二度目の別れ
---シャル視点---
「…………」
じめっとした感覚で目が覚めた。
だが、目は冴えてスッキリしている。
彼女とシた後の目覚めはいいものだ。
窓からさす日がいつもより輝いて見える。
そして、隣の温かさはそれ以上の輝きだ。
「おはよう、エミリー」
「…………ええ、おはよう」
彼女は俺の腕を抱き枕にして、そこに顔を埋めている。
いつもなら目を合わせてくれるところだが、こちらを向いてくれる気配はない。
「どうしたの?」
「……いいえ」
ううむ……。
何かしたっけか?
少し頭を悩ますが、何も思い当たる節がない。
まあ、悪いことではなさそうだし、気にしないでもいいだろう。
彼女の掴む腕をほどき、ベッドの背にもたれる。
それから体を伸ばし、溜まった凝りをとっていく。
いい気持ちよさだ。
エミリーとたくさんシたという事実が体に染み込んでいると実感する。
今日もたくさんシよう。
エミリーも体を起こし、俺の左隣に背をもたれさせた。
「?」
彼女の体をよく見ると、少し艶かしさを纏っているような気がした。
いつも彼女はセクシーで可憐で魅力的だが、今は少しえっちに寄った魅力だ。
不自然に思い手を握ってみると、いつもより体温が高い。
それはほんの少し。
本当にほんの少しだけ汗ばんでいるように思える。
寝起きの硬い体ではなく、温まった柔らかさ。
「…………」
やはりだ。
溜まっている証拠だ。
これだけの情報で断定は出来ないが、俺の彼氏パワーがそれを感じ取っている。
少しえっちな話題でも話そうか。
「昨日のエミリー、凄い可愛かったよ」
「……ええ」
……?
思っていた反応じゃない……。
手を握り返したり目を合わせたりしてくれるかと思ったが、逆に手の力は抜け、目線の角度を落としてしまった……。
いや、思っていた反応と違うなんていつもの事だ。
だが、今のは何か……。
彼女の手を優しく握り、表情をうかがう。
「…………」
なんでそんな悲しい目をするんだ……?
何かしてしまっただろうか?
昨日のえっちでやらかしたか?
いや、後戯の時は機嫌が良かった……。
今は生理でもないし、体調が優れないというわけでもないはずだが……。
「シャル……話があるわ……」
「ん……? うん……」
なんだろうか……。
あまりいい予感はしないが、悪い予想もつかない。
「「 ………… 」」
胸が締めつけられそうな気がした。
「あのね……」
「……うん」
きっと言いにくい事なのだろう。
俺の手の中でギュッとシーツを握り、唇を内側に巻き込んでいる。
「…………」
…………。
俺は言いたくなさそうにしている彼女の肩に腕を回┈┈┈┈┈
「もう…………フィルのとこに行きなさい……」
「……?」
フィルのところ……?
なぜ今さら?
回そうとしていた腕を下ろす。
「どうしてだ? まだ一緒にいれるはずだろう?」
「……駄目よ」
「…………」
理由が分からない……。
俺たちは四年も会えず、互いに再開できる日を羨望していたはずだ……。
それは言葉でも、行動でも確認し合えた……。
それをたった一日で……?
マオとは一ヶ月以上もそばにいた。
なら、エミリーとも同じくらいの時間を過ごしたい。
「……何か理由でもあるのか……?」
「……まだ家族と会ってないでしょ……?」
ああ……。
今の今まで忘れていたな……。
俺はまだ家族とはまだ再開していない。
確かに久しぶりの家族と抱きしめ合いたい気持ちもあるが、それよりも……。
「エミリーと一緒にいたい」
「…………だめ」
「…………」
頑固だ……。
そういうところは昔と変わっていない……。
そんなところも懐かしく思うが、今は都合が悪い……。
「……エミリー、素直になってほしい。この四年で我慢する癖がついたのも分かってる……。今だってそうだろ……?」
「…………」
「だから、正直に言ってほしい」
「…………」
エミリーの背中に優しく手を添え、彼女の手も握る。
あくまで急かさず、安心させるような手つきで。
「…………」
エミリーが口を開き、何かを言いかけ、やめる。
下唇を噛むその姿からは悔しさが見て取れる。
「…………私だって……」
「うん」
「…………私だってシャルと一緒にいたいわよ……」
「うん……」
彼女の表情は悔しそうで、口調もまたやるせないように見える。
「……でも駄目……」
「…………」
「……だって……私しか得をしないもの……」
エミリーしか得をしない。
自分の欲を通したい気持ちはあるが、それをするとフィルや俺の家族が悲しむ、ということだろう。
…………。
本当にこれだけか?
これだけであれば、マオの時も同じように言えただろう。
あの時はエミリーとフィルを犠牲にしてマオと一緒にいた。
エミリーもそれは分かっているはず。
何か他に理由がある気がする……。
「……本当にそれだけ?」
「…………他は言わないわ……」
「……どうしても?」
「どうしてもよ……」
「理由がある?」
「あるわ……」
「ん……分かった」
…………。
どうしてもなら仕方ないか……。
彼女にも考えあってのことだ。
俺が詮索したら意味がないのだろう。
ここは恋人として理解を示すべきだ。
エミリーの肩を抱き、互いの体をくっつける。
そして、ベッドに置かれていた二人の手を俺の太ももに置く。
「…………シャル?」
「ん?」
「……フィルのとこ…………行ってほしいのだけど……」
…………。
「エミリー」
「……?」
「一回は離れちゃったけどさ、またこうすることが出来てよかったね」
「……ええ」
より体を寄せる。
「えっちもさ、心が通じ合ってる感じがしてよかったね」
「…………ええ」
「……エミリー」
「…………」
彼女の鼓動が早くなった。
それに伴って体温も上がり、肌も柔らかくなってくる。
そんな体を包み込み、太ももに置いていた二人の手を彼女の胸に添える。
そして┈┈┈┈┈┈。
「君が一番好きだ、エミリー」
「………………っ」
ドクンと彼女の心臓が跳ねたのを感じた。
耳を赤くして、鼓動を強く早く鳴らしている。
体を小さく縮こめるエミリー。
胸を苦しそうに抑えるエミリー。
その手の指先を撫でる。
「君を一番大切に思ってる」
両手でエミリーの手を包み込む。
彼女も胸の代わりに俺の手を握り返してくれる。
「ほんとにっ…………だめっ……」
彼女も両手で俺の手を握り込む。
そして、逃げるように体をさらに縮こまらせた。
俺の手をしっかりと握ったままするその動きは、俺には挑発しているようにしか見えなかった。
体の熱が逃げないうちにエミリーの体を再度抱擁する。
「ずっと一緒にいよう」
「っ…………」
「だからさ、エミリー┈┈┈┈┈┈」
┈┈┈┈我慢しないでいい。
そう言いかけた。
だが……┈┈┈┈
「┈┈┈┈┈┈やだっ…………」
「…………」
心臓を強く鳴らしたまま。
未だに手を握ったまま、そう言われた。
「「 ………… 」」
舞い上がっていた熱が引いていくのを感じる。
頭が冷えた。
「…………ごめん」
「…………」
心が弱ってる時に来る射精後のような感覚だ……。
自己嫌悪の念が襲ってくる……。
「…………」
分かってはいる。
エミリーは本当に嫌だとは思っていない。
今も俺の手を強く握っているし、鼓動も早い。
だが、ここまで拒絶されれば落ちる肩もあるだろう……。
「……分かった」
「…………」
握っていた手の力を緩め、二人の間に出来た熱も逃がしていく。
「……」
エミリーの手にも抵抗なく離された。
抜けた熱が体を緩ませ、余計に肩が落ちているのを感じる。
エミリーの丸められた背中を軽く撫で、ベッドから下りる。
足に硬い感触が伝わるのを不快に思いながら、服の皺を伸ばす。
「……じゃあ……行ってくるね」
「…………待って……」
「……?」
俯いた視線で俺の足元を見たまま止められた。
少しだけ期待する。
「……服だけ……くれないかしら……」
「……両方とも?」
「ええ……」
部屋の窓際に置かれた机に目線をやる。
そこの椅子に俺の執事服とエミリーの服が掛けられている。
窓際だが、両の服ともに日は当たっていない。
パジャマのボタンを外しながら、執事服の方へ歩く。
そして、上半身裸で両の服をエミリーに手渡した。
「ありがとう……」
「うん」
「……」
と、エミリーがベッドの下に手を伸ばし、そこの引き出しを開ける。
中には白と黒と濃緑の服が何故かギッシリと入っている。
「はい……」
「ん、ありがとう」
三つ一式の服を手渡され、礼を言う。
「ええ……」
エミリーは平坦な声でやり取りをする。
渡した服を隙間なく閉じられた太ももの内側に巻き込みながら。
「……エミリー」
「……?」
落ちていた顔が少しだけ持ち上がる。
だが、まだ足りない。
「……」
彼女の体に一歩近づき、首筋に手を添える。
「「…………」」
彼女も何をするか気づいたのだろう。
今まで下げていた顔を上げる。
「「…………」」
キスをした。
「「…………」」
「……すぐに帰ってくる」
「……ええ」
最後に微笑み、扉に足を向ける。
シャツを着ながら歩き、扉を開く。
「またね」
「ええ、また……」
扉が閉まる音を背に、少し中空を見つめる。
そして、まだ着ていない服を着た。
「………………はぁ」
その場にしゃがみこむ。
「…………」
エミリー、悲しそうだったなぁ……。
「…………」
絶対我慢してたよなぁ……。
「…………すぅ……はぁぁぁ」
深呼吸をし、背中の名残りを払う。
ここで足踏みしていても仕方ない。
エミリーが決断したんだ。
俺もするのが筋だろう。
「……」
立ち上がり、固まっていない体を伸ばす。
「よし」
次はフィルのところだ。
脱いだパジャマのズボンを腕に掛け、懐かしい廊下を歩く。
柔らかい素材のカーペットが敷かれ、左右には大きく煌びやかな窓たちが並んでいる。
頭上には一つのシャンデリア。
この長い廊下を一直線に跨げるほどの大きさだ。
カーペットが敷かれた廊下に足音は響かず、自然と大きな窓から覗く景色に目を向ける。
王宮中央の最も大きな庭。
向かい側の城が小さく見えるほど、開放的で広々とした場所。
良い場所だ。
あの庭で彼女たちと一緒に過ごすのもいいな。
マオももうすぐ妊娠後の超負荷の運動に力を入れる時期だろうし、あそこで一緒に運動するというのもいいだろう。
「…………」
窓からの景色を見ていると、長い廊下も短く感じる。
エミリーの部屋からフィルの部屋は比較的近い。
昔は遠かったが、今はエミリーの身辺警護を担っているからなのだろう。
軽い足取りで歩く。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈。
┈┈┈┈。
「シャル・テラムンド」
「?」
突然、名前を呼ばれた。
低く、重厚な声。
窓の景色を見ていたのと、絨毯に足音が吸われて気が付かなかった。
久しぶりに見るガタイのいい中年。
俺を魔王城に連れ去った張本人。
「陛下……」
エミリーの父親、ユラーグ陛下がそこにいた。




