馬車の目指すところ ーその先はー
大変なことに昨日気がついてしまった。
本当に大変なことに。
どのくらい大変かと言うと、浮き輪とセメントを買い間違えるくらい大変なことだ。
つまりはとんでもなく大変ってことだ。
昨日、正確には今日フィルティアと致していて気づいた。
固定魔術で作ったあの抱き枕…
あれはゴムみたいな感触だった。
つまり、あの画期的アイテムに似ている。
人類が作りし最高傑作に。
これさえあればもう何も怖くない。
アレをアレにコンドームしてコンドームできる日が遂にやってきた。
つまりは何も気にせずできるってことだ。
俺はワクワクしながら献上品の制作に励んだ。
ー翌日ー
ついに謁見の日がやってきた。
道中で国を挙げての歓迎は無い。
今回は国同士のやり取りと言うよりは、個人的な意味合いが強いからだ。
龍王城までは馬車で移動する。
街の大通りを豪奢な馬車5台で向かう。
今日は皆おめかしをして挑んでいる。
エミリーは髪を編み、純白のドレス姿。
フィルティアも貴族の着けるようなスカーフに、キッチリとした灰色の服を着ている。
普段と変わらないのはリオンと俺とマオだけ。
リオンと俺の普段着は執事服とメイド服だから問題は無い。
マオは……
よし。
全員完璧の布陣だ。
だが、内心は皆冷静ではないだろう。
少し和ませることができればいいんだが。
「緊張しますか?」
俺は腕を組んで座るエミリーに問いかける。
彼女が1番緊張しているだろうからな。
「……平気よ」
嘘だ。
彼女の顔は若干強ばっているし、口数も少ないのがその証拠だ。
普段通りのエミリーなら「龍王と手合わせしてくるわ!」とか言うはずだ。
「エミリー、緊張のほぐれる魔法をかけましょうか?」
「…そんなのあるの?」
無い。
だがやる。
「手を貸してください」
「……ん」
エミリーの差し出された左手をとる。
右手でそれを掴み、左手を添え、右の親指でエミリーの綺麗な指を擦る。
以前、エミリーの手が好きだと言った手前、少し意識してしまう。
「エミリーは今まで頑張ってきました。緊張するのはその証です」
俺は真っ直ぐエミリーの目を見る。
「ですから、胸を張っていきましょう」
俺はそう言って、エミリーの甲にキスをする。
『忠誠の誓い』だ。
「っ…シャル…!」
「期待してたでしょ」
イタズラっぽく笑いかける。
多分、エミリーも期待してたと思う。
手を差し出した時こちらに甲が向いてたしな。
「もう…」
「緊張は解れましたか?」
「別のもの出てきたじゃない…」
はぁー、なるほど、なるほど。
『別のもの』ねぇ。
今夜はエミリーとしよう。
気兼ねなくできるアイテムも手に入ったことだしな。
「エミリーさん、それなんですか?」
リオンが素朴な疑問を投げかける。
未だ握られている手を見ているから、きっと『忠誠の誓い』のことだろう。
ふっ、昔の俺を見ているみたいだぜ。
あれ?
『エミリーさん』?
ま、いいや。
「……結婚の約束よ」
「えっ?」
チラチラしてくるエミリーに、目を丸くして見てくるリオン。
そりゃあ驚くだろう。
俺もあの時は驚きを通り越して戦慄したからな。
マジで死ぬかと思った。
「お兄ちゃん…?」
「まあ、そういうことだ」
「ひゃーっ!」
またも顔を覆う我が妹。
こういう話大好きだもんな。
だが、こういう時にムッとするのが…
「シャル…」
フィルティアだ。
分かっていたさ。
彼女はやはり機嫌を損ねていた。
「フィルティアも欲しいですか?」
「…うん」
あげようか悩むな。
正直、宝石を作るのは簡単だ。
最初に作った時よりも上達しているのが分かるくらい作っているしな。
だが、そんなポンポンあげていいものだろうか。
特別感が無くなってしまうのではないか。
そうなるのは避けたい。
「来年には宝石で部屋がいっぱいになっちゃいますよ?」
だがら頻度を落としていきたいのだ。
エミリーのやつだってそんなにするつもりは無い。
今回が特別なのだ。
「んー…」
フィルティアは見るからに不満そうだ。
しょうがない。
フィルティアも特別だ。
「何が欲しいですか?」
「………ネックレス」
ネックレスか。
俺の得意な派手なものが作れないが、試してみよう。
作った。
出来たのは銀糸で編まれたようなもの。
光に翳せば細かな光が目に入り、相変わらず職人芸だと思う。
「どうぞ」
「ありがとう…」
フィルティアは両手でネックレスを受け取る。
そして、指に嵌めた指輪を外して、ネックレスと指輪を自分で繋げた。
自分で…
……あれ?
フィルティアにもできたん?
「フィルティアにもできたんですか?」
「土魔術に色つけただけだけどね」
ふぅん、やるじゃん。
ま、作るだけが重要じゃないですからね。
色合いや光の加減調整まで出来て、ようやく1人前なのでね。
フィルティアの色合いはどうかな……?
うん、完璧。
ネックレスと全く同じ色に作られている。
………やるじゃん。
と、もう1人していない人物がいた。
俺はそちらに目を向ける。
「マオはいいんですか?」
「む?」
マオは別に妬いている訳でもなさそうだ。
いつもの凛々しくて、可愛い顔だ。
それに少し悔しいと思ってしまうのは、俺が女々しいやつだからだろう。
「私のはここでできんだろう」
「そうですね」
マオの求婚の合図はマーキングだ。
そりゃあここではできないな。
とてもえっちになる。
「だから……」
マオの頬がポッと赤くなる。
真っ直ぐに見つめられたままだと、表情がよく分かる。
「また今度しましょうね」
「……うむ」
かぁーっ!
今すぐマオにマーキングしたい。
絶対マオえっちなこと考えた!
絶対考えた!
と、馬車か止まった。
マオと2人きりになりたかったから丁度いいな。
「皆様、ただいま到着しました」
メイアさんが扉を開け、報告をしてくれる。
俺が先に馬車を出て、後から降りてくるレディ達をエスコートする。
最後にエミリーを手伝い、城を見る。
その瞬間、俺は言葉を失った。
それはあまりにも儼乎たる様で、城と言うよりは要塞。
山を丸々改造にしたようにも思えるそれは、正しく難攻不落に相応しい。
それ程までに巨きく、それ程までに圧巻だった。
遠目で見たことはあったが、これは…
こんなものはレノアーノでも見たことがない。
いや、前世ですら、ひとつの建造物でこれ程大きいのは見たことがない。
俺でもここまで瞠目しているのだ。
他の者はそれ以上のものだろう。
「おっきいね…お兄ちゃん…」
「ああ…」
リオンも口を開けてその城を見上げている。
フィルティアとマオもそうだ。
だが、エミリーだけは口を線にしていることに気づく。
いかん。
俺が気圧されてどうする。
エミリーが余計に緊張してしまう。
「ようこそお出で下さりました。エミリー・エルロード様、シャル・テラムンド様」
と、下から声がした。
いや、俺たちと立っている場所は同じだ。
上ばかりを見ていたからそう感じてしまった。
「私、案内役を務めさせていただきます。テトメロと申します」
テトメロと名乗った彼女は優雅にお辞儀をした。
服装は白を基調とした聖職者を思わせる服装。
髪は優しい青色で、見ているとホッと息をつきたくなる。
仕事のできそうな綺麗な人だ。
「ええ、私、レノアーノ王国第一王女、エミリー・エルロードです。此度はお招きいただき感謝致しますわ」
そこに俺の知ってるエミリーはいなかった。
ドレスの裾を上品に摘み、控えめのお辞儀をする彼女は麗しく見えた。
その姿にまたも瞠目してしまう。
1年前までは文字すらまともに読めず、不精巧な演説で泣き顔になっていたあの少女がこんなに立派に育って…
俺が泣きそうになってしまう。
と、挨拶が遅れた。
「申し遅れました。私、テラムンド家が長子、シャル・テラムンドと申します」
左手を胸に当て、右手を後ろに回し、頭を下げる。
久しぶりにちゃんと辞儀をした気がする。
「そしてこちらが我が妹、リオン・テラムンドです」
「り、リオン・テラムンドです。よろしくお願い致します」
リオンも緊張している様子だ。
声が上擦ってしまっている。
「はい、こちらこそよろしくお願い致します。では、謁見の準備が整っております。こちらへ」
促され、広い庭を歩く。
庭というよりは草原という方が似合っている。
ここには城壁が無いためそう感じるのかもしれない。
扉が開かれ、いよいよ城の中に入る。
中は広い。
縦にも横にもとにかく広い。
清潔感のある雰囲気に、紫がかった照明で、この空間を支える大柱は荘厳な雰囲気を醸し出し、この大広間から伸びる別れ道は絶対四天王とかを倒す場所を思わせる。
目線の先にはでかい穴がある。
どこかの入口なのだろうが、光ごと取り込まんとするその様は穴という方がしっくりくる。
その穴に入り、何回か角を曲がり10分程度経過した。
どこかの部屋に入り、テトメロさんが歩みを止めた。
「では、只今から転移魔術を使用します」
転移魔術。
ある程度普及している特殊魔術のひとつ。
俺も覚えてみようかなと思った時期があったやつだ。
女子風呂にそれで入れば不慮の事故と思われるんじゃないかなと思っていた。
だが、よく良く考えれば駄目だと気づいたからやめた。
テトメロさんは腰から巻物を取り出し、「『転移』」と唱える。
すると、軽い目眩を感じ、目が慣れた時には景色がすっかり変わっていた。
先程の薄暗い雰囲気ではなく、レノアーノの王宮と似通った景色。
見慣れた光景に少し肩の力が抜ける。
豪奢な調度品に、レノアーノと少し毛色の変わった絵画。
そのどれもに精巧な龍の彫りが入れられている。
幾分か歩き、大きな扉の前で止まる。
横幅よりも圧倒的に縦に長い扉にも龍の施しがされていた。
「テトメロ、只今到着致しました」
テトメロさんが扉に向かって声を張り上げる。
すると、独りでに扉が緩慢な動きで開く。
その先には紫がかった照明に、薄暗い雰囲気の空間。
豪奢ではないが、かなりの逸品だと思われる絨毯や、誰かの名前が刺繍されている旗が天井から吊り下げられている。
全員緊張の面持ちで絨毯の上を歩く。
靴越しでも伝わる柔らかさと温かみ。
そして、その先にいるのは6人の男女。
俺たちよりも数段上の位置に立っているのが5人。
そして、そこの玉座に座しているのが恐らく龍王だろう。
ある程度進んだところから俺たちは歩みを止め、テトメロさんが龍王たちのいる段に上がり、龍王の隣に立つ。
ここからなら6人の顔立ちが分かる。
右から順に、左目を眼帯で隠した女性。
その人は海賊を思わせる格好に、赤い髪を持つ野性的な印象を受ける女性。
その隣には右目を眼帯で隠した男性。
飾り気の無い格好で、羽織のようなものを着ている。
若白髪を携えた黒髪だ。
そして龍王。
原色の赤をぶちまけたような髪色に、かなりガタイのいい男。
王と言うよりは戦いに生きる猛者という印象だ。
顎から耳際まで髭が生えているように見えるのは鱗で、髪と同じ色をしている。
王様の羽織るような温かそうなマントに、服からは腹筋のラインが見える。
その隣にはテトメロさん。
その隣には赤黒い肌に、上の服は右肩を晒したもので、下はスカートで民族衣装を思わせるもの。
スキンヘッドに糸目の男性だ。
最後にその隣には、仮面を着けた長身長髪の女性。
この世界では珍しい黒髪だ。
仮面は虚ろな目に零れた涙が描かれていて、ポカンと空いた口はどんな感情を抱いているのか全く分からない。
黒装束に身を包んだ服装で、ミステリアスな印象を受ける。
俺たちはこの全員に見られながら行動しなくてはならないのだ。
「余は龍王国を統べるもの。ファルダラン・オプス・ユノ・ドラゴンロードである!」
龍王が口を開く。
その声だけで豪胆な人間性が顕になっているのが分かる。
「先ずは余の招請に応えてもらったこと、誠に感謝する!レノアーノ王国第一王女、エミリー・エルロード。そして…」
龍王はそこで1拍置いて、俺の方に視線を向けた。
「『竜滅ぼし』よ」
その瞬間、俺は背筋に冷や汗が流れるのを感じた。
そして、同時に後悔する。
敵陣のど真ん中に来たことを。




