何回に一回のお願い
腕を治された日の夜。
腕が奇襲を仕掛けてくるわけでもなく、こんな時間になった。
今日も寝る気は無い。
二日連続の徹夜。
少し眠いが、まだいける。
「シャル、寝ないと駄目だよ…」
ベッドに座ったフィルが心配そうな声を上げる。
「駄目です。寝込みを襲われるかもしれません」
あいつが王宮にいる間、俺が見張っていなければいけない。
起きたら全てが終わっていたなんて嫌だ。
「シャル」
同じくフィルの隣に座り、腕を組んだエミリーが声を出す。
「流石に諄いわ」
「……自覚はあります…」
少し傷ついたが、仕方がない。
「シャル、寝るわよ」
「嫌です」
「…………」
エミリーの組まれた腕に力が入る。
俺はその威圧にも負けない。
彼女たちの命を守るためだ。
多少は嫌われたって構わない。
いや、やっぱり嫌われたくない。
「じゃあこうしましょ。シャルが寝て私たちが起きてるわ」
「…?」
何を言っているんだ?
彼女たちが腕から身を守る?
俺でも殺せなかったのにどうやって?
エミリーが俺の方まで歩いてきて、俺に座る。
「シャル……今のはほんとにカチンときたわ」
俺の胸ぐらを掴みながら言ってくる。
声はいつも通りだが、ちゃんと怒っているのが分かる。
「相手は僕でも倒せなかった相手です。それをエミリーたちがやるんですか?」
「「 ………… 」」
あれ?
これ結構ガチで怒ってるやつじゃないか?
………だが、こうでもしないと彼女たちは納得しないだろう。
少し言い方が厳しくなっても仕方がない。
「分かったわ…」
お。
あの頑固なエミリーが納得してくれた。
「じゃあ、戦いましょ」
うんうん。
分かってくれ……ん?
「………なんて言いました?」
「シャルをぶっ倒すって言ったのよ」
エミリーめ、本気か?
「じゃあ……戦うのはいいとして…フィルは大丈夫なんですか?」
「うぅん……シャルが寝てくれるならいいよ」
「決まりね。じゃあ勝った方はなんでも言うこと聞かせられるってやつね」
「分かりました」
はぁ…
よりにもよって、俺相手に勝負をふっかけてくるとは。
エミリーも焼きが回ったのだろうか。
それとも、逆に俺のお願いを聞くのが目的か?
えっちは無しと言っているんだけどなぁ…
ま、生意気なお嬢様を分からせるのも従者の役目か。
さ、早くボコボコにしてやろう。
ー
「な…………」
なにいいいいいいいいいいいい?!?!
「勝負ありね」
いやちょっ!
待って待って。
いや、本当に待って?
今、なんで俺は体中痣だらけなんだ?
なんで地面に倒れてるんだ?
いや、本当におかしい。
だって俺、魔王軍幹部を一人で倒したんだよ?
魔力量とかマジ半端ないよ?
なんで負け…………いや!
負けてない!
断じて負けてない!
「じゃあシャル、お願い聞いてもらうわよ」
うるさい。
本当にうるさい。
だって俺、寝不足だし。
ほとんど二日寝てないし。
蒼級魔術は使えないし。
強い魔力は込めずに戦ったし。
彼女に怪我はさせられないし。
そもそも二対一だし。
……………………なんだ、ハンデか。
「シャル、部屋戻るわよ」
なに?
そんなんで勝って嬉しいの?
手加減してたんだけどなあ。
それ気づかんか。
「シャル、起きれる?」
今はフィルのその顔も挑発にしか見えない。
今ならグーが出る。
「起きれるし…」
「なんで拗ねてんのよ」
別に?
拗ねてないし。
ー
部屋に戻った。
「お風呂はいいんですか?」
「後でいいわ」
ふぅん。
エミリーが俺と向かい合って座り、フィルはエミリーの横で正座している。
目が少しキラキラして見えるのは気のせいではないだろう。
「お願いは決めましたか?」
「……フィルからでいいわ」
ん?
俺って二つお願い聞かなきゃいけないの?
「じゃあね…」
フィルが俺の手を弄りながら考える。
「シャルってさ……ルーシャさんには…砕けた口調で話すよね…」
「はい…」
「私も……それがいい…」
俺のアイデンティティを奪うのか。
……というか、なんで俺って敬語で話してるんだ?
「じゃあよろしく、フィル」
「うん…」
へへぇ。
これからはフィルにタメ口で話すのか。
新鮮でいいな。
「ではエミリーお嬢様、お次を発表してもらっても宜しいでしょうか?」
「……はっ倒すわよ」
「お願い使いますか?」
「………卑怯よ…」
俺の耳を弄られる。
「冗談だよ。エミリーは可愛いね」
片手でエミリーの耳を弄る。
「ふん……じゃあお願いね…」
エミリーの手が耳から頬へ移動した。
「ルーシャにしたこと……私にもして…」
…?
「あ! エミリー卑怯だよ!」
「うっさいわね、フィルはもうお願いしたから駄目よ」
ああ、そういう事か。
二人は少し勘違いしてるんだな。
「じゃあエミリー、こっち向いて」
「……ん」
「ぇ…」
エミリーの頬を撫で、目を見つめる。
そして…
「…………」
キスをした。
「はい、おしまい」
「………?」
エミリーのその抜けた顔が可愛い。
期待していたのに、それを避けられたような顔。
いつもなら続きをしていただろうが、今回は違う。
「俺、あいつとキスしかしてないよ」
「…………」
「あ、そうなんだね」
フィルだけが冷静で、エミリーが俺を睨んでくる。
俺はお願いを叶えたのに、なぜ睨んでくるんだろう。
欲求不満なのだろうか。
「嘘つき…」
「本当だよ」
「……嘘よ…性欲の塊のシャルが我慢できるはずないもの…」
てめぇ!
ああ、完全に怒ったわ。
いいんだな?
俺は怒ったら怖いぞ?
「エミリーのことで頭がいっぱいだったからね。一人でも我慢できたよ」
「………なによ……言い返してきなさいよ…」
俺の胸に顔を埋めるエミリー。
可愛い…
温かい…
この子は俺が絶対に守る。
「シャル…」
「んー?」
「私は…?」
あらぁ。
「フィルも好きだよ」
「ん…」
ふむ。
これで二人ともお願いを使い切ったわけか。
なるほどね。
じゃあ、俺って寝られないのかな。




