幹部たち ー意外とー
「真魔さん、訓練の相手は誰がやるんだ?」
自己紹介が終わった後、アレスが魔王に話しかける。
「妾がやりたいのぉ」
ルーシャがその恐ろしい手を振り、率先して俺の師匠になりたがる。
正直その手は怖いが、教えてくれるのならありがたい。
「ならばケイルス、頼めるか?」
「任せい」
俺の師匠が決まった。
ルーシャが俺の方へご機嫌な足取りで駆け寄ってくる。
「よろしくじゃな、主よ」
笑顔で恐怖の象徴の手を差し出してくる。
かなり背筋が凍るが、いつまでも怖がってはいられない。
いつかはこれを乗り越える時がくるのだから。
「ああ、短い間だがよろしくな」
恐る恐る1本の指を摘むように触る。
その俺の仕草を見て、ルーシャはまた悲しげな表情をする。
「ところで、なんでそんな俺に構うんだ?」
気になっていたことを聞く。
こいつは初対面の俺に対し、少しばかり距離が近い気がする。
俺はこいつらなんかと仲良くなるつもりは無いため、そういう原因は排除しておきたい。
「ん? そりゃあもちろん……」
ルーシャが触れられていた指で自らの頬をポリポリと搔く。
そして…
「お主が気になったから……かのぉ…」
「うっさい」
そういうのは彼女に言われなきゃ嬉しくない。
頬を赤く染めたって可愛くない。
「おいおい、えらく気に入られたなぁシャル」
馬の足音を鳴らすアレスとその隣をトボトボと歩くカフ。
ちっちゃい女の子が化け物と一緒に歩いている。
「気に入られたくなんてない」
「まあそう言うなって。ユラーグのおっさんに彼女を引き離されたんだっけ?」
「ああ…」
「それは気の毒だが、彼女からこっちに来るかもしれないだろ?」
……確かに、そうかもしれない。
自惚れかもしれないが、エミリーとマオが暴走するかもしれない。
2人とも最高権力者の子供だし、やろうと思えば出来そうだ。
なら、大人しくするのが得策かもしれない。
このまま俺が暴れ続けた結果、事故で死んだなんてのは洒落にならないしな。
「それもそうだな……すまん、ピリピリし過ぎたみたいだ…」
「まあ彼氏としては正解だと思うがな。これからよろしくな」
「ああ、よろしく」
骨のような腕を差し出され、握手を交わす。
ルーシャの腕を見た後なら難なく触れる。
「そっちのカフ…さんもすまなかった」
アレスの影に隠れる少女にも謝罪する。
「ぇ……いや……大丈っ……はい……大丈夫…です…」
俺の足下を見ながら喋っている彼女はコミュ障らしい。
「すまんの、こやつ人と喋るの苦手なんじゃ」
「引きこもりだからなぁ」
「うっさい!」
アレスに向けて元気のいい声を上げる。
「かぁぁ、引きこもりフォローすんのきちぃぃ」
「引きこもりじゃないですぅ、あちしはここから出られないだけですぅ」
同僚相手なら普通に話せるらしい。
「それよりもシャル、ここの案内するぞ?」
それは助かる。
魔王城の構造が分かれば、抜け道とか脱出経路とかがあるかもしれない。
絶対の檻といっても出口はあるはずだ。
だが…
「すまん、今日は疲れたから明日にして欲しい」
「ん、ゆっくり休んどきな」
「ああ、助かる」
まだ考えの足りないことも整理しておきたいし、体もだるい。
「のぉのぉ」
横から服を引っ張ってくるやつがいる。
ルーシャだ。
「なんだ?」
「妾が癒してもよいのだぞ…?」
……ん?
「ええっ?! ルーシャおまっ…そんな積極的なやつだったっけ?! キャーっ恥ずかしいわっ! カフ、オレたちはお邪魔らしいからあっちでお飯事でもしてこよう!」
アレスが早速、俺を見捨てようとしている。
「ちょっと待てよ! なぁルーシャどういうことだよ?」
なんでそういう展開になったのか分からない。
口説いた覚えもないし、口説かれた覚えもない。
からかってる雰囲気……でもない。
2本の鉤爪で控えめに服を摘み、赤い頬で俺を見つめてくる。
「どういうことって……言ったじゃろ? お主が気になっているからと…」
その理由が分からない。
ただでさえ変な環境で頭を酷使しているというのに、突然そんなことを言われても余計に疲れるだけだ。
というか、彼女たち以外のやつに興味なんて┈┈┈┈┈┈
「さあぁぁあ面白くなってまいりましたあぁあ! 彼女の居ない密室の空間に想いを告げられる彼氏ぃ! 修羅場なのか? それとも新しい恋の始まりなのかぁあ!!」
「アレスうるさい! あとルーシャはそういうのやめろよ…俺は彼女が最愛で最高なんだ。他のやつに構ってる暇なんて無い」
「分かった……じゃが、これからは師匠と弟子なのだから…」
「あぁもうモジモジするのやめろ! ほんとに!」
頭が痛い。
本当にやめて欲しい。
エミリーがこんなこと知ったら、きっと怒る。
マオが知ったら、きっとベッドに連れていかれる。
フィルが知ったら、きっと拗ねる。
どれも可愛くて素敵な反応だが、悲しい思いはさせたくない。
「俺はもう部屋行くから、俺のことは諦めろよ!」
「無理じゃ」
「あーもうっ! じゃあな!」
「ん、明日じゃな」
そこから逃げるように立ち去る。
ここに来てから良いことがひとつも無い。
さっさとあいつら倒して帰ろう。




