初めまして ー涙のお嬢様ー
王宮で働くことを決めた俺は、今からお姫様との面会をすることになった。
そもそも、面会以前に仕事内容すら知らない。
執事服のようなものに着替えさせられ、今はどこかに案内されている。
ピタッ
大きな扉の目の前でメイドが止まる。
「ユラーグ陛下、シャル・テラムンド様をお連れしました」
メイドはノックをしてそういった。
そして扉が開かれる。
入ったの客間…らしい。
どう見ても客と話をするにしては豪奢すぎる。
右を見ても左を見ても、高そうな調度品や絵画があちこちにある。
そこには15の椅子が大きなテーブルを囲うように置いてある。
俺は息がしずらいのを感じていた。
「その子が例の子か」
喋ったのは気難しそうなおじさんだ。
多分、ユラーグと呼ばれてた人だ。
太っていると言うよりはガタイが良いという印象を受ける。
そして身につけている服もこれまた豪華だ。
所々に白髪があるが、年齢を感じさせない気迫のようなものがある。
王冠はつけていないが、まさに王様って感じだ。
その後ろには、2人の若いメイドと3人の騎士がいる。
「ほらエミリー、挨拶なさい」
俺はそのおじさんが言ったことで、初めて彼の後ろに人がいることに気づいた。
その子はピョコンとでも効果音が着きそうな可愛らしい動きでこちらを覗いていた。
エミリーと呼ばれていたから、お姫様に間違いない。
俺と同じ10歳ぐらいだろうか。
それにしても、綺麗な子だ。
凛とした印象を受けるその容姿に、三つ編みのされた綺麗な金髪を後ろで結んでいる。
そして服装はドレスではなく、動きやすそうな純白のズボンに、青と白のラインが入った綺麗な服だ。
まずはこちらから挨拶をしよう。
俺は左手を軽く胸に当て、右手を背中に回し、足を揃える。
「お初にお目にかかります。私、テラムンド家の長男シャル┈┈┈┈┈┈」
びしゃあん!
その時、俺の頭に水がぶっかけられた。
「…………」
突然のことで、ここにいる全員が凍りついたように押し黙る。
だが、そこで笑っているやつが1人だけいた。
「あはははははは!」
そいつはこの空気でただ1人、俺を指さしながら高笑いしている。
お嬢様だ。
そこでメイドが慌てた様子で俺に駆け寄ってくる。
「申し訳ございませんっ! 今すぐタオルを持ってきます!」
…………なんで俺濡れてんだ?
理由は分からない。
だが、誰がやったのかだけは分かる。
そう。
今、目の前で高笑いしているクソガキだ。
「コラ! エミリー、またイタズラして!」
おじさんがお叱りをする。
「すまない。エミリーはイタズラが好きな性格でな。皆、頭を悩ませておるのだよ」
「……そういうお年頃ですので仕方ありません。僕は何も気にしていないので」
ぶっ殺してやる!
俺は言っている事とは逆に、内心で激昂していた。
だが、俺も精神年齢はもう50歳だ。
子供のイタズラぐらいで喚き散らかすような年齢じゃない。
しかし、あの水は空中から被せられた。
エミリーがやったとすれば、魔法は手から離れていても発現させれるのか。
なるほど。
こうか?
ぴしゃあん!
「キャアっ!」
また空気が凍った。
今度のはさっきよりも温度が低いように感じられる。
そう。
俺がお姫様の頭に水をぶっかけたのだ。
「あはははははは!!」
俺は高笑いした。
さっきお嬢様がしたように。
「あなた! 私が誰だか分かってやってるの!?」
お嬢様は大変お怒りのようだ。
「撃っていいのは撃たれる覚悟のあるヤツだけですよ。お嬢様っ」
俺は当たり前とばかりに言ってやる。
「このっ!」
水弾が飛んでくる。
だが俺はヒョイっと躱す。
「予めくると分かっていれば避けるのは簡単ですよ」
俺は挑発するように言った。
そして…
ぴしゃあん!!
また食らわせてやった。
「ギャハハハハ…ハ………ハ」
俺は大笑いしてやったところ、お嬢様が逆ギレして今度は素手で殴りかかろうとしてくる。
その目にははっきりと殺意が込められていた。
だが、さすがにこれ以上は見過ごせないと、騎士たちが止めにかかる。
「フーッ……フーッ!!」
お嬢様が殺気に満ち満ちた目でこちらを睨んでくる。
怖い。
そのままズルズルと別室へと連れていかれていった。
「すまないな。迷惑をかけた」
「いえ、あのくらい元気な子なら微笑ましいですよ」
「そうか」
おじさんは端的にそれだけ言うと、椅子に座るよう促してくる。
水をかけた事はお咎めなしだ。
俺は椅子に座る。
「さて、では面接を始める」
そうだ。
俺はお嬢様と面会しに来たのだった。
仕事の適性検査をするのだ。
「お主は蒼級の魔術を二つ行使できると聞いているが、本当か?」
重々しく聞いてくる。
ビクついてしまうが、それに嘘はないので、俺は『はい』と答える。
「うむ、にわかには信じ難い事だが…次の質問だ。主は算術、言語学、歴史、魔術学ともに一般教養を済ませていると聞いたが、それは本当か?」
まるで尋問だな。
だがこれも、だいたい事実だ。
家の都合でかなり仕込まれたからな。
それなりに大変だったが、魔法の高みに早く行きたかったがための行動だ。
「はい」
「うむ、合格だ。では、家庭教師の仕事は三日後に始めてくれ。授業内容と日時は後に伝える」
そう言うと、おじさんが席を立って部屋を出ようとする。
……家庭教師?
それって、綺麗で巨乳なお姉さんが家に来て色々イベントが起きるっていう……あの?
「家庭教師…ですか?」
「…そうだが?」
「聞かされていないのですが」
俺がそう言うと、おじさんは俺に向き直る
「そうか……ではそなたは今から我が娘、エミリーの家庭教師として仕えることになった。よろしく頼むぞ」
「は…い」
俺は混乱した頭で返事だけをしていた。
ー
案内された自室で横になる。
「はぁ…」
どうやら、俺は家庭教師を務める側としてやることになったらしい。
そりゃあ俺だってお姫様って聞いてやる気になってたさ。
『なんでもかかってこい!』とか思ってたよ。
だけど、あんな野蛮なお姫様だなんて聞いてない。
いや、あれはお姫様なんて呼べる代物じゃない。
山猿だな、あれは。
うん。
今日からあいつのことは山猿と呼んでやろう。
そうすれば、あっちの方から辞めさせてくれる。
まあ、ダメだとは思うが、あのメイドにでも聞いてみるか。
―翌日―
いつもの仕事の出来そうなメイドに声をかける。
「あのー、家庭教師の仕事は僕には荷が重いので、辞退させてもらうことって出来ますかね?」
「……テラムンド家の義務を放棄なさるということですか?」
義務?
ああ、確かジェフがそんなこと言ってたな。
仕えるってそういうことか。
「放棄したらどうなりますか?」
念の為聞いてみる。
嫌な予感がしたのだ。
「貴族位を剥奪されるやも知れません。テラムンド家は長い歴史の中、第一子、第二子関わりなく王宮に仕えてきた家系です。それに、一度任務を全うすることを承諾した以上、シャル様への責任追及は重いものになるでしょう」
「…その罰ってどのくらい重いのでしょうか?」
恐る恐る聞いてみる。
「……命に関わるやも知れません」
「…そうですか。」
命ってなんだよ!
俺は口とは裏腹にこの理不尽さに憤る。
勝手に連れられて、わけも分からないうちに返事をしたら、責任重大な仕事を押し付けられるだと?
ジェフの野郎…次会った時がお前の最後だ。
「……ありがとうございました」
「いえ」
メイドが下がると、ため息をつく。
あの野蛮な猿に勉学を教えなきゃならんのか。
―勤務初日―
俺は黒板のある大きい部屋で、エミリーに授業をして……いなかった。
時間はあっているはずだが、一向に来ない。
サボりだろうか。
いや、むしろこれはラッキーかもしれん。
お嬢様が自分の意思で来なければ、責任は発生しないだろう。
……いや、発生しないのか?
授業を受けさせるのも教師の仕事とか言われたら、責任追及されるのだろうか。
え、俺死ぬの?
さすがにこんなことで、かわいい子供の命までは取らないだろうが、小さな失敗でも後々に響いてくるものだ。
初日から躓きたくはない。
……探すか。
そう思い、部屋を出ようと扉を開け┈┈┈┈┈┈
ぴしゃあん!
言うまでもない。
エミリーだ。
「この前のお返しよ!」
こいつ!
『ふふんっ』とでも言った顔で顎を突き出し俺を見下してくる。
ムカつくが、ここは大人の対応だ。
「…お嬢様、授業にでてもらわないと困ります」
「なんであんたの言うことなんか聞かなきゃならないのよ!」
これは困った。
完全に初対面の時にミスったか。
俺がやり返さなければ、こんなことにはなっていなかったかもしれない。
「僕はお嬢様に勉学を教えろと命じられています。授業に出てくれないと、仕事が出来ません」
「出来なくていいじゃない!」
「…………」
まあ生前の俺なら仕事なんで喜んでドブに捨てたところだが、そうはいかない。
こっちだって、命がかかってるんだ。
やらなきゃ殺られると言うわけだ。
「とにかく、授業やりますよ」
俺がそう言って、教室に入ろうとする。
しかし、返事がないのを怪訝しく思って振り向くと、そこにお嬢様の姿はなかった。
逃げやがった!
ー
結局、その日は授業を受けて貰えなかった。
初日から失敗だ。
全く、どういう教育受けてきたんだ。
あまりにも我儘すぎる。
だが、これも経験だ。
今回で分かったことは、エミリーは勉強が嫌いだということだ。
あの様子だと勉強に触れてこなかったのだろう。
俺も前世ではそんな感じだったな。
勉強なんて将来なんの役に立つんだと、鼻で笑ったものだ。
俺は魔法を使うという目標があったから頑張れたのだ。
そう、目標だ。
『やれ』と言ってできるのなら、初めから出来ている。
実用性を見せてあげる必要がある。
俺はそこで1つの作戦を思いつく。
夜這いするか。
―夜―
現在の時刻は夜中。
良い子はもう寝てる時間だ。
そんな時間に俺は予め聞いておいたエミリーの部屋に向かい、ゆっくりと歩を進めていた。
長い廊下を歩いて、右を向くと、パーティーをする際の大部屋があった。
夜の大部屋と言うのは酷く閑散としているものだ。
少し怖いな。
その向こうにはテラスがある。
そして、そこにはエミリーがいた。
何をしているのかと思ったら、夜空を眺めていた。
月明かりに美しい金髪が照らされ、幻想的な姿をしている。
今のエミリーは結んでいた髪を解き、純白のネグリジェを着ている。
何やら物憂げな顔をしているのを怪訝しく思いながら、そちらに歩く。
「何してるんですか?」
「…何よ」
拒絶されるかと思ったが、案外そんなことは無かった。
「授業を受けてくれるよう、説得に来ました」
「ふんっ」
エミリーはそう言って、そっぽを向いてしまった。
「まあ、お嬢様の好きな授業だけ出てもらえればいいんですけどね」
俺がそう言うと、驚いた顔でこちらを見る。
今までの教師はこんなこと言ってくれなかったのだろう。
だが…
「…好きなことなんてないわ」
「これから作っていけばいいんです」
「作れないわよ」
なんだか、やけに悲しそうな雰囲気だ。
今日はエミリーの誕生日だそうで、パーティーが催されたそうだが、何かあったのだろうか。
「お嬢様、火の魔術は使えますか?」
「使えないわよ」
よし。
これは魔術の授業を受けさせるいい機会だ。
「では、見ていてくださいね」
俺は杖を持たずに、というかここ最近はもう杖なんて使っていないが、ぱちぱちと音を立てて燃えるものを空中に浮かび上がらせた。
線香花火だ。
これは土属性と火属性を組み合わせて花火を作り、風属性で浮かび上がらせている。
「綺麗…」
「まだまだこんなもんじゃないですよ!」
俺はそう言うと、さらに100個程の線香花火を浮かび上がらせる。
そして、その線香花火たちのダンスを披露する。
5、6個ぐらいの列をそれぞれ交差させたり、時間差振り子のように揺らしたり、適当に飛ばしてみせたりして、最後には全てまとめて『パァン』と音を立てて弾けさせた。
それをエミリーは初めて花火を見たのか、年相応の輝かしい目で見ていた。
「すごいわね…」
感嘆の様子で言った。
「次はお嬢様に誕生日プレゼントをします」
「プレゼント?」
俺はそう言って掌サイズの炎を作った。
それが俺たちを爛々と照らす。
そして、それを時間でも止めたように固まらせる。
固まらせても、未だそれは美しい光を放っている。
とても幻想的なインテリアが出来上がった。
「すごい! どうやってやったの?」
「僕のオリジナルです」
そう。
これは特殊属性に分類される、俺のオリジナル。
名付けて、固定魔術だ。
物体や物質の時間を止めるのだ。
空中にあるものは、空中で止まるし、この炎のように、動きも止められる。
「どうぞ」
俺はその炎を差し出す。
「いいの?」
「ええ」
エミリーは嬉しそうにそれを手でもつと、宝物でも出来たような目で見ていた。
「ありがとう! 大切にするわ!」
お、おう…
朝とは全く違う人物のような反応に少したじろいでしまう。
エミリーは嬉しそうな足取りで部屋に戻っていく。
俺もエミリーのあんな反応を見れて満足だ。
そうして俺も部屋に戻った。
―翌日―
今日も授業だ。
授業は毎日授業が入っており、それぞれ4時間ずつある。
他にも礼儀作法、ダンスの授業もある。
なかなかハードなスケジュールだ。
そして今日は魔術の授業。
来てくれるだろうか…
そう思ったとき、『バンッ』と音がした。
そこにはエミリーが仁王立ちで立っていた。
綺麗な金髪はストレートになっていて、未だ残る勢いがサラサラと髪を揺らしている。
髪を編むのはパーティ用らしい。
「受けに来てあげたわよ!」
こうしてエミリーは魔術の授業だけは出席してくれるようになった。
よかった。よかった。
―翌日―
エミリーが授業を受けたと聞いて、王様が走って俺の元に来た。
「エミリーに授業を受けさせたのかね?!」
それはもう信じられないと言った面持ちで聞かれた。
「は、はい…魔術の授業だけはしっかりと来てくれています」
「「「 おお 」」」
この場にいた、騎士やメイドたち全員が声を上げる。
それほど凄いことだろうか。
「今夜は宴だ!」
おっちゃんがそんなことを言う。
聞いたところによると、エミリーはこのおじさんの一人娘らしい。
娘の成長が嬉しくてたまらないのだろう。
「陛下、今月は予定が詰まっています。まともな会をやるとなるとかなり窮屈になってしまわれますが、いかが致しましょう」
メイドがそう言うとおじさんは「そうだったな」
と呟く。
「では二月後に開くことにしよう」
こうしてパーティーの開催が決定した。
―翌日―
エミリーが魔術以外の授業にも出てくれた。
だが、やはり不満そうだ。
今は言語学の授業をしている。
この国の文字だ。
「何よこれ! 全然分からないじゃない!」
「お嬢様、やれば自然と覚えますよ」
「覚えて何になるっていうのよ!」
「字が読めなければ困るでしょう?」
「…困ったことなんてないわ」
困ったな。
エミリーが覚えてくれれば、俺も楽なんだが。
覚えてくれれば、授業のスケジュールをわざわざ口で言う必要もないし、覚えて貰わなくても、紙に書いて渡せば、いろいろ準備も出来るだろう。
そして、スケジュールを伝えに廊下を歩いていると、イタズラを仕掛けられるのだ。
もうだいぶ慣れてまともに食らうなんて滅多にないが。
「お嬢様は一人旅に出かけたいとか、冒険に出かけたいとか思ったことないですか?」
「…あるわよ。でもお父様は連れて行ってくれないわ」
「大人になったら僕が連れていきますよ」
「本当に?」
エミリーがキラキラとした目で見てくる。
こうしていればかわいいんだけどな…
「ええ、本当です。逆に大人になれなかったら連れていきません」
「…大人になるってどういうことよ」
えっちなことすればなるよ。
…なんてさすがに言えない。
言ったらきっと殴られる。
「勉強したらなります」
「…わかったわよ」
そう言ってエミリーはちゃんと勉強をした。
―1週間後―
「分かんない!」
「お嬢様、この前より出来てるじゃないですか。どんどん上達してきてますよ!」
「ふんっ」
俺がそう言っても、そっぽを向いてしまう。
ハッキリ言って、エミリーは物覚えが悪い。
前世で言う五十音をやっているのだが、全部は覚えきれていない。
「…お嬢様、息抜きに魔術の授業にしますか?」
俺がそう言うと嬉しそうにこちらを向いてくる。
「いいの?!」
「ええ」
詰め込み過ぎると覚えれるものも覚えれなくなる。
たまには息抜きもいいだろう。
こうして、俺とエミリーの水の掛け合いが始まった。
―パーティー当日―
会場は以前エミリーが居た大部屋だ。
集まっているのは貴族や名の知れた名家の人達だ。
俺が適当にグラスに入っている飲み物を飲んで『ふむ』と、分かっている人風なことをしていると、エミリーがメイドをつき従えて部屋に入ってきた。
それと同時に、周りの人達が拍手で迎える。
俺もつられて拍手をする。
エミリーはいつもの格好ではなく、お姫様らしい純白のドレスを着ている。
「お嬢様、素敵ですよ」
ジェフみたいに褒める。
「ふふんっ」
そっぽを向かれるかなと思ったが、当然と言いたそうな顔をして、成長途中の胸を張っている。
ちなみに俺は普段の執事服で出席している。
そんなこんなしている間に、ユラーグのおっさんが開会の挨拶的なことをしている。
「まずは集まってきてくれた紳士淑女の皆、誠に感謝する。今宵は我が娘、エミリーの祝勉学会を開催する。楽しんでいってくれ。それでは」
ユラーグが言い終わると同時に音楽が始まった。
各々が好きに組んで踊っている。
俺とエミリーはそれを見ているだけだ。
「お嬢様は踊らないのですか?」
「…踊れないのよ」
「…そうですか」
一応、授業にダンスはあるが行っていないのだろう。
全く、困ったものだ。
やがて、酒に酔ったユラーグがフラフラとした足取りでこちらへ寄ってきた。
「エミリー! お前の演説の番だぞ」
このおっさん元気だな。
だいぶ酔いが回っている。
王様って雰囲気を感じていたのは初対面の時ぐらいだ。
今はもう酒場の店主の方がしっくりくる。
「……はい」
エミリーは俯いて返事をした。
……どうしたのだろうか。
いつものエミリーなら胸を張って堂々とすると思ったのだが…
エミリーが壇上を歩く。
すると、ざわめきが起きる。
耳元で話している者や明らかに嘲笑している者達もいる。
なんか…嫌だな。
そしてエミリーが1枚の紙を腰から手に取る。
「この…度は…まこ…とに…パーティーに、出席…頂いて…ありがとうございます。こよいは…」
エミリーがたどたどしく読む。
そこで野次が飛ぶ。
「姫は字もまともに読めんのか?」
「あの子、今年で十二歳ですよ?恥ずかしいですわ」
……は?
最初は小さかったそれも、時間が経つにつれ、大きくなっていく。
そんな声がエミリーに届いたのだろう。
彼女の目には涙が溜まっている。
あの気に食わないことがあったらすぐに殴ってきて、胸を張って堂々としていて、イタズラ好きなかわいい女の子が泣かされている。
俺は無意識に壇上に向かって歩いていた。
エミリーが驚きたようにこちらを見る。
そして俺は深く息を吸って聴衆に向かって言ってやる。
「うるせえぇぇえええぇぇえええ!!!!」
前世も合わせて人生で1番の怒号を上げる。
聴衆がビクっとなり、静かになる。
「俺の生徒を笑うんじゃねえ!!エミリーは誰よりも努力してるんだ!! 分からなくても必死で理解しようとしてる!! 俺の大事な生徒だ!! それを何も知らないお前らが笑うんじゃねえ!!!」
聴衆は何も言わない。
言えないのだ。
たった10歳の少年に気圧されたのだ。
俺はこんなところにいたくはないとばかりに、エミリーの手を引っ張って部屋を出る。
エミリーを連れて廊下の突き当たりまで歩いたところ、俺はエミリーに振り返り、頭を下げる。
「すみません! 折角のエミリーの見せ場を潰してしまいました」
「いや…いいのよ」
エミリーは少しだけいつもの調子を取り戻したようだ。
「それより…なんであんたあんなことしたのよ」
「…エミリーが笑われてるのを見ると、我慢出来ませんでした」
「……そう、それじゃあどうするのよ。パーティーはめちゃくちゃになっちゃったし」
「それは…考えていませんでした」
やばい。
何も考えずにパーティーを壊してしまった。
エミリーの評価にも繋がるかもしれない。
……あれ?
これ、ひょっとしてやばいんじゃない?
エミリーの評価を落として解雇された挙句、責任とか取らされるのではなかろうか。
あれ?
俺、死ぬの?
「…じゃあ、あんたが責任取ってよ」
「死ねってことですか?」
やっぱり、死ぬしかないのか。
「違うわよ!」
違う?
どういうことだろうか。
「……あんたが私のこと祝ってよ」
上目遣いで、頬を赤く染めながら言ってきた。
なにこれ超かわいい。
今すぐ押し倒してやりたい気分だ。
そんなことできる雰囲気ではないのだが…
しかし、祝うというのなら、やり方は沢山あるな。
俺は胸を張って言う。
「ええ、喜んで!」
俺はエミリーを外に連れて、風魔法で屋根に上がる。
案外、上手くいった。
ちっ、こんなに上手くいくなら、一緒に上がらずにエミリーを先に行かせればよかった。
エミリーは今日、ドレス姿なのだ。
あの人類の希望ともいえる布を拝めたかもしれない。
勿体ないことをした…
だが、上がる際には一緒に手を繋いだ。
エミリーの小さくて暖かい手に触れられただけでもよしとしよう。
屋根に上がり、少し魔術のセットをし、俺はエミリーに向き直る。
「エミリー! これがあなたへのプレゼントです!」
と同時に、花火が大量に打ち上がる。
大きいものと小さいもの、そして花火の種類も多くしたから、とても綺麗だ。
エミリーもいい顔をしてくれる。
「シャル! すごい! こんなに綺麗なの見たことないわ!」
俺はその反応に満足しながら『それは良かったです』と答える。
落ち着いた返事をしたが、俺もこんな近くで花火を見たのは初めてだ。
もしかしたら、王宮の方に焼け跡などが着くかもしれないが、そんなことよりエミリーの方が優先だ。
そうして俺たちの夜が終わった。