話という名の暴力
今日もエミリーの心音を聞く。
マオの家に泊まって一日が経過したが、何も行動できていない。
「シャル、辛い?」
「うん…」
エミリーが俺の頭を撫でながら、優しい口調で話しかけてくれる。
死にたくなるほど辛いという訳ではないが、体が動かない。
ずっと同じ辛さが襲ってきているのだ。
頭が詰まっているようで、考えも上手く纏まらない。
「そう、なら今はゆっくりしていなさい」
「……ありがとう…」
エミリーの言葉が嬉しい。
胸が軽くなったようで、彼女の胸に顔を埋める。
いつもなら胸を揉んだり、キスしたり、ちょっと弄ったりしていただろう。
だが、今の俺には性欲というものが無い。
性欲は無いが、ずっとこの状態でいたいという願望はある。
…………いや、願望というよりは言い訳に近いだろう。
ずっとこの状態が続けば、マオと話さずにいられるのだから。
「エミリー…」
「なに?」
「俺はいつ……マオと話すべきかな…」
情けない。
あまりにも情けない言葉が出た。
今まで俺は頼りがいのある男を意識してきたが、ここでそれも崩れたな…
この二人にも幻滅されてしまったら、俺は生きていけない…
「そうね……今日でもいいし、別に話さなくてもいいわ」
「…………」
「決めるのはシャルよ。後悔しない方を選びなさい」
後悔しない方か…
そんなの、選択肢は一つじゃないか。
………………。
「シャルならきっと大丈夫よ。あなたは強いもの」
そうかなぁ…
俺は自分を強いとは思えない。
強かったら、こんな状況にはなっていないだろう。
「……マオはね……今もシャルのこと好き…だと思うんだ…」
「そう……だといいな…」
フィルが口を開き、俺を励ましてくれる。
だが、俺にそんな自信は無い。
あれだけ突き放されたし、好きならそんなことはしないだろう。
「好きだよ。だってマオ、シャルが四年前に居なくなったの匂いだけで分かったんだよ? それってずっとシャルの匂いを探してるからでしょ?」
四年前ならそうだろうな…
だが、今は違う。
「シャルが居なくなったの凄い落ち込んでたし…凄い怒ってた………なんとなくだけど……マオは今…苦しいと思う…」
…………だといいな…
「ありがとう…フィル…」
彼女の頬を撫で、耳を弄る。
ほんの少し潤んだ瞳を見つめると、自然と微笑みが戻る。
「……………」
この二人が居れば、俺はいいのかもしれない。
そもそも、魔王城では三人とも居なかったんだ。
一年も経てば、それが普通になる。
辛いのはその間だけ…
………………。
……ふざけるな。
もうあんな辛い思いをしたくない。
それに、あれは彼女たちに会うための生活だった。
もう会えないと思いながら生活するのは嫌だ。
………今、こうしているのも嫌だ…
「……ちょっとマオのとこ行ってくる…」
エミリーの柔らかい胸から離れ、重い体を持ち上げる。
寂しくはあるが、怖くはない。
「分かったわ」
「気をつけてね…」
「あんな分からず屋、蹴り飛ばしてやりなさい」
よし…
お嬢様の許可ももらったし、蹴り飛ばしてくるか…
「じゃあ…いってきま┈┈┈┈┈┈」
バンッ!
何かの強い衝撃音がして、三人でそちらに顔を向ける。
音の正体は扉が蹴り飛ばされたものだった。
木製の扉は力無く一つの留め具にぶら下がっており、蹴られたであろう箇所には穴が空いている。
「シャル、話がある」
そこには怒った表情をしたマオが居た。




