冷めた愛 ーもう二度と……私をー
マオに冷められた。
目が覚めた時、真っ先にそう思った。
気を失った後だというのに頭はスッキリしていて、体も何処も痛くない。
だが、気分だけが最悪だ。
ベッドに座る。
あの時の俺の行動、甘さ、自惚れ。
その全てが悔やまれる。
あそこで足を止めていれば。
あそこでもっと考えていれば。
幾度となく考えても結果は変わらない。
マオにはもう愛されていない。
その事実が俺を苦しめる。
俺を陥れる。
今世では絶対に手離したくなかったもの。
俺の大事な人。
本気で愛した人。
失ったら、もう拾うことはできない。
諦念ではない。
あるのは悔恨と虚無感。
この気持ちは母さんが死んだ時でも感じなかった。
母さんが自殺したのは俺の所為じゃない。
そう思っていたから。
今となって思えば、あの時の俺は怠慢で情けなかった。
母さんを支えてもいないのに、母さんが死んだのを父親の所為にした。
当時だって幾らでも慰めてやれる機会はあった。
それをしなかったから母さんは死んだ。
今回だって…
……………………何も
「俺は何も…………変わってなんかいない…」
当時出来たことを後になって嘆くんだ。
その時にはどうにでもなったのに、それに気づかずに、何も行動せずに、ただ流れに乗っただけ。
この世界に来て、少しはマシになったと思ってた。
勉強もして、魔術だって努力して、恋愛だって最優先に考えて…
だが、結果がこれだ。
エミリーとフィルティアに慰めてもらう気力すら無い。
どんな言葉をもらったってマオがチラつくだけだ。
今は誰にも会いたくない。
考えれば考えるほど肩が落ちていく。
頭が沈んでいく。
体が重い。
頭を打ち付けたい気分だ。
全部無くして、全部忘れてしまいたい。
だがそんな経験、前世で飽きるほどやった。
気分は何も良くならない。
せめて、楽しいことを考えなくては…
楽しいこと…
彼女のこと。
エミリー、フィルティア、マオ…
「………………」
やばい…
泣けてきた…
俺は彼女たちに、何かあげられただろうか。
マオがたとえ俺を忘れても、何か少しでも影響を与えれただろうか。
マオが将来笑うために必要な何かを…
コンコン
扉が叩かれる音。
マオかと期待して顔を上げるが、彼女はノックなんてしない。
声を出す気力も無い。
居留守なんて久しぶりだ。
ガチャ
返事をしていないのに扉が開かれた。
無礼なやつだ。
俺は今、機嫌が悪い。
変なやつだったら容赦はしない。
「シャル」
声がした。
もう聞けるとは思っていなかった人の声が。
凛々しく、落ち着きのある声。
聞き間違えるはずのない声。
「マオ…?」
そこにはマオの姿があった。
幻だと思ってしまうほど以外で、幻だと思うほどに美しい。
ああ…
やっぱり可愛い。
見ていて癒される。
俺はこんな人に愛されていたんだな。
過去の自分が羨ましい。
「シャル…!」
マオがズカズカと寄ってくる。
そして、押し倒された。
…………何でだ?
何で俺は押し倒された?
マオに肩を掴まれ、ベッドに押し付けられている。
頭が混乱する。
俺はマオに…
「…マオ┈┈┈┈」
「シャル!」
俺が問いかけるより先に、マオが俺の名前を呼ぶ。
もう2度と呼ばれないだろうと思っていた名前。
マオの顔は紅潮し、何もしていないのに肩で息をしていた。
この時のマオは記憶に刻みつけてある。
興奮している時のマオだ。
「シャル!」
「……はい」
また名前を呼んでくれる。
マオに呼ばれるのは嬉しい。
俺も、また呼べるようになりたい…
でも、それは叶わない。
もう俺はマオの男じゃない。
「シャルが好きだ…!」
…………あれ?
聞き間違えたのか?
今、俺のこと…
いや、何で……?
だって俺…
「マオ……俺っ…?!」
キスをされた。
自分が相手を感じるための、強引なキス。
俺が1番して欲しかったこと。
マオにして欲しかったこと。
俺はマオに求めてられている。
その事実だけで救われる。
マオに唇を預け、やがて離される。
「っ………シャルっ…」
まだ息が荒いのに喋ろうとする。
「私はっ……強い男が好きだっ…」
胸がビクッとする。
もしかして、さっきのは過去の男にするやつだったのかもしれない。
別れの挨拶なのかもしれない。
だが、それが違う。
マオの顔を見れば分かる。
「なのにっ……私はシャルが好きだっ…! 大好きだ…!」
嬉しい。
マオの言葉が胸に響く。
「お前が私をこうしたんだ……私はシャルの女だ…」
言っている彼女は苦しそうで、何かに耐えているようだった。
「一生シャルの女でいたい………一生私の男でいてほしいっ……だから……!」
吐き出されるように出た言葉。
俺はそれを黙って聞いている。
「きょうっ……今日だけは…」
潤んだ目が交わる。
マオは今にも泣きそうな目をして、俺を必死に見ている。
彼女の口が動く。
「私を……一番だと言ってくれ…」
……マオは狡いな。
今そんなことを言われたら、本当に…
「僕は…」
この先を言っていいのか分からない。
だけど…
「マオを1番、愛しています」
ー
疲れた。
あれからどれくらい経っただろうか。
半日くらいだろうか。
ずっと休憩無しでしていたから、流石に体がだるい。
俺はとっくに限界だというのに、マオが止めてくれなかった。
性欲だけは絶対マオに勝てんな。
だが、それだけ求めてくれたのだ。
それがとてつもなく嬉しい。
今はお互いにベッドに下着姿で座っている。
「シャル…」
「どうしました?」
すっかり気分も良くなって、俺はいつもの調子を取り戻している。
全部マオのおかげだ。
「もっかい……言ってくれ…」
頭を肩に乗せながら頼まれる。
内容は分かっている。
している最中に何回も頼まれたことだ。
「マオが世界で1番大好きです」
「っっ……………私も…」
マオの体温が体に伝わる。
マオに冷められてなくて本当によかった。
こんな可愛い子は絶対に離さない。
もう間違えたりなんかしない。
マオが近くにいると安心する。
甘えたくなるし、抱きしめたくなる。
「マオ…」
「ん…?」
だから、少し胸の内を話したくなった。
「実は僕……不安だったんです………龍王に負けて、マオが僕のこと……好きじゃなくなるんじゃないかって」
情けないことを話しているのかもしれない。
でも、マオには言っておきたかった。
「……私もだ」
「…?」
「私も…不安だった」
体を擦り寄せてくる。
「シャルに撫でられなくなって……『好き』と言ってもらえなくなって………………そう思ったら…っ」
言ってる彼女は涙を流していた。
そうか…
マオも俺と同じ気持ちだったのか。
なら、して欲しいことは容易に分かる。
「マオ」
「っ……」
マオにキスをした。
肩を掴んで、舌を入れる。
体の力が抜けていくのを感じると、ベッドに押し倒す。
マオの柔らかい舌と絡み合い、彼女も俺を受け入れてくれる。
もっとマオを感じたい。
もっとマオを味わいたい。
「っ………マオっ…」
肩で呼吸しながら話しかける。
マオの赤い顔が目に入る。
もうすっかり、お互いに興奮してしまっている。
「シャルっ…」
マオも息が荒い。
その姿にも更に興奮する。
「っ……愛してる」
「僕も……愛しています」
ーマオセロット視点ー
目が覚める。
隣を見れば、愛しの夫が寝ている。
昨日は激しかった。
私はとっくに腰が抜けているというのに、シャルは構わずにずっと突いてきた。
シャルの性欲には勝てない。
でも、それだけ私を求めてくれたのだ。
とても嬉しい。
シャルの首筋には私のつけた噛み跡がある。
私の首にも同じものがある。
シャルがつけてくれた。
またして欲しい。
……まだ眠い。
シャルにくっつきながら、また寝るとしよう。




