着いた時、初めは蹴り倒してから話を聞こうと思った。

でも、いざ部屋に入るとなると緊張する。

なぜかは分からない。


今からシャルの部屋に入るのだ。

自分の格好に変なところはないか、確かめてからノックをする。


「フィルティアですか? 開いてますよ」


いきなり間違えられた。

なんて言ったらいいのか分からない。


そのまま突っ立っていると、扉が開かれた。


『どなたですか?』と言いながら開けるシャルと目が合った。


「………手でノック出来たんですね」

「どういう意味よ」


どういう意味だろうか。

でも、そんなのはいいだろう。

今はあのことについて聞かなければならない。

そう思って口に出そうとしたが、言葉に出ない。


なぜ…

なぜこんなに緊張しているのか分からない。


「………先程はすみませんでした」


先に喋らせてしまった。

シャルはなんで私がここに来たのか既に分かっているようだ。

シャルは賢い。

年上の私よりもずっと。


何か言おう。

何か…


なんでもいいのに言葉が出ない。


もうヤケになってベッドに座る。


私の前に座ろうとするシャルを横に座らせた。

今は顔が熱い。

それになんだか今はどんな顔を向けていいのか分からない。

こんな姿をシャルに見られたくない。


「「 ……………… 」」


しばらく沈黙が続く。


「………ねえ」


ようやく言葉が出た。

一度出てしまったら後は簡単だった。


「なんであんた、あんなことしたのよ」

「自分でもよく分かりません……ですが、あのままだと不味い気がしました」

「どういうことよ」

「……えっと、ユラーグ陛下とエミリーがあのまま仲違いしてしまいそうでしたので……」


……え?

私がお父様を殴ったから?

でも、あれはシャルを説得するためで……


「私の……せい?」


弱い言葉が出た。

あまりにも弱々しい言葉が。

私は弱いやつを見ると腹が立ってくる。

今の私はいつも自分が嫌っていたやつだ。


「全くそんなことはありません」


シャルが否定してくれる。

それだけでなんだか気持ちが楽になる。

シャルは私より賢いし、優しい。

誰よりも頼りになる。

そんな人から出た言葉。

信じられないはずがない。


…………。

でも、そこで気がついてしまった。

こんな時にだけ冴えている自分が本当に嫌になる。

気が付きたくなかった。

悪い予感。


あの時、シャルは自分の意思で教師をやめようとした。

あれは私とお父様のことを止めるためだ。

シャルもそう言ってくれた。


だが、考えてしまった。

本当はこんな仕事辞めたいんじゃないかと。


『私と離れたいから辞めたい』のではないかと。


そう思えてしまった。


シャルが来る前にも、教師は何人も来た。

全員、面会の段階で逃げていった。

私は勉強が嫌いだったから、ひたすらにそれを拒んだからだ。

シャルに対しても同じことをした。

ただ、逃げてもらいたかったから。


それに嫌気がさしたんじゃないか。

今でも同じことをするけど、シャルは笑ってそれを受け入れてくれる。

私と一緒に遊んでくれているのだと思っていた。

でも、本当は嫌だったのだとしたら……


そんなことを考えてしまったら、怖くて手が震えてきた。


「なら、あのまま辞めてたらどうする気だったのよ」


聞かざるを得なくなった。

もしこれで、『イタズラには懲り懲りなので』とかが返ってきたら私はどうしよう。

立ち直れる気がしない。


シャルに見捨てられるのは絶対に嫌だ。

見捨てられたくない。

授業だってもっと教えて欲しい。

魔術も剣術も一緒にやりたい。

ずっと傍にいて欲しい。

結婚だってしたい。


答えを聞くのがひたすら怖かった。

見捨てられたらどうしよう。

出て行ってしまったらどうしよう。

震えが止まらない。


…………長い時間が経った気がした。

そして、シャルの口から答えがきた。


「3人を誘拐したでしょうね。授業がまだ途中なので」


『三人』、『授業』その単語だけで救われた気がした。

マオとフィルティア、そして、私の三人を見てくれている。

まだ授業をしてくれる。

王宮を出て行っても、シャルは私たちを見てくれる。


そう思ったら、涙が出た。


「ど、どうしました?」


シャルが心配そうに声をかけてくれる。


よかった。

私はまだ見捨てられていない。

シャルに嫌われていない。


しばらく泣いた。

その間、シャルはずっと私の背中をさすってくれた。

優しい手で、泣き止むまで待ってくれた。



よし。

もう大丈夫だ。


「次は何があっても辞めちゃだめよ!」

「……は、はい」


いつも通りに戻って部屋を出た。



シャルは私の前から居なくならないと信じて。



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[一言] 身長とか書いてくれると分かりやすいかも
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