次のベッド
ガタタ……………カチャ
「皆様、到着いたしました」
メイアさんが馬車の扉越しで到着を伝えてくれる。
獣族の村から王宮に着くまで二週間と少し。
長旅ではあるのだろうが、やけに短く感じた。
俺とマオの前に座る二人┈┈┈エミリーとフィルが立ち上がる。
俺もそれに続こうと、体勢を変えた。
「マオ、立つよ?」
「ん……」
俺と向かい合わせで抱きつくマオの返事を聞き、彼女を抱っこして立ち上がる。
ー
王宮の玄関を抜け、四人で立ち止まる。
「「「「 …………… 」」」」
全員が無言だ。
だが、視線は皆同じ方に向いている。
「 ………… 」
俺に抱きつき続けるマオ。
本来であれば、俺がマオの相手をするのは王宮に着くまでだ。
なので、次はエミリーかフィルのどちらかを相手にしなければならない。
そのはずだが……
「マオ……そろそろ変わってほしいのだけど……」
「…………」
「マオ……?」
「……」
エミリーの問いかけにも応じない。
ずっと抱きついたままだ。
「……やだ」
嫌らしい……。
「離れたくない……」
離れたくないらしい……。
へへ……。
「「 …………… 」」
エミリーとフィルが俺を困った表情で俺を見てくる。
マオをここまでしたのは俺なのだから、俺自身が何とかすべきだろう。
しかし、どうしたものか……。
「マオ、離れたくない?」
「うん……」
可愛い。
俺も離れたくない。
「俺もずっとこうしてたい。その気持ちは同じだ。だけどさ┈┈┈┈┈┈」
彼女の我儘を責めることも出来るだろう。
了承した約束をここに来て反故にする言うのだから。
だが、そんな事はしたくない。
マオは俺のことが好きだからこうしてくれているのだ。
彼女の好意に対して理解を示さないのは夫の俺がすることではない。
好きと言われたら好きと言う。
抱きしめられたら抱きしめ返す。
ごく当たり前のことだ。
そもそも、俺が彼女を三人も作らなければ良かったことは忘れておく。
「┈┈┈┈┈┈だけどさマオ、お腹の子はいいの?」
「…………」
俺が切り出したのは獣族特有の文化のことだ。
この状況を解決する策。
誰も傷つかず、次のベッドに移行できる閃き。
獣族たちはちょうど今の時期┈┈┈一夜を過ごしたあと、超負荷な運動をするのだ。
つまり、腹に子を宿しながらめちゃくちゃ運動するということだ。
獣族たちの文化には『産まれる前から強くあれ』、という考えがある。
これにより、低い出産率と引き換えに生まれた子は強くある、と信じられている。
その考えに従えば、今のマオも納得してくれるはず。
「んん…………」
マオがソワソワしだす。
運動とえっち┈┈┈子供か俺、どちらを優先すべきか悩んでいるのだろう。
「…………分かった……」
よし。
上手くいったみたいだ。
「でも……」
ん?
「シャルの服……ほしいな……」
あー……。
なんだそんな事か。
「ん、分かった」
久しぶりにマオの体温から離れ、ベストとシャツを脱ぐ。
Tシャツ姿で脱いだ服をマオに渡す。
「ありがとう……」
「うん」
「…………」
…………。
なんだか悪いことをしている気分だ。
マオは俺の服をギュッと抱きしめながら俯いてしまっている。
彼女の目線は安定せず、自分の足元を見たり、俺の足元を見たり、どこでもない床を見たりしている。
俺のことが不安で仕方ないのだろう。
何も言わずに四年もいなくなった男だ。
たった数週間で安心できるわけがない。
「……………」
いや、もっと別の理由かもしれないな……。
「マオ」
「……?」
ソワソワしていたマオの視線が止まり、可愛らしい上目遣いで俺を見上げてくる。
そんな彼女に体を寄せる。
そして┈┈┈┈
「っ…………」
抱きしめた。
元の温かさが戻ってくる。
彼女の体に沈むような感覚と同時に安心感を覚える。
しばらくマオを抱擁し、頭を撫でて、更に抱きしめる。
離れたのはついさっきなのだが、懐かしさすら感じる。
「すぐに戻ってくる」
「うん…………」
マオも俺を抱きしめ返し、頭を俺の胸に擦り付けている。
「それと┈┈┈┈」
俺は少し忠告をしようと思った。
ここにはあいつがいるのだ。
「………………」
「……?」
だが、言い淀んでしまった。
何故だか分からない……。
だが、口にはしたくない…………ような気がする……。
ここでマオに知らせるべきだ。
愛する人が危険に晒されるかもしれない。
「シャル……?」
それなのに…………。
「いや……………愛してる、マオ」
「うん……私も愛してる……」
抱きしめていたマオを軽く離す。
癖でマオの目を見つめ、癖でキスをした。
「じゃあ、またね……」
「……うん」
マオの俺を抱きしめる力が抜けていき、それに伴って彼女の目も伏せていく。
ヤバいな……。
また抱きしめてやりたくなってしまう。
彼女の寂しそうな顔はやはり慣れない。
もう一回くらいは抱きしめても良いのではないだろうか……。
「マオ……いける?」
「ん……」
だが、フィルの言葉でその思いは断ち切られた。
マオが元気の無い返事をし、俺に背中を向ける。
フィルがマオの背中に優しく手を添え、誘導する。
二人の背中が遠のいていく。
「…………」
フィルもああいった事が出来るようになったのか。
昔であればオドオドしていただろうが、それを感じさせない成長ぶりだ。
俺はまだマオが名残惜しい。
ここで走って抱きつきに行ったら、きっと喜ぶだろうなぁ……。
やがて、二人は声が届きそうもない場所まで歩ききった。
その瞬間┈┈┈┈┈┈
「エミリー!」
「……!」
俺は彼女に体を向け、勢いよく抱きついた。
「ちょっとシャルっ…………急に何よ……」
「ずっと我慢してた……」
まだ体が固まっているエミリーを力強く抱きしめながら、彼女の長い髪に顔を埋める。
「ずっとこうしたかった……」
「…………私だってそうよ……」
彼女の体も解れ、俺の腰に手を回してくる。
安心する。
やはりハグはいいものだ。
「…………マオの匂いがするわ……」
「じゃあ、エミリーのにして」
「…………」
エミリーが腕の中でモゾモゾと動き、彼女の抱きしめる力も強くなる。
ついこの間まで同じことをしていたのに、なぜだかとても懐かしく覚える。
彼女の柔らかい体が。
彼女の息遣いが。
全てが安心感となって胸の中を満たしてくれる。
「エミリー……」
「なに……?」
体を擦り付けるのを緩くしたエミリーが可愛らしい声を発する。
「君と出会えてよかった……本当によかった……」
エミリーをギュッと強く抱きしめる。
もう二度と離れないように。
もう二度とあんな思いはしないように。
「…………私もあなたに会えてよかったわ……」
こうして俺たちは身を寄せ合いながら、寝室へと向かった。




