それは新参か、それとも
朝、愛しの彼女二人と食事をとる。
昨日は寝ていない。
だが、その割には目も頭も冴えている。
「シャル…あーん…」
「………」
パクっ
フィルにご飯を食べさせられる。
片腕が無い俺に気を遣ってくれているのだが、やはり恥ずかしい。
一応、人目もあるのだがら…
「んんー?」
と、料理を運んできた女性が俺を覗き込んできた。
髪はフィルよりも淡い紫色で、髪型はアップ。
髪と同じ色の着物を着ていて、その袖を捲っている。
綺麗な人だ。
「おまえさん……もしかしてテラムンドかぃ?」
少し古風な喋り方だな。
「まあ…そうですが…」
家の知り合いか何かだろうか。
「おお、ならジェフとロウネのお子かい」
「そうですね」
「ほほう、そうかいそうかい」
なんだろう。
なんでちょっと怒ってるんだ?
「おめぇ、よくもおれんとこの砂糖使いまくってくれたなぁ?」
砂糖…?
もしかして、プリンに使ったやつのことか?
四年前は確かに無許可で大量に使ったが…
「ちょっとオフク、話はあとにしなさい」
エミリーが俺の腕に抱きつきながら注意する。
他の女の人と話されるのが嫌なのだろうか。
全く、うちの彼女は心配性だな。
「………」
オフクさんが眉根を寄せ、俺とエミリーを交互に見る。
「……そいつは失礼したなぁ……ま、話はあとってことだな」
そう言って、席を外すオフクさん。
後にも先にも話をするつもりは無い。
だって、あの人料理長だもんな。
四年前に俺が砂糖を大量に使ったことを覚えているんだろう。
わざわざ怒られたくはないし、彼女たちとの時間の方が貴重だ。
他の人と話している暇はない。
「シャル…」
エミリーから声がかかった。
「はい」
「…今日は教会に行くわよ」
早速、誰かと話すことになった。
「何をしに行くんですか?」
「腕…治しによ」
ああ、そうか。
腕を治さなきゃだもんな。
………ん?
「治るんですか?」
「多分ね」
…………すげぇー。
上級治癒でも傷口しか治らないから、一生このままかと思った。
「シャル…触られてて痛くない?」
「はい、大丈夫ですよ」
フィルの心配する顔が可愛い。
早く抱きしめたいな…
ー
教会へと向かう道すがら。
「フィル、そこ代わりなさい」
「やだ、シャルを支えなくちゃいけないもん」
別に支えてもらわなくても普通に歩けるが、フィルは我儘だな。
フィルは自分の肩を俺に貸し、エミリーは俺の体にもたれかかっている。
非常に歩きずらいが、普通に幸せだ。
献身的に介護されている気分だ。
「ん、着いたわね」
教会に着いた。
広大で殺風景な芝に佇む一つの建物。
それは教会と言うよりは城とか屋敷の方がしっくりくる。
それほどまでに大きく、荘厳な造りだ。
「じゃあ、フィルはここで待っててくれる?」
「……?」
フィルが疑問符を浮かべる。
エミリーは俺を独り占めしたい魂胆かもしれないが、そんなのは断られるに決まっている。
「ここの司教は長耳族を見るとおかしくなるのよ」
「……ほんと?」
「ほんとよ」
ほんとか?
「じゃあ……んん……シャル…どうしたらいい?」
「一緒に行きましょうか」
「ほんとに危ないわよ?」
エミリーがこれだけ危険視するとは…
ここの司祭ってどんな人だよ。
「…ならやめときましょう」
「……ん…」
フィルが俺の腕から離れる。
こんなに彼女と長い間触れ合っていないのはここ最近で初めてかもしれない。
早くフィルと触れ合いたい。
体の半分が寂しい…
「早めに終わらせてきます」
「うん…」
フィルにキスをして、教会へ歩く。
今度はエミリーが俺の腕がある方に回る。
「二人きりね…シャル…」
俺を支えてると言うよりは、もたれかかっているエミリーがそんなことを言う。
「二人きりじゃないと出来ないことします?」
「ふん……もうしてるわよ…」
ああ、かわええー。
この目の前の扉を開けるのがはばかられるな。
カカカチャカカカカカ…
と、二人で乗っている床が少しへこみ、歯車が回る音がする。
そして、徐々に扉が開いていく。
自動ドアらしい。
ガッ!
と、今もなお開いている扉を手で掴む人がいた。
「ああ?」
その人は無理やり扉を開き、こちらに顔を覗かせる。
「神様はお休みだぜぇ?」
「来たわよ、コルセア」
コルセアと呼ばれたこの女性。
黒と白で出来た司祭の格好に、目は大きく分厚い黒の目隠しがされている。
その目隠しは布ではなく、硬質な素材で出来ていて重厚感が溢れている。
「ああお嬢様ぁ、どうなさったんでぇ?」
「前に言ったでしょ? 重傷者が来るかもって」
「ああ……うん、とりあえず入りましょうか」
忘れてたやつか。
中へと促すコルセアさん。
歩くと、中もちゃんと教会だ。
あんな人が居るからどんな無法地帯かと思ったが、中は清潔で空気が澄んでいる。
数多く並んだ長椅子に座る。
「あぁ……治療の件なんですがね、お嬢様」
「ええ」
「知っての通り情勢もあるし、色々と手が回んないんだわこれが、だはは!」
そう笑い、大きく肩をすくませるコルセアさん。
笑い事ではない気がするが、まあいいだろう。
「じゃあ、どのくらいで用意できそう?」
「んん……半年か一年かってところですかね」
長いな…
いや、戻ってくるだけありがたいか。
「ま、とりあえずはアタシが見ますよ」
そう言って、立ち上がるコルセアさん。
この人に患部を見せるのは気が引ける。
余計に悪化させられそうだ。
だが、エミリーが話を通すほどの相手だ。
素直に俺も立つ。
「んん?」
と、目隠し越しに顔を覗かれた。
「お前……ジェフの息子か?」
この人も俺の家と関わりがあるのだろうか。
「そうですよ」
「ぷはっ! 似てるな!」
「よく言われます」
「よし、じゃあ傷見せな」
その言葉でエミリーが俺の腕から手を離した。
少し寂しい。
ベストを脱ぎ、シャツのボタンを外し、右腕の無くなった肩を見せる。
エミリーの前では見せたくなかったが、彼女の位置からではよく見えないだろう。
コルセアさんは俺の肩に顔を近づけ、じっくり見ている。
「綺麗に塞いでるね」
「上級までは使えますから」
コルセアさんが近づけていた顔を引き、首にかかったラテン十字架を手に持つ。
そして、その下の部分を噛んだ。
「カポンっ」と音がし、十字架から鋭い針が出てくる。
「ちょいチクッとするぜ」
患部に小さな痛みが走り、そこにコルセアさんが手を翳す。
そして、淡い光が肩を覆った。
「んー、やっぱり駄目っぽいな」
どうやら、治るのは半年か一年後になりそうだ。
その間、彼女たちを思いきり抱きしめられないのか…
また我慢か…
着替える。
「じゃ、用意できたら言いなさい」
「へいよ、神の御加護ぉ」
雑な見送りだな。
「エミリー、話つけておいてくれたんですね」
「まあね」
エミリーが腕の無い方に寄りかかり、一緒にフィルのところへと向かう。
フィル、寂しくて泣いていたらどうしような。
彼女なら有り得ることだ。
なるべく早く…………ん?
フィルが誰かと話しているのが見える。
ハッキリとは見えないが、その人影は女性のもの。
「エミリー、知り合いですか?」
「…? 知らないわね」
エミリーも知らない人だと?
「………………」
嫌な予感がする。
「ん、シャル」
フィルが俺に気づく。
だが、俺は彼女とは全く逆の感情を抱いていた。
「フィル! 離れろ!」
彼女の手を力強く引っ張り、片腕で抱く。
そして、魔術を行使した。
ダアアアァァンッッ!
硬く作った岩柱が目標に衝突する。
衝突による強風が髪を靡かせ、土煙が視界を悪くする。
「ちょっとシャル! いきなりどうしたの?!」
「話はあとです! 早く逃げ…」
いや、逃げては駄目だ。
こいつの目的は彼女たちだ。
なら、俺が離れては狙われる。
かと言って、近くに居られると全力で魔術が使えない。
糞…
落ち着いた土煙のなかから、こちらに歩いてくる人影が一つ。
「感動の再開だと言うのに…手荒い歓迎じゃのお」
「っ…黙れ」
彼女の前だと言うのに、俺は溢れる激情を隠しきれないでいる。
なんでだよ…
なんで…
「なんでお前がここにいる…」
目の前のやつを睨みつけ、強い敵意を向ける。
「腕!」
そこには殺したはずの腕が立っていた。




