お迎え
「マオ、レノアーノから先発が見えてるぞ」
「…そうか」
ウォルテカに元気のない返事をするマオ。
どうやら、ウォルテカとサラフェノは無事に生きていたみたいだ。
死んでいたらマオをどう慰めようかと思っていたが、よかった。
まあ、あの程度で死ぬのなら、マオの親はやっていけないか。
それはそうと、意外と迎えが来るのが早かったな。
俺がここに来てから三週間も経っていないのに。
「行くか?」
「…うむ」
俺に抱きつくマオの腕の力が弱まった。
「マオ、無理しなくていいんだよ?」
心配そうな彼女の顔を見て言う。
「いや…シャルを守らねばならんからな…」
ん?
守るってどういうことだ?
まあ、行ってみれば分か┈┈┈┈┈┈
ー
「客のお方! 今夜アタシの家に来てはくれませんか!?」
「テメェは言葉遣いがなってないんだよ! シャル様! 私の方はベッドが柔かくございます! 是非とも私の家に!」
「え、えと…! 私の家に来てください!」
「おめぇらは下がれ! アタシのダイナマイトボディが見えないのかい?」
「おめぇはドメスティックボディだアホ! シャル様は私の家に来るんだよ!」
うわぁ…
なんだここ、凄いな。
いろいろ凄い。
獣族の村には様々な種類の獣人がいる。
猫、犬、虎、ゴリラ、狼、鳥、などなど。
数えるのが面倒になるくらいその種類は豊富だ。
そんな村に存在する数多の女性たちが俺に群がってきているのだ。
全員、俺を見る目がヤバイ。
かなりヤバイ。
原因は分かっている。
「シャル様すっごい! 金竜をボーンって、ボーンって!」
そう。
俺が金竜をボーンしたところを見られたのだ。
獣族は強い者に惚れる。
俺が金竜をちょうど倒すところを見られた所為で、それを見た全員に惚れられた。
マオも俺が飛竜を倒したところを見て惚れたのだから、これは獣族全員に当てはまるのだろう。
だが子持ちだったり、既に結婚している女性からはあまり良い目で見られなかった。
理由は分からないが、嫌な予感がする気がする。
確か、獣族には『付き合う』っていう文化がなかったはずだ。
強い者に惚れて、結婚をしたらその特性はなくなる。
………あれ?
じゃあ、ひょっとしたらマオって…
「おい」
周囲に温度の高い声が木霊する中、一つの冷たい声が刺さる。
先達の人と話をしていたマオが帰ってきた。
「私の男だ。離れろ」
「「「「「 ……………… 」」」」」
さっきまであった熱が引いていくのを感じる。
周囲の人たちが俺とマオの間に道を開ける。
さすがは族長の娘。
たった一言でこの場を鎮めた。
「シャル、行くぞ」
「ん」
マオに返事をし、歩く。
「お待ちください」
だが、そこに待ったをかける人がいた。
俺とマオはそちらに振り向く。
「マオセロット様」
俺に用があるかと思ったが、彼女はマオの方まで歩いていった。
虎柄の獣人で、どこかで見た覚えがある。
体つきは周りの者と比べて細いが、健康的な線をしている。
「なんだ?」
「…確か、まだマオセロット様は誰とも腕試しをしていませんでしたね?」
「ふむ…よかろう」
よくない。
俺は二人の方まで歩く。
「マオ、荒事は駄目だよ」
二人がこちらを向く。
そしてマオの腰に手を添え、体を引き寄せる。
「マオの強さは金竜の戦いで証明されてるだろ? ならこんなことをする必要はないよ」
「……うん…そうだな…」
蕩けた表情で俺を見つめるマオ。
そんな顔をされたら、俺も意識してしまうじゃないか。
キスをする。
「君の全部が好きだ、マオ」
「私もだ…シャル」
やっばい。
えっちしたくなってきた。
だが、その前にやることがあるな。
俺たちのやり取りを呆けた顔で見ていた人たちに振り返る。
そして、口を開いた。
「見ての通り、僕たちは心から愛し合っています。その感情は崩れることはなく、決して薄いものではありません」
マオの肩を抱きながら、高らかと宣言する。
「なので、彼女を怒らせる真似は控えてくれると助かります」
最後に一言残し、自国からの迎えのところまで歩いた。
「ごめんなマオ、もっと自重するべきだった」
「いい…」
俺に身を寄せるマオ。
あまり元気がないように見えるが、彼女の顔を見れば分かる。
惚れてるってやつだ。
へへ。
ー
エミリーとフィルのいる場所へと着いた。
二人は数人の護衛とメイドを付け、迎えを待っている。
「お待たせ」
二人に挨拶するが、彼女たちの目線は違う方を向いている。
「……すごい人気ね」
「…?」
エミリーの示す方向を見る。
「………」
まだ大勢の人たちが付いてきていた。
遠巻きに隠れながら覗いているが、人数が多すぎてバレバレだ。
「まあ…そうだ┈┈┈┈┈┈」
「┈┈┈┈┈┈お嬢様!!」
と、森の中から聞き覚えのある声がした。
だが、俺の知ってる人ではない気がする。
あの人はこんな声を出す人じゃなかった。
「お嬢様! 探しましたよ!」
「……メイア、どうしてそんなに怒ってるのよ…」
懐かしのメイアさんだ。
ちゃんと見るのは今日が初めてだな。
「なぜ怒っているか?! それが次期統治者のお言葉ですか!」
はへー、めっちゃ怒ってる。
「なによ、ちゃんと書き置きは残したじゃない」
「書き置き?! 『行ってくる』の一言だけではないですか!」
エミリーめ、やっぱり適当に出かけたのか。
メイアさんの気持ちはよく分かる。
「まあまあメイアさん、気持ちは分かりますがどうか落ち着いて…」
「これが落ち着いて…! ………いえ、申し訳ありません…シャル様」
声のトーンを下げるメイアさん。
俺はメイアさんの激情の原因である人物を見る。
「それにしてもエミリー、なんでそんな書き置きを?」
「………そんな時もあるわよ」
んー?
今、隠し事の気配がしたな。
さては…
「変に追われて邪魔されたくなかった?」
「………」
「はは、エミリーは可愛いな」
「…当然よ」
確かに、エミリーは昔から邪魔されるのが嫌いだからな。
そんな時もあるか。
「よお、久しぶりだな、メイア」
ん?
また聞きなれない口調が…
「お久しぶりですね、ウォルテカ様」
どうやら、ウォルテカだったらしい。
今まで怒りを押し殺していた声だったから、気がつかなかった。
彼は俺と初対面の時と同じ雰囲気で、こっちの方がイメージに合っている気がする。
ここに来て初めて見る笑顔だ。
「はっ、相変わらず固いのが好きだな」
「あなたも相変わらず、柔らかいのがお好きなようで」
「なんだ? サラの話か?」
おっと、娘がいる前なのに下ネタ言ってら。
下ネタを言う父というのはキツいものがあるだろうな。
ちなみに、俺も柔らかいのは好きです。
「メイアも疲れてるだろ? 泊まっていけよ」
「お嬢様、如何したしますか?」
「せっかくよ、泊まっていきなさい」
「畏まりました」
どうやら、もう何泊か泊まることになるようだ。
マオの体温を感じながら、また家に戻った。




