誰を想い、自分を動かすか
マオと二人きりで廊下を歩く。
急な呼び出しで落ち着かず、自分がちゃんと歩けているのか分からない。
前を歩くマオの背中が妙に遠く感じる。
呼吸するのが苦しい。
この後、何を言われるか分からない。
耳に悪い話なのは分かっているが、少し期待している自分もいる。
心の準備が必要だ。
部屋に着き、二人で立って向かい合う。
「「 ………… 」」
空気が重い。
俺は何を話していいか分からず、マオが口を開くのを待つ。
今となっては、彼女の顔すら見るのが怖い。
「シャル…」
マオの口が開かれた。
「………家に泊まってる…らしいな…」
「はい…」
いきなりこういうのか…
やはり、家に泊まったのは不味かったな。
近くの家にでも行けばよかった。
いや…そもそも…
「マオ…には悪いと思ってます…」
「……うむ…」
この四年で随分と距離も離れてしまったな…
会っていない方が近く感じれていたかもしれない…
「今日中には帰りますので…」
「……いい、今は暗いからな…」
「はい…ありがとうございます…」
嫌だな…
早く帰りたい…
「では…僕はこれで…」
早くエミリーに慰めてもらおう…
フィルの耳も揉ませてもらおう…
マオにはもう、何も期待できない…
彼女に背中を向けて、扉に手を伸ばす。
「待て」
だが、止められた。
「……どうしました…?」
「いや…」
珍しく言葉に詰まるマオ。
言うことが無いなら、わざわざ止めないで欲しい…
「………私たちは……付き合って…ないんだよな…」
「……はい…」
なんだよ…
なにが言いたいんだ…
一緒に住むことは許可したが、手を出すなという意味だろうか。
だとしたら、怒れてくるな。
「では…」
再度、扉を開ける。
「待て…」
「…………」
心の中で舌打ちをする。
俺はエミリーとフィルに癒してもらいたい。
それを嫌われている人に時間を割きたくない。
どうせ、時間をとっても突き放されるだけなのだから。
「なんですか…」
「……いや…」
また言い淀む。
その行動に腹が立つ。
好きな人に嫌われて、誰が一緒に居たいと思うんだ。
せっかく呼び止められたと思ったら、また突き放される。
こんな事、意味ないだろ。
「……僕の邪魔をしないでください…」
今度こそ、扉を開け┈┈┈┈┈┈
「待て!」
なんだよ…
いい加減にしろ…
「まだあるんですか…」
「………ある…」
あるなら最初から言えよ…
時間の無駄だ…
「なら早く言ってください…」
「…………私は…」
俺から目を離すマオ。
顔を俯かせ、表情は分からない。
「私は………お前が嫌いだ…」
「…………」
そうかよ。
わざわざ、分かっていることを繰り返して言うな。
そのまま返事もせず、扉を開ける。
「お前もそうだろう………だから…」
だが、次の言葉だけは見過ごせなかった。
「もう二度と……私を愛すな…」
「っ……」
俺はその言葉に振り返り、今まで冷めていた熱が急に熱くなるのを感じた。
バンッ
「お前っ……ふざけんなよ…」
俺はマオの手首を押さえ、壁に叩きつける。
「俺がどれだけ……っ」
今までの四年間が思い出される。
不確定なものの為に費やした努力が。
不確定なものの為に大事なものを犠牲にした感情が。
俺が一体、いつマオを…
「どれだけマオが好きだと思ってる!」
昔はほとんど同じだった身長が、今となっては俺の方が高くなっている。
そんな事に今更気づいた。
「俺がどれだけ…お前の為に頑張ったと思ってる!」
ああ…
頭痛い…
こんなに近いマオの顔がよく見えない。
「それを二度……二度と愛すなだと!?」
先程の言葉を思い出す度に、マオを押さえつける力が強くなる。
「嘘をつけっ………私のことなど…愛していないくせに…っ」
「っ……」
こいつまだ…
「なら…今ここで証明します」
「っ……!」
マオの脚の間に自分の脚を入れる。
互いの体が密着し、マオの体が強ばっているのが分かる。
嫌だ…
「シャルっ……やめろっ…」
「嫌なら抵抗してください」
マオの唇に俺の唇を近づける。
気持ち悪い…
「っ…!」
しかし接吻は叶わず、マオが俺を跳ね除け、蹴りを入れてくる。
だが、その動きはあまりに遅い。
難なくその太腿を掴み、マオを床に叩きつける。
「全然抵抗してない…最後までします」
「っ………好きにしろっ…」
マオが目を閉じ、俺から顔を背ける。
彼女の胸が呼吸をする度に上下する。
………四年ぶりのセックスか…
「…………」
エミリーとフィルには悪いことをしたな…
四年ぶりなのに、こんな形で久しぶりを向かえてしまうのか…
手首を掴んでいる手を離し、自分のズボンへと手をかける。
そして…
「……………」
だが、そこで違和感に気づく。
「…………?」
いつまで経っても服を脱がさない俺を疑問に思ったのか、マオが薄く目を開ける。
俺は彼女が抱いた感情と同じことを思っている。
俺ですら、そうなのだ。
頭の興奮と体が合っていない。
「…………」
それは全くと言っていいほど、勃っていなかったのだ。
こんな時に情けない。
だが、内心ホッとしている自分もいる。
これで、マオとの関係は完全に終わったわけだ…
「すみません……もう帰りま┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈!」
突如、体が強烈な力に引かれる。
「っ……!?」
頭が混乱し、口の中の感覚が一瞬分からなくなる。
だが、目の前の光景を見れば分かった。
マオが俺の両頬を掴み、俺にキスをしていたのだ。
今までにないほど貪るようにされる。
彼女の乱暴に動く舌に抵抗ができない。
まるで、俺の体が自分の体ではなくなったような感覚だ。
その感覚の身を任せるしかなかった。
ー
「っ………」
やっと引き離された。
今まで経験したことのないほどに乱暴で、長いキスだった。
頭がクラクラする。
状況の整理がつかない。
「マオ┈┈┈┈┈┈」
「┈┈┈┈┈┈ふざけるな!」
いきなり怒鳴られた。
胸ぐらを弱い力で掴まれる。
そんな小さな力でも、俺を動けなくするには十分だった。
「私がっ………私がどれだけ我慢したと思ってる!」
服を震えた手で強く握られる。
マオの目は鋭いが、その目端には涙が溜まっている。
彼女が瞬きをする度に流れ落ち、その姿に目が奪われる。
「お前が突然いなくなってっ……今までどれだけ寂しかったと思ってる!」
分からない…
今、彼女は何を言っているんだ…
「あと少しだったのにっ…………もう許さん…」
そう言って、俺を静かに抱きしめるマオ。
柔らかく彼女の体に包まれて、体の強張りが抜けていく。
「マオ……僕┈┈┈┈┈┈」
「┈┈┈┈┈┈もう敬語はやめろ………もう離れないでくれ…」
回された腕に力が込められる。
マオの頭が俺に甘えるように擦られる。
頭がかなりグラグラする。
視界も狭く、何をしていいか分からない。
だが、したいことは分かっていた。
「マオ……ベッド行こう…」
「やだ……ここでする…」
「……今まで会えなかった分するんだ、ベッドじゃないと腰痛めるだろ…」
「……うん…」
マオを抱っこし、ベッドへと向かう。
マオが急に甘くなった理由は分からないが、今はこの感情に身を任せることにする。
「マオ…休憩なんてしないからな…覚悟しろよ…」
「うん……分かった…」
今日は長い夜になりそうだ。




