託された者
遅れました……
「『 …………… 』」
金竜が怠そうに起き上がり、俺たちを見据える。
二本の足で立つその姿に疲れた様子は見えず、鱗についた汚れを払っている。
「『よもや、放置していた獣がここまでの獅子だとは』」
マオと俺に視線を向け、言葉を発する。
まだそんなことを言う余裕があったとはな。
俺の魔力も底が見えてきた。
ここに来る道中、張り切りすぎてしまった。
そのおかげでこちら側の犠牲はほとんど出ずに済んだが、それは悪手だったかもしれない。
「『これは腹が空くのが難儀だったが┈┈┈┈┈┈』」
…?
何だか、金竜の右腕が光っているような…
「『┈┈┈┈┈┈仕方あるまいて』」
…!
瞬間、金竜が一つ大きく振動した気がした。
空気を揺らすような震え。
その音は耳から聞こえた訳 ものではなく、目で感じたように思える。
つまり、心が感じた音。
俺が恐怖した音。
「っ┈┈┈┈┈┈!」
金竜が下から上へと腕を振り上げた。
たったそれだけで離れていた俺たちの元へと地面が割れる。
「っ…」
視界に映っているのは抉れた地面。
三本の太い亀裂が入り、痛々しい見た目をしている。
マオと俺が分断されてしまった。
なら、次の攻撃は┈┈┈┈┈┈
「来い」
金竜が俺の目の前まで迫り、今まさに薄紫色のオーラを纏った右腕を振り下ろそうとしている。
「焔の鉄槌┈┈┈┈┈┈!」
ドゥッ┈┈┈┈┈┈┈┈ドオオォォオォオン!
俺の全身に質量の暴力が襲いかかる。
その衝撃で足元は地面にめり込み、辺りはひび割れた大地と化す。
上から降り注がれた強風は重力のように圧しかかり、適度な負荷を感じさせる。
だが…
「『!?』」
俺はその金竜の驚いたような顔を見て、不敵に笑う。
「軽いなあ? 蜥蜴野郎」
そう。
俺が金竜の拳を受け止めたのだ。
金竜の目が俺の腕に向かう。
そこには人間のものでは無い腕があった。
先程、俺が唱えた焔の鉄槌。
その悪鬼の腕がそのまま俺の腕に出現しているのだ。
蒼級召喚獣による部分召喚。
人体一部一体化。
これまでの成果ってやつだ。
ガアァンッ
「『っ…!』」
金竜の腕を跳ね飛ばし、胴体をがら空きにする。
そして、思い切り横腹を薙いだ。
火花が衝撃波の存在を知らしめ、鈍い音を響かせる。
金竜が転がりながら地面に跳ね飛ばされていく。
幾らか転がったあと、自らの腕を地面に突き刺し、その動きを止めようとする。
腕を突き刺して尚、その勢いは続く。
金竜の腕が地面にその軌道を描き、妙に長く感じた動きは止まった。
今すぐに追い打ちをかける。
「落ちろ」
金竜の頭上に巨大な氷が生じる。
金竜が自らの周囲に現れた影を訝しみ、それを見上げる。
「『 っ………… 』」
両腕を地面に突き刺していては、対処は遅れるってもんだ。
ゴオオオォォオォン!
圧倒的な質量が金竜に襲いかかる。
地面を這うように砂が強風と共に流れ、離れた俺の方まで辿り着く。
それ程までの威力を持った攻撃だったが、その影は未だに動いている。
「『……お前は┈┈┈┈┈┈』」
少し疲れた様子で立つ金竜。
よし。
このままいけば┈┈┈┈┈┈
「『┈┈┈┈┈┈危険すぎる』」
「!?」
瞬間、金竜の気配が変わる。
先程まで奴の右腕に纏っていた薄紫色のオーラが急激に増幅したからだ。
そのオーラは荒々しく靡き、右腕に極端に集中している。
金竜が俺の方へ右の指を指した。
「『攻落せよ』」
……ゴオオオオオォオ!
一拍置いて、金竜の指から大量の岩柱が襲いかかってきた。
その一本一本が太く、それが束になる姿はそれだけで怖気付きそうになってしまう。
俺はそれを真正面で受け止める。
「っ……」
ガアアアァァアァ!
悪鬼の腕と岩柱の塊がぶつかり合う。
何故、俺はこんなものを態々受け止めたのか分からない。
幾つかメリットは思い浮かぶが、デメリットの方が大きいだろう。
目の前で火花を上げ、切り裂かれていく岩柱を見て思う。
「はっ…これが高揚ってやつか」
こいつは程よい強敵だ。
こいつとなら、気持ちの良い思いで戦うことが出来る。
岩が全て切り裂かれ、視界が開ける。
「『 ┈┈┈┈┈┈ 』」
圧迫感から開放された気分を味わう暇も無く、金竜が即座に襲いかかってくる。
ガキィイィイィン!
金竜の一振を受け止める。
キィイィイィン!
また受け止める。
キィィイン!
「『 ………… 』」
やっぱりだ。
やはり、あいつと比べれば、こいつは何割も劣る。
あいつの方が何倍も怖かった。
あいつの方が重く、鋭く、速く、逃れられず、勝てる気がしなかった。
だが、今はただ…
「┈┈┈┈┈┈がはあっ!」
勝てないってだけ。
「『……ふむ、人の体でよくやるものよな』」
俺が岩に打ち付けられ、体が動けないところに話しかけてくる。
「『その魔術…魔力消費が激しいと見た』」
違う。
これは俺の練習不足だ。
この魔術の魔力消費が多いのではなく、慣れない魔術を使った弊害だ。
もう魔力はほとんど残っていない。
悪鬼の腕も既に姿を消した。
だが、生命の危機は全く感じていない。
それは何故か。
「やっぱり頼りになるな…」
「『…?』」
金竜が疑問を顔に浮かべた気がした。
俺は彼女の名を口にする。
「マオ」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈バァアアアァァアアアン!
「『っ┈┈┈┈┈┈┈!』」
その刹那、虹色の煌びやかな欠片が飛散する。
「大丈夫か? シャル」
吹き飛んで居なくなった金竜を他所に、格好いいマオが心配してくれる。
「まあな…食事前の準備運動ってやつだ」
「うむ、後は私がやろう」
「ああ…任せた」
清々しい思いでマオに託した。




