さよならね、シャル
彼女たちと別れるまで、残り『1』
エミリーの部屋。
エミリーと一緒にテラスへ出て、そこからの綺麗な景色を眺めている。
「エミリー、僕に不満ってありますか?」
冷たい水を1口仰いでから聞く。
「不満?」
エミリーも水を1口仰ぐ。
「そうね…」
グラスを置く。
「たまにイタズラ……意地悪するでしょ?」
「エミリーが?」
「シャルが」
「はい」
「ほとんどは楽しいからいいんだけど、たまにしてくるやつが本気であれだわ」
マジか。
俺は知らぬ間にエミリーを噴火寸前まで持っていったのか。
早めに聞いていてよかった。
もし、何も聞かずに過ごしていたら、いつか爆発してしまっただろう。
気をつけなければ。
「それは申し訳ないです…ところで、それはどういったやつですか?」
「龍国の迷宮のやつね」
あれか…
エミリーが漏れそうな時に笑わせてしまったんだよな。
軽くやったつもりだったが、これからは控えよう。
「その節は迷惑をかけました…」
「いいのよ。それで、シャルは私に不満はないの?」
エミリーに不満?
難しい質問だな。
「そうですね……エミリーが綺麗すぎて僕が追いつくのに大変…というとこでしょうか」
「………そういう口が回るところもむかつくわ…」
なんと理不尽な。
だが、頬をポっと赤くするエミリーも可愛いな。
これからも口を鍛えなければ。
「むかついたから、顔触るわよ…」
何を言っているのか分からない。
そう思っている間にも、彼女は自分の椅子を持ち、俺の隣に座った。
「………」
ぷにっ
エミリーに顔を触られ、恥ずかしくなってくる。
「ちょっとっ…熱いじゃない…!」
「エミリーといる時は緊張するんですよ」
「……それでも少し熱いわよ?」
エミリーが掌や手の甲で俺の顔の熱さを確かめている。
俺も彼女の手越しに熱さを確かめてみると、確かに少し熱かった。
恥ずかしいからこうなっているだけなのだが。
「平気ですよ」
「確かにそう……………いやっ、だめよ! シャル、私のベッドで寝てなさい!」
急な話の曲げ方だな。
絶対に何か裏がありそうだ。
だって、今なんか考える素振りしたもん。
「エミリー、何か企んでません?」
「………そんなことないわ」
そんなことある顔だ。
だが、エミリーのしたいことが俺のしたいことだ。
このくらい付き合ってみせよう。
ー
エミリーのベッドにシーツを脚にだけ掛けて座り、彼女がベッド脇の椅子に座る。
「それでシャル、何してほしい?」
決めてないのか?
えっちな事を期待していたのだが…
「エミリーに温めてもらいたいですね」
「……また不満が一つ増えたわ」
えっ。
「じゃあ…エミリーがしたいことをして欲しいです」
「私が…?」
エミリーが頭を悩ませる。
「シャルって、朝ごはん食べた?」
「まだですね」
「じゃあ」
椅子から立ち上がる。
「作ってくるわね」
お、エミリーの手料理だ。
今まで彼女の手料理というのを食べたことがなかったから、かなり楽しみだ。
「はい、期待して待ってます」
「ええ、期待しててちょうだい」
ー
「おまたせ…シャル」
エミリーが後ろ手に扉を閉め、その手には温かそうな料理が盆に乗せられている。
エミリーが近くにより、俺の脚に盆を乗せる。
「美味しそうですね」
「ええ…」
ん?
ここでいつものエミリーなら胸を張って『ふふんっ』と言うと思ったが、違ったな。
まあいいか。
目の前には大きな野菜がたっぷりと入ったスープがある。
熱そうに湯気が立ち、体に良さそうだ。
1口食べる。
「ん、美味しいですね」
「ん…」
やはり、反応が悪い気がする。
「これ、エミリーが作ったんですか?」
「…………メイアよ…」
あ、やべ。
「私、料理できないもの…」
やべ。
どうフォローしたものか…
「大丈夫です。エミリーが作れるようになるまで、僕が傍にいますよ」
「………ん」
かわええー。
「シャル…それ貸して」
「ん?」
エミリーにスープの入った椀とスプーンを渡す。
彼女は野菜をすくい、俺にそれを向けてくる。
「あーん」
……恥ずかしいのですが。
唾を飲み込む。
「ん…」
「…どう?」
「…美味しいですよ」
「ふっ」
何故か笑われた。
「それで、シャルは私に不満ってないの?」
パクっ
「んん……そうですね…」
エミリーの不満か…
パクっ
難しいな。
「もっと僕に好きって言って欲しいです」
「………」
あーんの手が止まった。
「……夜にはたくさん言ってるじゃない…」
確かに、エミリーは夜になったらかなり甘々になる。
だが、だからこそ普段から言って欲しいのだ。
「朝と夜の落差が激しいと、不安になります」
「……分かったわ」
パクっ
これでエミリーに普段から言ってもらえるようになった。
これで俺の心も安泰だな。
だが、安心した代わりに別のものが出てくる。
夜のエミリーを思い出して、息子が元気になってしまった。
それを伸ばしていた脚を曲げることで隠す。
「それで、エミリー?」
ニヤつきながらエミリーを見据える。
彼女は俺から目を逸らし、顔を赤くする。
「……急に言うのもどうかと思うわ…」
うわっ、逃げた!
「確かにそうですね。またの機会に言ってください」
「ええ…」
パクっ
「そう言えばこれ、メイアさんが作ったんですよね?」
「そうね」
「媚薬とか大丈夫ですか?」
そう。
この前、俺が作った料理にメイアさんが媚薬を盛ったのだ。
その所為でいろいろ大変だったな。
いやぁ、あの時のエミリーは本当に…
「病人に入れるわけないでしょ」
「あぁ、それもそうですね」
「それに……」
それに?
「シャルは元々えっちだから、何も変わらないわよ」
「………」
つまり、俺は元から変態だから、飲んでもやること変わらないってことか?
めちゃくちゃ失礼なこと言われてるんだが?
エミリーから見た俺って一体…
「エミリーだってそんなに変わらないでしょう?」
「なっ…! シャルよりはマシよ!」
そんなわけ。
俺は媚薬を飲んだからって人前であんなことはしない。
ー
お互いにどちらがえっちかを言い合い、さすがに話の弾が尽きた。
俺はエミリーの方が変態だと思う。
あーんされながら話していたため、既にスープは食べきった。
絶対にエミリーの方がえっちだ。
「それで……シャルはどういうのが好きなの?」
「んー、エミリーに好きって言ってもらえるのが好きですね」
「そんなに好き…?」
「そりゃあ、他でもないエミリーですので」
「ふーん…」
へへ、満更でもなさそうな顔だ。
「じゃあ、エミリーは何が好きですか?」
「そうね……」
エミリーが少し首を傾けながら考える。
「今日みたいに、シャルが授業休んでまで看病してくれたことあったでしょ?」
「ありましたね」
「あれね……」
言い淀むエミリー。
あれがどうなんだろう。
どう好きなんだろう。
どうキュンときたのだろう。
「あれが?」
「………」
エミリーに睨まれる。
だが、今更そんなもので怯んだりはしない。
ニヤニヤし続ける。
「あれがすごく………大好き…」
「…!」
ちょっ、大好きまできた!
すごくまできた!
ひゃーっ!
「エミリー、横来てください…」
「……ん」
エミリーがベッドに上がり、俺の隣に座る。
彼女の手を指を交差させて掴む。
「僕もエミリーのこと、大好きですよ」
「………」
エミリーが体をピッタリ密着させてくる。
手に力を込め、俺の肩に頭を乗せる。
やがて、俺の上半身に体を預けてくる。
「好き…シャル…」
照れるなぁ…
「全部大好き……シャル…」
エミリーが言葉を発する度に息が首筋にかかり、温かさを感じる。
「僕も大好きですよ、エミリー」
肩に手を置き、抱きしめる。
こうして、愛しのエミリーとの一日を過ごした。




