警戒
「場を用意しろ。これまでのことを話してもらわねばならん」
「はい、喜んで」
陛下と二人きり。
四年前に一度だけ同じ状況になったが、その時は険悪な雰囲気になってしまった。
今回はそのやり直しにしたいな。
▲_▲
部屋を用意し、陛下が座ったのを確認したあとに座る。
「陛下とこうして話せるのは久しぶりですね。ワクワクします」
「そうか」
そう言い、陛下は俺が用意した茶に口をつけた。
そして、俺も同じく用意した茶を飲んだ。
「陛下、最近の┈┈┈┈┈┈」
「┈┈┈┈┈┈待て」
「?」
軽く雑談でもしようかと思ったが、止められた。
陛下は俺を警戒するような目で見ている。
「……すまんな。テラムンドにあまり喋らせるわけにはいかん」
「?」
どういうことだろう。
何か喋ってはいけないことでもあるのだろうか?
例えあったとしても、うっかり口を滑らせるなんてことないんだが……。
たぶん。
「承知しました。少し寂しいですが」
「……」
目を逸らされた。
そして、誤魔化すように茶を口に運んだ。
「……この四年間、具体的に何をしていた?」
「ほとんどが訓練ですね。余った時間で城内をくまなく探索してみたり、幹部たちや城内の者たちに内情を聞いたりですかね」
「ふむ」
あと、女性たちと戯れたりもしたが、それは省略だ。
言ったら怒られそうだ。
「魔王とは話したか?」
「あまり話したことはないですね。顔を合わせても、僕の方が怖くて逃げ出してしまいまして」
「……ほう……」
そっと。
そっと陛下が安心したように見えた。
「そうか、お前のような者でも┈┈┈┈┈┈……いや、なんでもない」
「? なんでしょう、気になりますね」
「……構うでない」
なんだそりゃ。
よく分からない人だ。
「それより、魔王から命令されることはあったか?」
まるで尋問だな。
事務的な質問ばかりされる。
「いえ、何も言われたことはないですね」
「? そうか」
「?」
なんだ、今の間は?
おかしな返答だっただろうか?
「……さて、話はこれくらいでいいだろう」
膝に手を置き、立ち上がろうとする陛下。
「いえ、少しお待ちしてもらってもよろしいでしょうか?」
だが、それを制止する。
陛下は上げていた腰を落としてくれる。
「……なんだ?」
「一つだけお聞きしたいことがありまして。よろしいでしょうか?」
「……うむ、いいだろう」
陛下が前かがみになり、聞く姿勢になった。
俺も同じく前かがみになり、話す姿勢になる。
今まで少しだけ気になっていたこと。
こうして改まって聞くほどのものでもない。
聞いてどうなるわけでもない。
陛下の目を真っ直ぐ見る。
「陛下は、魔王の目的を知っているのではないですか?」
「…………」
黙る陛下。
魔王が各国から魔力の強いものを集めている理由。
魔王が小国から大国に至るまで結んでいる条約だ。
魔力の強い者を城に呼び、いつ帰れるか分からないままそこで魔術の鍛錬に励むのだ。
母国に帰れている者がほとんどだが、何年も何十年も帰れていない者もいる。
その期間は魔力の強さに比例している。
目は逸らさない。
「…………あれは……」
陛下が口を開き、僅かに目線を下に逸らした。
「あれは悲しき王だ」
「……?」
悲しき王?
どういう意味だ?
「だが、それも今疑問に変わった」
「? どういうことでしょう?」
「……それを言うつもりはない。すまんな……」
一番肝心なところをおあずけされる。
ふりだしと大して変わらない。
「……このくらいでいいだろう。長居させたな」
陛下が立ち上がる。
「いえいえ、陛下と話すのは楽しいですよ」
俺も合わせて立ち、出口の扉を開く。
先に廊下に出て、陛下も出たのを確認し、扉を閉じた。
久しぶりに執事っぽいことが出来た。
ちょっと嬉しい。
陛下に付き従う。
「陛下、今からお嬢様のところへ向かうのですか?」
陛下の歩く方向を見てそう思う。
この先に用事があるものと言えば、エミリーの部屋しかない。
「ああ、そうだ」
「……今のお嬢様は少し気が落ち込んでいるご様子……。時間を置くのも良いかと思いますが……」
「……ほう」
陛下の目が少し厳しいものになる。
だが、この反応も当然だ。
俺はテラムンド。
王家をはじめとした相手の機嫌を取るのが仕事だ。
それをたった一人の娘の機嫌も取れていないのだ。
こういう目を向けられるのも仕方ない。
「そうか……。フィルティアのところへ行くのだな?」
「なんと、頭の回転が早いですね。さすがです」
「……ふむ……」
陛下は何か考えるように顎に手を当てる。
そして、すぐに後ろ手に組み直した。
「なれば急ぐがよい」
お。
フィルの部屋に行く許可が下りた。
「よろしいのですか?」
「構わん。余は親子の会話をしてくる」
「畏まりました。では最後に握手を」
陛下に数歩近寄り、手を差し出す。
「……」
陛下は少し考えたあと、手を握ってくれた。
「ありがとうございます」
「うむ……ではな」
「はい、失礼致します」
陛下が部屋に向かって歩き、それを少しばかり見送る。
陛下が角を曲がり、視界から外れてから振り向く。
「よし」
フィルの部屋へと体を向けた。




