修羅場勃発?! ー誰にも渡さないー
ーエミリー視点ー
迷宮の誘いをしようと、シャルの部屋に向かった。
しかし、彼はいなかった。
どこに行ったんだろう。
そういえば、シャルはフィルティアから話があると言われていた。
きっとフィルティアの部屋だろう。
そう思ったのだがいない。
焦りを覚えた。
2人きりで話して、2人ともいない。
フィルティアに先を越された。
ただでさえフィルティアとシャルは一線を超えているのに、このままでは、シャルが遠くに行ってしまう。
マオに頼む。
不本意だけど、マオの鼻は強力だ。
フィルティアの部屋からシャルの匂いを辿る。
マオは『シャルと似た匂いがある』と言っていたが、そんなことはどうでもよかった。
ー
匂いの先はシャルの家だった。
嫌な予感が的中したと悟る。
男女が自分の家に入ってすることなど1つしかない。
マオを急がせて向かう。
「ここだ」
扉の前でマオが止まる。
その瞬間、マオが扉を勢いよく開ける。
目に映ったのは、シャルを抱くフィルティア。
そして、もう1人がシャルの腰の辺りを抱きしめていた。
どこかで見た覚えのある光景だが、思い出せない。
「なに………やってんのよ」
ーシャル視点ー
「そういえば、お兄ちゃんってどのくらい泊まってくの?」
「あぁ……そうだなぁ」
リオンの質問に頭を悩ませる。
俺は赤ちゃんに会う気でいたから、すぐに帰るだろうと思っていた。
だが、今目の前にいるのは仲のいい妹。
すぐ帰る気にはなれない。
「明日の授業に間に合えばいいんじゃない?」
フィルティアの提案に「そっか」と思う。
だが短い。
俺としては1年くらいはこのまま妹と戯れていたい。
「え………今日だけ……?」
妹が寂しそうな目を向けてくる。
「そんなわけ。ずっと一緒だよ、リオン」
リオンに優しく微笑みかける。
俺はこういう目にとことん弱い。
1日くらい授業を無断で休んだって大丈夫じゃないだろうか。
これからは何日かに1度休みを入れようとしているんだし、変わらないだろう。
……いや、変わらないのか?
付き合いたての彼女2人に対して、無断で1人の女に付きっきりになる。
あれ……この状況を知られただけでも不味いのではなかろうか。
今すぐに使いを送って知らせるべきか。
代理人に『今日と明日はフィルティアと一緒に実家で過ごすから休みでよろー』なんて言われたらどうなる?
……想像には難くない。
「シャル!」
俺の考えを知ってか知らずか、フィルティアが批難の目を向けてくる。
「何も言わずに休むのはだめだよ……」
そうだろうか?
エミリーは意外と寛大だし、マオは何も気にしなさそうだ。
………いや
こういう考えは1番だめだ。
多分大丈夫だろうという浅はかな考えは、実は相手に我慢を強いているものだ。
前世の親父は日常でも屑だった。
それが積もり積もって母親は自殺に至った。
浮気というものが母親の心の決壊の決め手となっただけで、それだけが原因ってわけじゃない。
相手の気持ちを話もしないで解釈するのは絶対に駄目だ。
無断で休むのはなしだ。
では、どうするべきか?
授業は俺がいなくてもフィルティアが行けばなんとかなるが、『それじゃ行ってきて』なんて口が裂けても言えない。
ううむ…
「お兄ちゃん……まだいるよね…?」
リオンがキュッと俺の服を掴んでくる。
……そんなことをされたら帰れない。
この短い時間に随分と懐かれたな。
「ううむ………リオンはどのくらい一緒にいたい?」
「…………50日くらい」
おいおい、随分と強欲じゃないか。
だが、可愛い妹の初めてのおねだりだ。
無碍にしては兄失格になってしまう。
なるべく応えてやりたい。
「わかった、お兄ちゃんに任せとけ」
「大丈夫なの? ……シャル」
考えてみれば、50日という数字は妥当かもしれない。
ジェフとロウネはほとんど家を空けているし、メイドの修行とやらも楽しいものではないだろう。
甘えたい気持ちがあるのは当然だ。
「ええ、じゃあちょっとエミリーとマオに伝えて来ますね」
報告をしに行こうと立ち上がる。
と、腰の辺りにガシッと何かがそれを抑える。
……リオンが俺に抱きついてきた。
その既視感に疑問を覚える。
「あの……リオン?」
「まだいたい」
「……ちょっと話に行くだけですよ?」
「だめ」
んん?
どっかで見たな、この光景。
どこだっけか?
「ちょっとリオンちゃん! お兄ちゃん困ってるよ!」
フィルティアがそう言って、俺の腕に抱きつきながら引っ張っている。
フィルティアの無い胸が当たっている。
ふうむ。
これはなかなか…
「フィルティアさんが行ってきてくださいよ!」
バンッ!
扉が勢いよく開かれた。
突然の出来事に3人とも目を見開いてそちらを見る。
「なに………やってんのよ」
マオとエミリーがいた。
2人とも目付きが鋭い。
フィルティアとリオンと目を見合わせる。
フィルティアは『なんでここに?』といった目を、リオンは『だれ?』といった目をしている。
「あの……なんでここに…?」
エミリーの質問には答えずに、今は頭の整理に努める。
「フィルティアとシャルがいなくなってたから探してたのよ」
エミリーが説明をしてくれる。
そういえば、2人に報告するのを忘れていた。
「申し訳ないです…」
「それより! フィルティアはなにをしてるの!」
目がフィルティアへと向けられる。
「これは…リオンちゃんを止めようと……」
目がリオンへと向けられる。
「……ちょっとくらい遊んでもいいじゃないですか」
うん。
俺もそう思う。
エミリーとマオがここにいるなら、休みについても話せる。
話したあとはリオンと遊ぶ。
完璧な計画だ。
「3人とも、少し話をしましょう」
3人を座らせて、話をする姿勢をとる。
「実は何日かに1度、授業のお休みを取ろうかなと思ってるんです」
「なんで?」「なんでよ」「なぜだ?」
3人同時に疑問の声があがる。
「その方が色々と都合がいいと思いまして」
「「「 …………… 」」」
3人が黙る。
色々と予定を考えているのだろう。
「いいわね」
最初に口を開いたのはエミリーだ。
「うん、いいね」
「うむ」
そして、フィルティア、マオと続く。
「それで、明日を休みにしないかと思いまして…」
「リオンちゃんと遊ぶの?」
「ええ、そうしようかと」
円滑に話が進んでいく。
「何日かにって、どのくらいにするの?」
「そうですね……4日に1度ぐらいにしましょう」
「うん…じゃあ次の休みは……約束ね?」
「はい、分かりました」
約束の予定も決まった。
あとは服装とディナーの場所とホテルの予約を済ませれば、準備完了だ。
デートが楽しみだぜ…
ぐへへ
「ちょっと」
と、エミリーが話を割ってくる。
「どうしました?」
「……次の休みは私とよ」
あ……
これは困った。
フィルティアとエミリーが共に目を交わらせる。
「なんでさ。私が先に約束したんだよ?」
「シャルと話せなかったんだから当たり前じゃない!」
やだ怖い!
2人が喧嘩するところは見たくない。
「私のために争わないで!」なんて言える雰囲気じゃない。
「┄┄┄┄お前ら」
そこに、マオの一声が飛ぶ。
俺の気持ちを察してくれたのだ。
俺にアイコンタクトを取ってくれたのが証拠だ。
マオに惚れ直す。
「私もシャルと約束したい」
ててててめぇ!
なんてこと言ってくれてんだ!
余計に酷くなっちまうじゃねーかよ!
「…………」
…そう思ったのだが、先程あった喧噪すら聞こえない。
怪訝しく思い、3人の方を見ると、俺が見られていた。
「……どうするのよ」
…………え
そういうのが一番困ってしまう。
だが、3人で揉めたら俺が解決するのが道理か。
理解もできるし納得もできる。
だけどなあ…
フィルティアには『2人っきりで』という約束だし、エミリーやマオも全員で出かけるのは不満があるだろう。
…究極の選択だ。
「や……やはり、先に約束したフィルティアが先ということで…………エミリーとマオはコインで決めるのはどうでしょうか……?」
「…………」
「分かった」
フィルティアは頷き、マオは了承する。
エミリーは下を向いてしまう。
その目は涙ぐんでいるように見えた。
胸が締め付けられる。
またエミリーを悲しませてしまった。
もう二度とそんな思いはさせたくなかったのに…
させたくないとは思いつつも、3人の相手を同時にしていたらそんなことはできないと理解している。
だが、1人だけ選ぶなんてできない。
そんな自分が嫌になる。
「すみません……エミリー」
俺は静かにエミリーを抱きしめる。
俺ができるのはこのくらいだ。
「僕が不甲斐ないばかりに、また我慢をさせてしまいました」
さらに抱きしめる。
エミリーの鼻をすする音が聞こえる。
エミリーも抱きしめ返してくれる。
俺はこんなに健気な彼女を後回しにしてしまうのだ。
罪悪感で押しつぶされそうになる。
「…………もう大丈夫よ」
交わらせていた腕を解く。
「……不満があったらいつでも言ってください。全力で応えます」
「……ええ」
若干赤くなった目で俺を見ると、はにかんだ。
エミリーは本当に寛大だ。
こんな俺に懸想しているのが不思議なくらい。
「…………マオも」
俺はそう言うと、マオも抱きしめる。
大量の髪の毛に顔を埋める。
久しぶりに嗅ぐマオの匂いは心地よかった。
「む…私には……いいんだぞ…?」
そう言いつつも、控えめに俺の背中に手を回している。
「そんなこと言わないでください。僕はマオも愛しています。
超愛してます。マオのためなら、僕の命は喜んで捨てれるくらい愛しています」
口先の言葉ではない。
一度命を落としてから、自分の命の価値は誰よりも知っている。
3人のためなら命を張れるし、なんだってやれる。
何せ、前世で焦がれ続けていたものが腕の中にあるのだ。
絶対に手放すわけにはいかない。
「僕は…マオの男であることに誇りを持っています」
「ああ………私もだ」
ギュッと抱いてくれるのが心地いい。
マオを離すと、エミリーと同じようにはにかんだ。
フィルティアを見ると、少し罪悪感を覚えているように見えた。
彼女たち2人と俺を交互に見ている。
「フィルティア」
俺が名前を呼ぶと、ピクっと体を跳ねさせた。
「デート、楽しみにしといてください」
「う…うん……」
フィルティアにそれだけ言い、今まで口を閉じていた人物を見る。
と、彼女と目が合った。
「……どうした? リオン」
「……エミリーさんとマオさんと……どういう関係なの?」
「最愛の彼女です」
即答で言うと、リオンは眉をひそめた。
この世界に一夫多妻制があるのかは知らない。
あってもなくても、あまり心地よく聞ける代物でないのは確かだろう。
「3人も……?」
「3人も最高な女性に恵まれて、僕は幸せです」
「…大変だね……?」
首を傾げて言ってくる。
「3人と一緒にいれる癒しの方が何倍も上だけどね」
ー
あのまま2人に、フィルティアに教えた魔術訓練用のやつを教えた。
夕方になる頃には王宮騎士たちが迎えに来た。
騎士たちは『お嬢様を迎えに来た』とだけ言っていたが、フィルティアとマオも一緒に帰った。
不仲じゃないと分かって安心した。
3人には俺が居なくても笑顔でいてほしい。
「お兄ちゃんっ」
庭の方を窓から眺めていた俺に声がかかる。
「む、どうした。妹よ」
「2人っきりだねっ」
どこでそんなことを覚えたのか気になる。
心当たりはある。
母さんが父さんに言ってるところを俺も見たことがある。
その後はベットインしていたが…
ということは、リオンも同じ場面を見たのだろうか?
…ま、いいや。
「それより明日は何しようか」
「んーと、お出かけしたい」
お出かけか。
俺もあんまりこの国の地理には詳しくないが、いい機会だ。
「いいね。どこ行きたい?」
「服見に行きたいかな」
「おう、行くか」
「あとね、お兄ちゃんに私の料理食べてもらいたい」
妹の料理……だと?
この世で一番美味しいものじゃないか。
明日が待ち遠しいな
「お、明日が待ち遠しいな。父様と母様は食べたことあるのか?」
「ううん。ないよ」
おっと。
妹の初めてか。
それは滝行をして挑まねばならんな。
ー
あの後も会話が続き、寝る時間になった。
今日はリオンと一緒におねんねだ。
流石の息子も、実の妹相手には反応しない。
今の俺はリオンとベッドで、枕を背もたれにして座っている。
「そういえば、フィルティアさんたちとはどうやってくっついたの?」
目を輝かせて問いかけてくる。
まるで修行旅行の学生だな。
「そうだねぇ………リオンにはちょっと刺激が強いぞ?」
「うんっ」
そう言っても、嬉々とした反応を見せてくる。
仕方ない。
リオンにも大人の恋愛を教えてやろう。
ー
俺はエミリーとの馴れ初めから、エミリーの勉強祝いのパーティまでを話していた。
「それでエミリー、『こんなに綺麗なの見たことない!』って言って笑うんだよ。あの顔はかわいかったなぁ」
「ふうん……お兄ちゃんが来賓の人達に喝を入れた時って、どうやって怒ったの?」
おっと、そこを聞いてくるか。
そこは恥ずかしいからはぐらかしたが、聞かれては仕方あるまい。
「『エミリーの頑張りを知らないやつが笑うんじやねー』とかだったかな」
「やるねっ、お兄ちゃん」
微笑みを向けてくる。
正直、あの時の俺は怖かったと思うが、結果良ければだろう。
「ん、そろそろ寝る時間だ」
「えー、まだ終わってないよ?」
「お楽しみは取っておくものだよ」
「んん……」
リオンが物足りない顔をするが、明日のお出かけに支障が出てもいけない。
代わりにもっと軽い話をしてやりたいが…
「リオンは好きな人とかいるのか?」
「んー、お兄ちゃんかなっ」
うん。
この子は絶対に他の男には渡さん。
渡すとしても、最低世界の一つや二つは救ってないと駄目だ。
「はは。そう言ってくれると嬉しいな」
「ほんとだよ?」
ううむ。
リオンはこう言ってくれるが、俺以外に歳の近い男と関わりがあるのだろうか?
そこら辺は知らないが、将来的にこういうデレも無くなると思うと悲しいな。
娘のできた父親ってのはこういう気持ちなんだろうか。
「それじゃ、おやすみ」
「うん。おやすみ」
仰向けになって目を閉じる。
「……寝れない」
2秒後に声がかかった。
「……なんかやりたいことでもあるか?」
「ううん……そういうんじゃないんだよね…」
「絵本でも読み聞かせようか?」
「もうそんな年齢じゃないよ」
9歳が何を言ってんだか。
「んー…マッサージでもやろうか?」
「お、いいね」
返事を聞いて、起き上がる。
リオンはうつ伏せになって目を閉じている。
細い腰に手を置く。
「おー、お客さん、だいぶ凝ってますね」
「侍女の修行が大変なんですよぉ」
正直、全然凝ってない。
やわらかもちもちだが、リオンとのこうした茶番も心地がいい。
それからしばらくして、リオンが眠りに落ちたのを確認すると、俺も明日に備えて寝についた。




