話したいこと、話せないこと
「久しぶりじゃな、主」
「久しぶりじゃねぇ、なんでお前がここにいるのかって聞いてんだ」
フィルとエミリーを俺の背中に隠し、腕に左手を向ける。
「なんでって、死んでないからじゃが?」
「そうか、ならまた殺してや┈┈┈┈┈┈」
「┈┈┈┈┈┈シャル、あの人とはどういう関係なの?」
エミリーが戦闘の啖呵を断ち切り、そんな質問をしてくる。
「…あなたたちを殺してくるやつです」
「違う。妻と夫じゃ」
「……話し合った方がいいと思うけど?」
「駄目です。あいつはそうやってあなたたちを殺すつもりです」
これは間違いない。
何せ、こいつは四年間も俺を騙していたのだ。
この一時だけを騙すなんて容易いだろう。
「でも…私は平気だよ?」
それもやつの策だ。
二人まとめて殺りたいとか、一度信用させた方が気持ちいいとかそんなんだろう。
「もう一度殺してから考えます。二人は攻撃を避けることだけに徹してください」
「駄目よ。無抵抗な人間に手を挙げるなんて許さないわ」
人間…?
腕が人間だと?
あいつのどこが…
「…………」
見ると、腕の見た目が大きく変わっていた。
先ず、あの禍々しかった腕がない。
暴力の権化のような腕だったあれが、今は人間のものになっている。
そして、胸。
あの布を引っ張るほど大きかったあの胸はエミリーのと同じか、あるいは小さくなっている。
あの長かった髪も綺麗に切り揃えられたショートだ。
手の甲には何やら紋章が浮かんでいる。
あまりの代わり映えに思わず目を見張る。
「………離れろ、話はそれからだ」
「構わないわ」
「エミリー…命を狙われてるんですよ?」
「大丈夫よ。この四年間、私たちが何もしていなかったと思う?」
「…………」
確かに、二人の体は鍛えられていた。
だが、あいつは魔王軍幹部だ。
四年間、鍛えたところで勝てる相手じゃない。
「じゃ、話しましょ」
「うむ」
「少しでも動いたら殺す」
「うむ…」
ああ…
頭痛い…
「じゃあ先ず、場所を変えましょう」
ー
場所を変えることになった。
俺としては、早くこいつから距離を取りたい。
せっかく彼女たちといるのに、なんでこんなに緊張しなくてはいけないんだ。
「右だ」
「ん…」
腕に前を歩かせる。
エミリーが選んだ対話の舞台は王宮。
そこまで連れて行く。
ー
「牢獄じゃないんですか?」
「そうよ」
今、俺たちがいるのは客間。
向かい合ったソファと多くの調度品が並ぶ部屋。
他の部屋より広いが、戦うには狭い。
これでは負ける。
三人で座り、向かいに腕も座る。
「じゃあ腕、先ずは┈┈┈┈┈┈」
「┈┈┈┈┈┈待ってシャル。私が質問するわ」
エミリーも聞きたいことがあるらしい。
何か優先して聞きたいことがあるのだろう。
王女としての質問なのか、彼女としての質問なのか。
「じゃあ………いや、先ずは自己紹介からね」
「うむ」
「私はエミリー・エルロード。この国の第一王女よ」
普通、主人の紹介をするのは俺の役目なのだが、そこまで気が回らなかった。
今はどうしても冷静になれない。
寄った眉が戻らないし、腕の一挙手一投足に目を配り続けている。
「えと……フィルティア・フォルテスです…」
「………」
一瞬の沈黙が流れる。
「うむ…妾は魔王軍幹部、ルーシャ・ケイルスじゃ」
「……そう」
エミリーとフィルが緊張の空気を纏う。
魔王軍幹部とはそれほどまでに大きな存在だ。
お調子者のアレスもコミュ障のカフもそうだ。
今まで身近だったのが珍しかっただけで。
「…それで、シャルとはどういう関係なのかしら?」
「妻と夫じゃ」
「違う」
即座に否定する。
「僕とこいつはただの師弟関係です。それにお前、俺のこと好きじゃないだろ」
「あ?」
腕の目つきがかなり鋭いものになる。
こいつと戦った時に見せた目と同じもの。
ハッキリと敵意を含んだ目だ。
「妾が主を好きじゃないだと? 巫山戯るな」
また嘘か。
それが本当だとしても、好きな相手を殺そうとするやつがあるか。
殺そうと…
…………。
「…いいかしら?」
「…うむ」
……こいつの考えてることが分からない。
言葉と行動が矛盾している。
いや…嘘つきの言動を考えたところで意味は無いか…
どうせ一貫したものなんて無いだろう。
「あなたは何をしに来たの?」
「……想い人に会うためじゃ」
とりあえず、今は彼女たちを守ることの専念しなければ。
エミリーが俺をチラッと見る。
「…じゃあ、これから何をするつもり?」
「想い人を振り向かせるんじゃ」
腕に鋭い目を向ける。
こいつの話す一つ一つが俺を苛立たせる。
「シャル、あなたはどうするの? 殺しは駄目よ」
「……二人を安全なところに避難させます」
その後に殺してやる。
「そう。メイア」
「はい」
いつの間にかメイアさんも部屋に入っていたみたいだ。
この人に会うのも久しぶりだな。
「魔王軍幹部に相応の部屋を用意しなさい」
「畏まりました」
「……部屋ですか?」
こいつに部屋を用意するなんて勿体ない。
牢獄にでも入れた方が安全だ。
「シャル、そんなに警戒しなくても大丈夫よ。彼女は何もしてこないわ」
「エミリー、こいつは四年間も僕を騙してたんです。簡単に信用してはいけません」
俺はこいつを簡単に信用しすぎた。
そのせいで色々考える羽目になったし、右腕も失った。
「……ルーシャ」
「なんじゃ?」
「部屋で待機してなさい」
「……分かった」
こっち見んな。
腕が席を立ち、指定の部屋へと向かう。
俺はどうするべきか。
後ろから刺すべきか、監視を続けるべきか。
それとも…
「じゃあシャル、話しましょ」
腕がいなくなり、ほんの少し緩んだ空気でエミリーが話す。
だが、これから俺が話すのは心地よいものではないだろう。
「これまでの、四年間の顛末を」




