第9話 冒険者あるある
「ごめんなさい」
素直に謝ったセイラを見て、ギョッとした。
ケモ耳の美少女に【変容】していたのである。
(まるで、前の世界でよく観ていたアニメから出てきたみたいだ。しかし、二次元だとちょうどいいサイズの瞳も、三次元であれだけキラキラしてると、逆に怖すぎる……)
「それがお客さまの本来のお姿ですか?」
「うん。でも悪い男に狙われないように、人の集まる場所では【変容】してるの。許してね♡」
顔の半分くらいの大きさの目をパチパチさせて言うと、本物の宿屋の主人は、
「ではお代はいただきますよ。猫ではないのですからな」
と言って、ハッハッハと豪快に笑った。
「なーんてね。今のは必殺【宿屋ジョーク】です。お代は結構。メドゥーサ様御一行を追い払っていただいて、ホッとしました。なにしろあのパーティーは、トラブルメーカーでしたからな」
主人がペロッと舌を出した。貫禄のある顔に似ず、なかなか茶目っ気のある人物だった。
どうぞごゆっくりと言われて、僕はようやくゆっくりと、テーブルで食事をとることができた。
しかしーー
「どうも落ち着かないな」
正面で、頬杖をついたケモ耳の美少女に見つめられると、そっちばかりが気になって料理の味がわからなかった。
「あんまり見つめないでくれる?」
「だって、私はもうお腹いっぱいだから、アリスターが食べるところを見るしかすることないもん」
「というか、その顔が落ち着かないんだよね」
「私の顔、嫌い?」
「そんなことないけど……」
「じゃあ、好き?」
「やめてよ、目からキラキラ星を出すのは! 間近で見ると、ちょっとしたホラーだよ」
僕は横を向いて、宿屋特製のハヤシライスを腹にかっこんだ。
「いい食べっぷり。ずっと見てたいな」
「ごちそうさま。ねえ、この宿屋に来た目的、憶えてる?」
「たくさん食べて英気を養うため?」
「それもあるけど、情報収集だよ。明日向かう山で、どんなモンスターが出るか知ってる人を探そう」
「私に任せて」
セイラがテーブルを立って、ミニスカートのメイド服姿で歩き回った。すると男性客たちがチラチラ見るので、僕は気が気じゃなかった。
中でも、露骨にセイラの太ももに視線をロックオンしていた、カーボーイハットを被った伊達男に、
「ねえ、北の山でどんなモンスターが出るか、知ってる人いない?」
セイラが甘えた声で訊いた。すると伊達男は、
「俺様に、知らないことはない」
太ももと顔を交互に見て答えた。その遠慮のないスケベ度は、いっそ清々しいほどだった。
「だがきみのことは知らない。先にそれを教えてくれ」
「私はセイラ。まだ子どもよ。おじさんは?」
「おじ……エヘン。俺様はバンディ。もう大人だ。きみも早く、大人になるといいぞ。おじさんが手伝ってあげようか?」
「結構よ。私は少女のままでいたいの。ねえ、モンスターのこと教えてくれる?」
「よかろう。ズバリ、熊だ」
「熊? どんな?」
「身長3メートルの、凶暴なやつだ。きみみたいな可愛い子は、一瞬で腹を切り裂かれて、内臓を引きずり出されるだろう。悪いことは言わん。山に行こうなんて考えずに、俺様と一緒にいろ。俺様は東に行って海を渡るつもりだ」
「遠慮しとくわ。私には、大切なパートナーがいるから」
と言って、セイラがこっちを向くと、バンディが恐ろしい目つきに変わって僕を見た。
またバトルを吹っかけられるかと、尻がムズムズしてきたとき、
「おい、お前。デタラメ言うな。北の山で熊が出るなんて、聞いたことないぞ」
頭にバンダナを巻いた青年が、そのテーブルにやってきて言った。
「あの山は、野犬が群れで襲ってくるんで有名なんだ。知ったかぶりすんなよ、オッサン」
「何を! 死にたいのか、小僧!」
「やい、貴様ら」
今度は、頭のハゲた年寄りがテーブルに来た。
「熊も野犬も問題じゃない。あれは魔の山といって、腹をすかせたハゲワシがわんさといて、旅人はみんな食われちまうんだ。それを教えんでどうする」
「うるせえ、ジジイはすっこんでろ!」
「なんだと。やるか?」
3人の男が一触即発になった。
「ねえ、じゃあこの中で、本当に北の山を越えたことがあるのは誰なの?」
メイド服のセイラが首を傾げて訊くと、カーボーイハットの伊達男がリュックから熊の手を出し、
「ほら、これが証拠だ。俺様が昨日、山で倒した3メートル級の熊の手だ」
「証拠なら俺もある」
バンダナの青年が、ポケットから白い物を出し、
「こいつは、俺が倒した野犬の牙だ。ポケットに入れておくと魔除けのお守りになる。きみにも分けてあげるよ」
「そんなものより、わしの証拠を見よ」
ハゲ頭の年寄りが、巾着袋から大事そうに卵を出した。
「わしが勇気と力で奪った、世にも貴重なハゲワシの卵だ。これを食べると寿命が10年延びる。大切な宝だが、特別にお嬢さんに差し上げよう」
と、3人がそれぞれ証拠を出し合ったとき、宿屋の主人が通りかかって足を止め、
「おやおや、みなさま、お買い上げありがとうございます。どの品も、当宿屋の土産物コーナーで売っているレプリカですね。冒険者の方は、こうした品をご購入されて自慢話をするのが、実にお好きなようですなあ」
と言って、セイラに片目をつぶってみせた。すると3人の男は「土産物」をコソコソとしまい、静かに食堂から出て行った。




