この前の話 ー伝えたいことー
コロシアムを見た。
「すごかったねっ! お兄ちゃんっ」
「ほんとな、迫力満点だったな」
試合内容は火竜対氷竜だった。
「目の前に来た時は驚いたな」
「あれね!」
俺たちは興奮の面持ちで話す。
皆ガラス張りの関係者席で見ていたのだが、目の前に2体の竜が迫ったのだ。
マジでチビるかと思った。
「あの氷柱が決めてだったな」
「ねっ」
結果は氷竜の勝利だった。
火竜はブレスを吐いたりしかしていなかったが、氷竜は氷柱を口から吐いて火竜の翼を貫いたのだ。
そこからは高所を取った氷竜の独壇場だった。
俺たちの後ろでは、彼女たちが売店で買った肉を食べ歩きしている。
「マオ、それ私にもよこしなさいよ」
「無理だ」
「エミリー、私のあげるよ」
「…ありがと」
パクっ
「「 あっ! 」」
「すまん、食わんのかと思った」
「マオ! あんたね!」
彼女たちの楽しそうなやり取りが開かれている。
今日も平和だな。
もう日も落ちてきた頃だ。
今日は宿に帰って寝るとしよう。
ー
宿に着き、時刻は夜更け。
自室で息子を慰めようとした時、ドアがノックされた。
まだ脱いでいなかった事に安堵し、返事をする。
ドアが開き、入ってきたのは白のネグリジェで身を包み、2人分のグラスを持ってきたエミリーだった。
「シャル?」
「どうしました? エミリー」
エミリーが後ろ手に扉を閉め、俺を見据える。
俺はベッドから半身だけ起き上がる。
今宵のエミリーは落ち着いた雰囲気で、大人らしさを兼ね備えているように思える。
ネグリジェと月明かりのせいでそう見えるのかもしれない。
「えっと……話がしたいわ」
話?
恋の悩みか?
それとも龍王との謁見のことだろうか。
「ええ、喜んで」
笑顔で受け入れ、ベッドから下りる。
エミリーと共に壁際の机に座る。
壁はガラス張りになっており、横を見れば綺麗な夜景がある。
宿の高さはそこそこなので、絶景とまではいかない。
だが、俺の目の前には夜景よりも美しい景色があった。
月明かりに照らされたエミリーの髪は金糸のように輝き、落ち着いた彼女の顔は清廉で、深く輝く碧眼は宝石のようだ。
俺はグラスを手に取り、そこに水を入れようとする。
「シャル……私が入れるわ」
が、エミリーに止められた。
「はい、お願いします」
エミリーにグラスを渡すと、指先からグラスに水を入れる。
音も無く注がれたそれは、誰がやっても同じものなのに、何故か清水のように感じられた。
彼女のその動作1つ1つに見入ってしまう。
「ありがとうございます」
手渡された水を手に取る。
エミリーも自分の分を注ぎ、乾杯する。
お互いに1口仰ぐ。
「ふぅ………シャル、話…なんだけどね」
エミリーは1口で水を飲み干すと、ほっと息をついた。
いきなり本題だ。
俺も少し身構える。
「……………謁見って…どうすればいいかしら…」
謁見のことか。
エミリーは他国のお偉いさんに会うのは初めてなのだろうか。
今まで出かける時もその事が頭の片隅にあったのかもしれないな。
「緊張するんですか?」
「ええ…」
エミリーでも緊張する時があるらしい。
世界最強の存在。
そんなやつに直接会うんだ、無理もないだろう。
「僕が代役として行きましょうか?」
「それはだめよ」
そうだよな。
そんなことしたら龍王に怒られる。
「なら、予め言うセリフを考えましょうか」
「もう用意してあるわ」
用意がいいな。
「流石ですね。では、手土産とかはどうでしょう?」
「……龍王の趣味なんて知らないわ」
「なら、僕が誰もが驚くものを用意しておきます」
俺は自信あり気に答える。
俺だって1つや2つ得意なことがあるからな。
「何を用意するの?」
「それはお楽しみです」
そう言って笑いかけると、エミリーも微笑んだ。
俺にも龍王が何を貰って喜ぶなんて知らない。
だが、王宮でも見た事のないようなものを用意しようと思う。
「……あと、礼儀とかも分からないわ」
不安そうな顔だ。
礼儀作法の授業も出ていると聞いたが、まだ中途半端なのだろうか。
「大丈夫ですよ。僕たちが初めて会ったときみたいにすればいいんです」
冗談混じりで答える。
エミリーとの初対面。
あれは思い出深いものがある。
「……また水ぶっかけるわよ」
「おっと、やられたらやり返すのが僕ですよ?」
お互いに含羞み合う。
こういうやり時はやはり心地いい。
「まあ、あんまり考えすぎず、エミリーらしく振る舞えばいいんですよ」
「そうかしら…」
「ええ、エミリーは僕の自慢ですからね」
「……ええ」
俺もできれば胸の張っているエミリーを見ていたい。
龍王の前で胸を張っているエミリーはさぞかし格好いいことだろう。
「それと……もうひとつ…話があるの…」
「はい、なんでしょう」
謁見以外に何かあっただろうか?
エミリーが話しておきたいもの…
うーむ…
「馬車の時の……話…」
「……?」
馬車の時?
王宮からここまで来る時の間か?
何か話しただろうか?
うーむ…
「私の……好きな……ところよ…」
「…………」
あー……あれね。
はいはい、知ってた知ってた。
そっちの方か。
てっきりあっちの方かと思ってた。
「……言わせるんじゃ…ないわよ…」
そう言って、悔しそうな顔をし、頬を赤く染めた。
「すみません、エミリーのそういうところが見たくて」
そうそう。
恥ずかしがるエミリーが見たかったのだ
「では、御手をよろしいですか? エミリー」
俺は左手を差し出して、エミリーの手を促す。
「ええ…」
エミリーの暖かい手が乗せられる。
俺はそれをさらに右手で被せる。
俺は「では」と一言いい、エミリーの手を見つめる。
「エミリーの手が好きです。暖かくて、柔らかくて、ずっと握っていたくなります」
彼女の手を右手で撫でながら述べる。
指をなぞったり、甲を摩ったり。
「いつも胸を張ってるエミリーが、悲しい時に僕を頼ってくれるところが好きです。エミリーに頼られることが、僕にとっての喜びだと教えてくれました」
エミリーの顔を見ると、既に俯いてしまっていた。
今の彼女は手の感触と聴覚だけで俺を感じている。
「エミリー、愛しています」
「…………私もよ」
これが幸せというやつか。
彼女たちといると、幸せを再確認できる。
「今日はもう遅いですし、寝ましょうか」
「………ええ」
エミリーの手を握ったまま、ベッドへと誘う。
今夜はいやらしいことをする気は無い。
今の俺は性欲ではなく充足感でいっぱいなのだ。
エミリーと共にベッドで横になる。
今日はいい眠りにつけそうだ。
俺はそっと目を閉じる。
「シャル…」
と、横から声がかかった。
そこを見ると、エミリーは俺の方を向きながら臥せていた。
「どうしました?」
俺も彼女の方に体を向けて聞く。
「……しないの…?」
その一言で。
そのたった一言で、俺の心は性欲で溢れてしまった。
だが駄目だ。
「子供はまだ早いですよ」
「んん…」
曖昧な返事だ。
エミリーもしたいのだろう。
俺が彼女をこんなふうにしたのだ。
それだけでこれ以上ないほど興奮する。
だが駄目だ。
エミリーが俺の息子を撫でているが気にしない。
息子は反応を示すが、俺は反応しない。
なぜなら俺は鉄の男、シャル・テラムンドだから。
と、股間に違和感を感じた。
濡れているような、そんな感じの…
俺は一瞬、無意識のうちに果ててしまったかと思った、
だが違った。
「エミリー…?」
そう。
エミリーが魔術で俺の股間を濡らしたのだ。
鼠径部までしっとりと濡れている。
「シャル…?」
「はい」
俺の股間を濡らした理由が分からない。
彼女は俯いていて、表情は読み取れない。
「やられたら……やり返すんでしょ…?」
……ああ、そうだったな。
俺は鉄の男以前にやられたらやり返す男。
そういうことなら仕方ない。
倍返しだ。
エミリーの上に被さる。
彼女の放られた腕が、これから何をするか自覚している顔が、俺を大胆にする。
「エミリーはえっちですね」
「うるさいわよ…」
ー翌朝ー
未だ瞼が重いのを感じながら目を開ける。
顔を洗いたい気分だが、この宿にはベランダが無いため洗面所に行かなければならない。
毛布を退けた先には極寒の大地が待っている。
隣のエミリーの温もりを感じながら、2度寝の準備をするとしよう。
……む?
愛しの彼女を腕で探すが見当たらない。
仕方ないから顔を動かすと、そこにいるはずのエミリーがいなかった。
「エミリー…………僕をおいて…逝っちゃったんですね…」
「何言ってるのよ」
あり?
声の方向を見ると、既に服を着たエミリーが立っていた。
彼女は昨日話をしていたところにいる。
朝日を浴びるエミリーはやっぱり素敵だ。
「おはようございます、エミリー」
「おはよう、シャル」
こうしていると夫婦みたいだな。
さてと、おはようのキッスでもするかな。
俺は起き上がろうと┈┈┈┈
おっと、今はお恥ずかしい姿だった。
俺は半身だけ起き上がり、下半身は布団で覆ったままにする。
いやあ、それにしても昨日のエミリーはとても可愛かった。
愛の告白を何度もされた。
俺もつられて告白してしまった。
やはり言葉でお互いの関係を認識するのは安心するな。
「エミリー、昨日は可愛かったです」
「……急になによ」
ツンツンしているが、満更でもなさそうだ。
やはり可愛い。
「謁見の緊張は解れましたか?」
「ちょっとね」
「ならよかった」
エミリーに笑いかける。
今日から俺も龍王の手土産の制作に励むとしよう。




