第97話 悪の弟子
〈ナン〉の国のムン平原の西部にある、ニタイの森。
この森の奥に、ひっそりと地下墓地がある。
もはや数百年も前から、訪れる者はない。
吸血鬼が〈ナン〉に来たのは今回が初めてだったが、さっそくここを塒にした。
乾いたしゃれこうべの収まった棺桶の寝心地は、実に爽快だ。
と、そのお方ーー吸血鬼様は、俺に語った。
「女をやり損なったのは惜しかったな」
優しい吸血鬼様は、俺を慰めてくれた。
「またチャンスを下さい。必ずあの女をものにします」
「まあゆっくりと作戦を練ろう。それより」
棺桶の中で半身を起こした格好で、吸血鬼様は言う。
「俺がお前を手下にした理由がわかるか?」
「いいえ。見当もつきません」
「人狼よ」
「人狼?」
「そうだ。昔からあいつが邪魔でな。お互いに滅びてほしいと願っているが、なかなか手を出せない。力が拮抗しているのだ」
「あなた様と、あの狼野郎がですか?」
「やつは強い。そして近ごろ、この辺鄙な田舎に来て、おかしな動きをしている」
「おかしなとは?」
「モンスターを邪悪化させているのだ。お前も見たろう?」
「そうでしたね。ウルフェン改とポイズンテール改とクレイジーホース改ですか。全部倒してやりましたが」
「おそらくあれは、俺を倒すためだ」
「そうでしょうか? ですが、あなた様の敵ではないですよ」
「まだ実験段階だろう。最凶のモンスターを完成させたら、俺を攻撃してくるはずだ。やつがそこまでして命を狙うのは、俺しかいないからな」
「どうしてあなた様の命を?」
「宿命だな。2つの巨星は、同時に輝けないものよ」
吸血鬼様はあくびをした。
「お前を呼ぶために、変な時間まで起きてしまった。俺は寝る。お前は隣の棺桶で寝ろ」
俺はしゃれこうべを抱いて、夜までぐっすり眠った。
「夜だぞ、起きろ」
吸血鬼様が優しく起こしてくれた。
「話の続きだ。お前はどうやって、人狼を深淵に追いやった?」
俺は記憶を呼び覚まして言った。
「鬼のオーガが、闇属性の技である【ダークグレイブ】をかけたんです。そうすると、深淵が出現します」
「やつはそれを覗いたんだな?」
「ええ。深淵は永遠の墓場と繋がっていますから、1度覗くと生者の世界には戻ってこれないはずなんです。しかし人狼は、穴をよじ登ってきました」
「敵ながらさすがだ」
「そして、上半身が穴から出てきたとき、ルイベが光属性の技である【シャイニング】をかけたんです。すると闇に属する深淵が光を浴びて消え去り、それと同時に人狼の下半身も消えました」
「それでもやつは生きてたんだな?」
「ええ。上半身だけになった人狼は、下半身を取り返すために、地下に潜っていきました。深淵から戻ったら、俺たちを皆殺しにすると言っていました」
「お前は俺といろ。そうすれば、やつもお前には手を出せん」
「ありがとうございます」
「なるほど。人狼は上半身だけでも生きられるのか。逆に下半身だけならどうだろう? 脚だけになっても、上半身を取り返しに行くかな?」
「さあ。脚には脳も心臓もありませんからねえ」
「とにかく、やつをそこまで追い詰めたのはお前らが初めてだ。その作戦を考えたのはお前なんだな?」
「はい」
「やつを倒すのに協力してくれ」
「もちろんです」
「ところで、お前の固有スキル【眼福】だが」
「ご存じでしたか? お恥ずかしい」
「それで俺を視たら、どうだった?」
「はい。これまで視た中で最悪に邪悪でした」
「だろう、だろう」
吸血鬼様は、至極ご満悦だった。
「人狼は視たか?」
「視ました」
「あいつより、俺のほうが邪悪だったんだな?」
「それはもう」
「よし、自信がついた。悪の差で俺が勝つ!」
吸血鬼様は、機嫌良く口笛を吹いた。
「おっと、夜に口笛を吹くと蛇が出てしまう。このあいだも、それでメドゥーサが来ちまったっけ」
冗談めかして言う様子は、よほど嬉しいように見えた。そこで、
「人狼のやつは、大して邪悪じゃなかったですよ。なんなら、善も混じっていたくらいで」
と教えてあげた。
すると口笛がピタッと止まった。
「何? 人狼が善? どういう意味だ?」
「まあ、見間違いかもしれませんが、そう視えたんです」
「そりゃ見間違いだろう。やつが善な訳がない」
とブツブツ言った。さっきの上機嫌は、どこかに消えてしまった。
「ところでお前、眼福マスターになりたいか?」
この質問には、首を捻った。
「さあ、どうでしょう。眼福マスターになると、世界が【幸福】になるそうですが」
「俺もそう聞いている」
「だったら嫌ですね。【幸福】なんざ、ヘドが出ます」
俺がキッパリと言うと、
「よしよし、偉いぞ」
と、吸血鬼様は、氷のような冷たい手で俺の頭を撫でてくれた。




