父の意地
---第三者視点---
「…………」
ガタチャン……
王宮の中でも大きめな扉を中年の男が開ける。
一人の国王。
それも一人の父親が自分の娘の部屋を久しぶりに見た感想は“満悦”だった。
一人の娘が使うにはあまりに広すぎる部屋。
あまりに豪華すぎる部屋。
だが、それはあくまで一般的な尺度で測った場合のみ。
彼女の器を考えれば、これでも小さい方だろう。
そう思う親がここに一人いる。
「…………」
そして、子供思いな親の視界に愛しの娘の姿が入る。
普段は美しく端正なその顔は悲しみに暮れ、曇っている。
毛布が掛けられた自分の膝を抱き、背中を丸める情けない姿だった。
「エミリー……」
「……お父様……」
萎れた声。
一瞬、今すぐ踵を返して愛しの娘にこんな顔をさせた男。
シャルの顔をぶん殴ってやりたい気持ちに駆られる。
だが、それよりも優先すべきものがあることに気づかされた。
「大丈夫か……?」
「……ええ……意志を貫いただけですもの……」
「…………」
エミリー・エルロードの親、ユラーグ・エルロードは悩む。
この場合、親として接するか、王として接するか。
どちらがより我が子のためなのか。
「…………」
窓際に置かれた椅子を持ち、ベッドの脇でそれに座る。
辛うじて作った短い時間。
そして、選択の時が来た。
「子を作る気か?」
「ぶち殺しますわよ」
間髪入れずに娘から厳しい一言が飛んできた。
もちろん、自分もこの質問が娘に向けるものではないと理解している。
いつもであれば軽い世間話から入り、質問と共感を織り交ぜながら話していただろう。
だが、今日ばかりはいつも通りとはいかない。
王として話す躊躇いを無くす必要がある。
いつもの優しいパパは置き去りにするのだ。
「落ち込んでる娘にかける言葉かしら?」
「うむ、全くその通りだ。だが┈┈┈┈┈┈」
お互いの口が同時に開いた。
「「 互いに決めたことなら大丈夫。私がこの目で見たのなら大丈夫。言ったはずよ、私は『誰にも騙されない』って(互いに決めても相手がテラムンド。お前がその目で見ているのはテラムンド。言ったはずだ、私は『奴らを警戒しろ』と)」」
エミリーはユラーグを人差し指でさし、あとに自分を親指でさした。
ユラーグはエミリーを人差し指でさし、あとに自分を親指でさした。
「「…………」」
互いに睨み合う。
エミリーがシャルに出会ってからは何度かしているやり取りだ。
“テラムンドは絶対に信用するな”
エミリーが赤ん坊の頃から口を酸っぱくして言っていた文言だが、それも既に無意味になってしまった。
ユラーグはテラムンドを恐れている。
テラムンドは永くエルロード王家に仕え、どの貴族よりも、何よりも多くの功業を築いている。
王家に不利益が生じたことなどただの一度もない。
エルロード王国が人国随一の大国となったのも、テラムンドの存在が大きいだろう。
にも関わらず、この王は彼らを信用できずにいる。
奴らは誰でも堕とす。
年齢、性別、果ては種族も何も問わずに。
そして、何でもやる。
何でもだ。
その噂を聞きつけた世界中の者たちが奴らを求める。
初めは大きな期待を持たずに接するが、直に理解する。
“噂のような生半可なものではない”、と。
当然だ。
アレは何よりも危険な毒。
全ての生物を堕とすために創られた存在なのだ。
だが、決して悪用はしない。
その性質が恐ろしい。
何故そんなことが出来るにも関わらず、王の座を狙わないのか。
何故下に就いたままなのか。
何故あんなふうに笑えるのか。
そして、理解が出来ないものの中に自分も含まれているのも解せない。
(私も既に腕の中、ということだろう……)
ユラーグは悲しげな目をエミリーに向ける。
「シャルは私を利用して何かしようなんて思ってないわ」
この分からず屋の娘をどうにかしなければならない。
「思っているかどうかではない。出来るかどうかが問題だ」
これ以上、犠牲者を出さないために。
「例えそうでも私は彼に籠絡なんてされないわ。この状況がその証拠よ」
「それすらもだ。何度も言っていることだろう。┈┈┈┈」
エミリーの眉が寄った。
「┈┈┈┈あいつらを人間だと思うな」
「…………」
悲しんでいる娘の機嫌が更に悪くなる。
痛む心はある。
だが、王として父として、国と娘を守らねばならない。
「……そう。それでも私はシャルと一緒に過ごすわ」
「…………」
意志は変わらない。
全くもって頑固極まりない。
「大丈夫よ。私は彼に堕とされたりなんかされないわ。四年も我慢したのに、それをはね除けたんだもの」
「……うむ、そうだな。簡単には出来ぬ所業だろうよ」
「でしょう?」
ユラーグは心の中で肩を落とす。
(四年も我慢するのが問題なのだ……)
心の中を悟られぬように椅子から立ち上がる。
「だが決して油断は許されない。警戒は続けるんだぞ」
たとえ諄いと思われようとも、これだけは言い続けなければならない。
今回はこれだけに留めるが、また時間があれば伝えるつもりだ。
「ええ、分かってますわ」
椅子を元あった場所に戻し、『何かあったら呼ぶんだぞ』と言い残し、エミリーの部屋を出た。
ガチャン……
背中に扉が完全に閉まるのを感じる。
そして窓の縁に手をかけ、体重を寄せた。
「…………」
(嫌な父親になったものだ……)
王であるユラーグがこんな姿になるのは珍しい。
彼は基本、何があろうと表情一つ動かさないよう意識している。
“王が動じれば民が揺らぐ”
“王は誰にも弱みを見せてはならない”
という持論を持っているからだ。
故に、弱っている今も、廊下に誰もいないのを確認したあとに行っている。
(シャルのヤツめ……)
娘を悲しませ、あんな目にした男の顔を思い浮かべる。
八つ当たり気味な感情だが、筋違いという訳でもないだろう。
何しろ、相手はテラムンドだ。
「…………」
(覚えておけ……。次に会ったら引っぱたいてやる)
一つの決意を固め、父親は歩みを進めた。




