お嬢様の生誕日 ー涼しげで気持ちいいが…ー
会場の扉を開く。
俺たちが入ると、会場に拍手が巻き起こる。
「エミるぃいい〜」
拍手の中、中年の男がフラフラした足取りで寄ってきた。
エミリーの父、ユラーグだ。
「ん、お父様」
「おぉう〜…たんじょおうび……おめでとぉう!」
「感謝致しますわ」
まだパーティは始まったばかりだと言うのに、随分と酔ってるな。
普段は厳格な父親という雰囲気なのに、パーティとなるとこれだ。
「おやぁ? シャぁル・テラムンドか……エミリーはまだ渡さんぞぉう?」
「いつか貰いに来ますよ」
「はぁっ!」
と、こちらに寄ってくる影が2つ。
フィルとマオだ。
「エミリー、誕生日おめでとう」
「おめでとう」
「ええ、ありがとう」
フィルは濃緑のドレスを纏い、マオは上品な黒のドレスを着ている。
2人とも似合っていて素敵だ。
「2人とも、お似合いですね」
「ありがと」
「ん」
笑顔で返事をされるが、その言葉にムッとした表情をする少女が1人。
エミリーお嬢様だ。
彼女は俺を不満げな目で見つめており、何を言って欲しいかを訴えている。
「エミリーも、とても似合ってますよ」
「ありがと…」
今日もうちの彼女は可愛い。
さ、今日は目一杯エミリーを楽しませよう。
その後、俺とエミリーは貴族たちに揉れていた。
「王女様は普段どんな生活を?」
「普段は僕が他の2人も交えて授業をしています」
「なんと! そのお年で……なるほど、流石はテラムンド家ですな…」
「いえいえ」
「王女様、そちらのお召し物、大変よくお似合いですわ」
「ありがとうございます、王女様もお喜びになられるでしょう」
「王女様! うちの息子とお話でも!」
「王女様は殿方が少々苦手でして、申し訳ございません」
「ん……? ですが、シャル殿は男…」
「シャル様、私、強い方が好みなの」
大勢の貴族たちの質問に答えるのは疲れる。
エミリーのも纏めて俺が答えるため、言葉選びが大変だ。
だが、次第にその貴族の数も減っている。
そうなると、周りを見る余裕も生まれる。
フィルはマオの近くでマオの分のグラスを持ち、マオは食事を凄まじい速度で食している。
ユラーグのおっさんは珍しくまだ息をしている。
近くで太った男貴族と話していている様子だ。
「やあ、シャル」
と、横から声をかけられ、そこに目をやる。
「父様」
俺の父親こと、ジェフだった。
ジェフは片手をあげ、気さくな笑みを浮かべている。
執事服に身を包み、いつも通りの紳士のような見た目だ。
「久しぶりだね」
「そうですね」
会う度にこのやり取りをする。
というか、そろそろエミリーと話したい。
「お嬢様も、お誕生日おめでとうございます」
「ええ、ありがとう」
エミリーが他の貴族にはしなかった返事をする。
「シャル、お嬢様とは上手くいっているのかな?」
「もちろん。エミリーとはずっと仲良くいたいですからね」
「………」
「それはよかった」
そう言って、笑いかけてくれる。
俺もエミリーとのラブラブを見せられて頬が緩む。
「これはこれはジェフ殿」
と、横から男の声がした。
その人は両手を軽く広げ、笑みを浮かべ、こちらに歩いてきていた。
彼の横にはリオンと同い年くらいの男の子も連れている。
「これはこれは、ストラ殿」
呼ばれたジェフもそちらに返事をする。
親同士のやり取りなら俺も退散できそうだ。
「シャル、こちらはスカイラド家の当主、ストラ・スカイラド殿だ」
どうやら、俺に紹介する気らしい。
下着を製造している家なら喜んで話してやるが、そうでないなら遠慮して欲しい。
「今宵は王女様のパーティにご出席下さり、誠にありがとうございます。私、テラムンド家の長子、シャル・テラムンドと申します」
「これはご丁寧に。ストラ・スカイラドです。よろしく」
優しく笑いかけてくれるストラ。
早くエミリーと2人きりになりたい。
「ほらユガ、君もご挨拶を」
隣の少年に挨拶を促すストラ。
ユガと呼ばれた少年が1歩前に出て、腰に片手を置く。
「ユガ・スカイラドだ」
第一印象は生意気。
小さな身長で顎を出し、俺を見下すようにしている。
今すぐ泣かせてやりたい衝動が湧くが、俺も大人だ。
この程度で表情を変えたりしない。
「はい、よろしくお願いします。ユガ殿」
穏やかな声音で挨拶をする。
俺も大人になったなぁ。
「はっ、優秀なやつだと聞いていたが、なんだその態度は? とんだかだいひょーかみたいだな」
てめぇ、ぶちのめしてやろうか。
「っ! すまない、ジェフ殿、シャル殿。少々甘やかし過ぎたようだ…」
「いえいえ、構いませんとも」
ジェフはそう言うが、俺は…
「…………」
うん。
大丈夫です。
隣でエミリーがめちゃくちゃ怒ってる。
腕を組み、目を鋭くし、ギリッと歯を食いしばっている。
これで手を出していないのだから、彼女も大人になったということだろうが……
マジで怖い。
彼女が我慢してるんだ。
俺が手を出したら格好悪いってもんだ。
「それでは、私はこれで…」
「ええ、良き夜を」
「ジェフ殿も」
ストラは息子を連れ、人混みへと向かっていく。
不愉快なやつだった。
いつかスカッとする出来事があるといいが。
「シャル」
と、未だストラが去っていった方向を見ながら、ジェフが呼びかけてきた。
「はい」
「貴族の間で魔術大会を行う時がくる。その時まで準備しておくように」
「もちろんです」
ジェフもあの発言には思うところがあったようだ。
「では、僕も失礼するよ」
「はい、楽しんでくださいね」
「シャルもね。ではお嬢様、失礼します」
「ええ」
ー
賑やかなパーティも終わり、フィルとマオをエミリーと一緒に部屋まで送った。
貴族たちも帰り支度を済ませ、廊下にチラホラとその姿がある。
「シャル様!」
と、エミリーと2人で歩いていたら、前方にいる少女3人に駆け寄られた。
3人に道を阻まれ、動かしていた足を止める。
「はい、何でしょう」
3人は全員俺に顔を向けている。
その目はキラキラしていて、憧れの人に会ったような雰囲気だ。
「シャル様…今夜私たち、王宮に泊まるのですが…」
前に手を組み、上目遣いをする少女。
「よければ……ご一緒願えませんか…?」
おっと、夜のお誘いだ。
それも、この雰囲気だと3人まとめてということだろうか。
俺の経験したことない事に魅力を感じる。
だが…
「すまない、僕には愛しの彼女がいるのでね。丁重に断らせてもらうよ」
優しく微笑んで答える。
「左様ですか…」
残念そうな3人。
心は全く痛まない。
以前までの俺なら、女の子に話しかけられただけでもドキッとしただろう。
だが、今は違う。
エミリーも隣で怒っているだろうし、俺だって少し怒っている。
断って当然の案件だ。
「それと、今後こういった誘いはやめてもらえないかな?」
悲しむ少女に追い打ちをかけるようだが、これだけは言っておきたい。
彼女との大切な時間だ。
よそ者に邪魔をされたくない。
「は、はい…申し訳ございませんでした」
「では、僕たちはこれで」
「はい…良い夜を…」
「そちらもね」
廊下を歩く。
「シャル…」
少女たちとの距離が開き、エミリーが話しかけてくる。
「はい」
「シャルって…誰でもいいわけじゃないのね…」
かなり失礼なことを言ってくる。
俺はそんなに浮気性なやつに見えるのだろうか?
3人の女の子に一目惚れし、その3人を彼女にしている俺が?
「そりゃそうですよ。エミリーは特別ですからね」
そっと彼女の手を掴む。
暖かくて、柔らかい。
俺の好きな手だ。
「ええ…」
エミリーもキュッと俺の手を掴んでくれる。
薄暗い廊下を手を繋いで歩き、目的地へと向かう。
エミリーの部屋に着いた。
扉を開け、中を促し、彼女の後に入る。
エミリーがテラスの方へ向かったので、俺もそちらに従う。
彼女に続いて座る。
グラスを作り、水を入れ、彼女に渡す。
テラスからは王宮の中庭が見える。
芝の地面に、多種多様の花が整然と植えられており、同じく整われた木もある。
あそこでご飯でも食べれたら気分が良さそうだ。
散歩をするだけでもいいかもしれない。
「今日で一年経つのね…」
エミリーも景色を見ながら口を開ける。
今日でエミリーと出会って一年が経つ。
かなり充実した生活だった。
3人と出会って、3人と付き合って。
夢のような日々だ。
「楽しかったですか?」
「ええ、とても」
「僕もです」
この日々がずっと続いて欲しいと思う。
きっと、それは叶わないだろうが、少しでも長く居たい。
「今年も一緒にいましょうね」
「…………来年は? その次は?」
うわ、欲張りエミリーだ。
「来世もその次も一緒にいますよ」
「…ええ、そうしてちょうだい」
嬉しそうに微笑むエミリー。
純白のドレス姿に、綺麗に編まれた髪。
月明かりに照らされる金髪が輝き、宝石のような目で俺を見ている。
見蕩れてしまう美しさだ。
こんな人が俺と一緒に居たいと言ってくれている。
胸が幸福感で満ちていく。
「エミリー、隣いいですか?」
「ええ、いいわよ」
俺は椅子から立ち、エミリーの隣に椅子を作り、そこに座る。
近くで見ると、ドレス姿も相まって、とても綺麗だ。
エミリーの体温が近くにあることに安心する。
「エミリーといると楽しいです」
「私も楽しいわ」
エミリーが椅子ごと体を寄せ、俺の肩に頭を載せてくれる。
それが嬉しくて、俺もエミリーを抱き寄せる。
ドレスの手触りが気持ちいい。
この中も触りたくなる。
だが、そこはぐっと我慢する。
「シャル…誕生日プレゼントなんだけど…」
……あ、やべ。
用意していない。
というか、女の子が喜ぶプレゼントは俺には宝石くらいしかない。
エミリーお姫様を喜ばせるものを即席で作らなくては。
「あれ、決まったわ…」
む?
手に魔力を込めようとしていたら、エミリーの奇妙な発言に動きが止まる。
用意していないことがバレたのだろうか?
それはともかく、今はエミリーの話を聞くのに専念しよう。
「何に決まりましたか?」
「…………」
エミリーが俺の太ももに手を置いてくる。
彼女からボディタッチしてくれるのに嬉しさを感じる。
エミリーは俺の太ももを擦り、顔を少し俯かせる。
そして…
「今夜は……たくさん愛してほしいわ…」
……えっちだ。
えっちエミリーだ。
「じゃあ、今夜は眠れませんよ?」
「……望むところよ…」
こうして、エミリーの誕生日を過ごした。




