お兄ちゃんは万能 ー我慢は体に毒ー
野営をすることになった。
場所は森を抜けた先にある平地。
透き通った空気に、星の広がっている夜空は美しい。
今の季節は冬だが、その気温も心地よく感じられる。
野営の経験はあるが、やはり気の知れた人たちと一緒だとテンションが上がる。
性的な意味もあるが、それ以外でも十分楽しめる。
「シャル様っ………シャル様はいますか?」
と、今夜の妄想をしていたら、聞き覚えのある声が俺を呼んでいた。
「はい、ここです」
「シャル様っ!」
小走りでやってきたのは俺専属メイドのメイアさんだった。
なんだろう。
また媚薬でも盛りにきたか?
「何かありましたか?」
「はい…予想外の魔物襲来に少し建築の魔力が足りなくなってしまって…」
「建築の魔力?」
「エミリーお嬢様を野営させる訳にはいきませんので…」
なるほどそういう事か。
それなら仕方ないか。
テントくらいは用意してそうな気がしたが、さすがに一国のお姫様をそんなところに寝かせられないよな。
エミリーならどんなとこでも寝れそうだが。
「どのくらいのを作ればいいですか?」
「宿程度のものを…」
ふぁっ?!
やどぉーう?
おいおい、さすがに甘やかし過ぎなんじゃないかね?
「分かりました。あそこら辺でいいですか?」
「はい、ありがとうございます」
でかい家を作った。
宿何個分ぐらいのやつを。
ただ壁を作って、三角屋根をつけただけの質素なもの。
部屋もそれぞれ分けて作っておいたが、ただ区切っただけのものだ。
「流石です、シャル様」
「いえ」
大きいが装飾は下の下だ。
初めて作ったというのもあるが、俺に美的センスは無い。
のっぺりとした壁に、普通の屋根。
そちらの方は下手に作るよりも、他の魔術師にやってもらった方がいいだろう。
「これお兄ちゃんが作ったのっ?!」
と、横からリオンの声がした。
興奮の面持ちでやってきた妹の目はキラキラして、その先には俺の作った家が写っている。
「まあな」
「すごいっ!」
ハハハ!
もっと言ってくれたまえ!
君のお兄ちゃんは尊大で、素晴らしい御方なのだから!
「シャルってなんでもできちゃうね」
と、フィルティアの称賛の声。
ただ魔力を込めただけなのにこの褒められようだ。
少し気が引けてしまう。
「フィルティアもこのくらいできますよ」
「できないよ」
そんなことは無い。
フィルティアは魔術に関してはピカイチだ。
授業だって後から始めたのにエミリーとマオに教えれるのだからそうだ。
「やるわね」
「やるな」
いつの間に隣に来たエミリーとマオも褒めてくれる。
2人だったらこんなもの直ぐに壊せると思うが。
「ありがとうございます」
返事をして、中に入ることにする。
中は綺麗で広い。
左右に別れた廊下に、中央には2階へ続く階段がある。
「……何も見えないわ」
おっと、俺としたことがエミリーに補助をかけ忘れていた。
俺はというと、無意識に魔術をかけていたみたいだ。
「ふっ、お前には見えぬのか?」
「あんたのまぬけ顔はしっかり見えてるわよ」
「っ!」
「はいはい、落ち着いてください」
2人を宥めながらエミリーへと近づく。
彼女にも補助魔術をかけなければならない。
室内を回るついでに火は灯すが、補助はあった方がいいだろう。
「エミリー、目閉じてください」
「えっ…」
……ん?
何故か驚かれた。
今はエミリーの顔、正確には目尻の方に指が触れかけているのだが、エミリーは一向に目を閉じない。
それどころか動揺の目で見られている。
「シャル……ここだと…」
「…?」
何故こんなに緊張しているのだろう。
何か変なことでもしているだろうか?
…………あ
これあれだ。
キスする時のやつだ。
やべ。
「エミリー…補助魔法をかけたいので…その……目を閉じてもらえますか?」
「ぇ…? あ……ええ…」
やばい。
俺としたことが乙女に恥をかかせてしまった。
紳士として有るまじき行為だ。
エミリーは恥ずかしそうに目を瞑り、口も紡いで何かに耐えているようだ。
彼女の目尻に触れ、補助をかける。
「はい、大丈夫ですよ」
「ん………ありがと」
ゆっくりと目が開かれ、何度も瞬きしているエミリー。
魔術をかけられる前後の光景を確かめているのだろう。
だが、俺の魔術はこの程度では終わらない。
「エミリー」
「…ん?」
両手を彼女の頬にあてる。
そして…
「っ…!」
キスをした。
「っ……はい、こっちの補助もできました」
なんて気障なセリフを言いながら頬から手を離す。
エミリーはホッとした顔をして、俺のした行動が間違いでないと知る。
俺もこんなことが言えるようになった。
前世の俺が今の俺を見たら助走をつけて殴ってきそうだが、そんな感情は今の俺には無い。
あるのは愛しの彼女が『如何にして喜ぶか』ということだけだ。
「っ………ありがと…」
うん。
照れてるエミリーはやっぱり可愛い。
黄色い声が聞こえないのを怪訝しく思っていたら、リオンはフィルティアに補助をしてもらっていた。
「すごい明るいですっ!」
「補助魔術は得意なんだぁ」
リオンに笑いかけるフィルティア。
そのやり取りは姉妹のようだ。
尊さを感じる。
俺とフィルティアが結婚したら本当の姉妹になってしまうんだよな…
なんとも感慨深いものがある。
「では、それぞれ好きな部屋を決めて今日は寝ましょうか」
「ええ」
「うん」
「はーい」
各々が好きに行動し、今日のところは解散だ。
俺も明かりを灯し終わったら寝るとしよう。
「シャル」
と、俺も移動をしようとしたら止められた。
振り向くとマオが腕を組んで俺を見据えている。
「どうしました?」
もしかして暗闇が怖いとかだろうか。
いや、マオは猫目だし大丈夫だとは思うが。
ならばなんだろう。
夜のお誘いか?
頼まれたらするしかないが、なるべくそういうのは控えておきたい。
「私に補助はしないのか?」
補助?
ああ、さっきのキスのことか。
ふむふむ。
頼まれたら断らないのが世の紳士というもの。
だが、やっぱり意地悪したくなる。
どう転んでもキスはするが、マオの反応が見てみたい。
「何のことですか?」
「……分かっているだろう」
さあねっ?
しっかりと口で言ってもらわないと分かんねえべ。
「さあ? 口で言ってもらわないと分かりません」
「っ………おまえ…」
マオのモジモジして困っている姿は見ていて楽しい。
睨まれるのも悪くない。
だが、涙目になられては困るのでそろそろ優しくしよう。
「冗談ですよ」
そう言って、マオへと歩み寄る。
俺も女の子の扱い方が分かってきたのかもしれない。
前世のギャルゲー経験が活きていることを願おう。
「もういい」
と、そっぽを向かれた。
………やっべ。
何が前世のギャルゲーだよ。
全然役に立ってねーじゃねえか。
どうする?
こんな時ジェフはどうしてたっけか?
ああ駄目だ!
ナニをしているところしか思い浮かばない!
なんでこういう時はナニしか思い出せないんだ!
ジェフめ、次会った時は1発殴ろう。
「あの……マオ…?」
「うるさい…知らん…」
これ完全に怒ってる…
これ完全に怒ってる!
「マオ、すみません。僕が悪かったので機嫌直してもらえませんか?」
「うるさい…」
ぐはぁっ!
ボディブローが入った。
マオの態度が痛い。
ただ、何か引っかかるな。
俺の心はどこか余裕がある気がする。
この違和感…
今まで俺は彼女に嫌われそうになったらかなり狼狽えていた。
なのに、今の俺には余裕がある。
慣れ故の余裕でないことを願うが、そうじゃないとしたら…
導き出された答えは1つ。
マオがここから動いていないということ。
本当に『もういい』のだったらとっくに部屋に行ってるはずだ。
だが、マオはそれをしていない。
……つまりはそういうことだ。
俺にはまだ勝機が残っていたのだ。
「マオー?」
だというのに、俺は呼びかけることしかできなかった。
自分の情けなさが恥ずかしい。
「………」
だが、今までの呼びかけが効いたのか、未だ睨み目ではあるが、こっちを向いてくれた。
「もっと…」
…?
なんじゃろうか?
「エミリーより……長く…してくれるか…?」
勝った。
俺の粘り勝ちだ。
「はい、もちろんです」
「なら…」
マオが俺へと向き直り、目を閉じて唇を差し出してくる。
何度見てもこの顔は俺の心を燻らせてくれる
「んっ………」
先程よりも長く、そして多くした。
目を開ければマオの可愛い顔がある。
彼女と目が合うと、より激しくしたくなってしまう。
だが…
「っ…はい………終わりです、今日はもう寝ますよ」
「ん……分かった」
あれ?
案外あっさりしてるな。
性欲の高いマオなら、これ以上のことを求めてくるかと思っていたのだが。
しかし、マオの名残惜しそうな顔をしている。
マオも我慢しているのだ。
俺だって本当はもっとしたい。
だが、ここはお互いに我慢だ。
部屋では1人で済ませるとしよう。
「おやすみ、マオ」
「うむ……おやすみ」
何気ない日常のやり取りが心地よく感じられた。
マオのおはよう、マオの手料理、マオのおやすみ、マオが赤ちゃんを抱く姿…
考えただけで満足感が湧いてきてしまう。
そうして、俺は眠りについた。




